阿部 治正
■労働者には実質賃下げを強要、経営者の報酬はお手盛りで増額
労働者の発言力、経営への規制力を強化しよう
「6月の実質賃金が1.1%増えた」と一昨日以来報道されています。しかしこれは、6月や12月など一時金が支給される月に起きる現象です。厚労省も、「6月に夏の賞与を支払う事業所が増えた」「7月以降の動きを見ないといけない」と言います。
もちろん、一時金など特別給与を含む実質賃金を見ても、業種によってばらつきがあります。「現金給与総額で増加率が最も大きかったのは生活関連サービス業の11.7%増で、金融・保険業が11.0%増と続いた。減少率は鉱業・採石業(9.4%減)、不動産・物品賃貸業(5.8%減)の順に大きかった。いずれも夏の賞与の増減が大きく影響した」と見られています(『日経』8月6日)。
重要なことは、一時金などを除いた所定内給与で見ると上昇率は+2.3%にすぎず、物価上昇率3.3%を超えられずに実質賃下げとなっていることです。
もう一つ忘れてならないのは、エッセンシャルワークの分野での低賃金は改善されていない点です。医療や介護の分野では、そもそもの賃上げ率が3%にも満たない水準にとどまり、連合が言う2024年の賃上げ率にも届いていないこと。介護分野ではベースアップと定期昇給を合わせた賃上げは2.97%、医療分野では3%ほどにとどまっています。しかもこれらは、労働組合の全国組織が把握できた数字で、介護や医療の分野全体では、さらに低い賃金を余儀なくされています。
ところが、労働者がこうした実質賃下げを強いられている状況の中でも、日本の経営者たちの報酬は年々増える一方です。
特に、経営者に固定で支払われる基本報酬に対して、業績連動型報酬と株式報酬の割合が次のように増大しています。「基本報酬の比率は34%と5年で8ポイント減った一方、業績連動の『年次インセンティブ』や株式報酬などの『長期インセンティブ』は66%と8ポイント増えた。中でも株式報酬は9ポイント増の30%と伸びが大きい」(『日経』8月6日)。
例えば豊田自動車の豊田章男会長の報酬は2022年度比で62%も増えて16億2200万円、ソニーグループの吉田憲一郎会長は業績連動型と株式報酬の比率が89%で2020年度から7ポイントも増えています。そして企業間でも、この役員報酬格差は広がっています。
もちろん最も問題なのは、こうして増える一方の役員報酬と実質的には下がり続けている労働者の賃金との間の開きが、ますます大きくなっている点です。経営コンサルタント会社は「社内外のステークホルダーからの理解が不可欠」などと言いますが、最大のステークホルダーは、企業業績に最も大きく貢献しているのは、その会社の中で働いて現実の富やサービスを生み出している労働者であるはずです。
企業の外にある消費者・市民社会の存在は当然として、企業内に限ってみても、その構成は会社法が規定する株主、取締役、そして労働法規でその権利がしっかりと謳われている労働者の三者です。これを日本の民法に引き付けていえば、株主=所有者、取締役などの経営者=占有者、従業員=占有補助者ということです。
労働者は占有補助者だからその権能は制限されて良いのか。そんなことはありません。経済活動の実態、つまり人々の日々の生活と社会を成り立たせる現実の富やサービスを生み出している源はどこなのかという経済関係の現実を見れば、この「所有者」「占有者」「占有補助者」のヒエラルヒーはむしろ逆転します。そして歴史の趨勢も、この経済活動の権限の所在の逆転を支持しているはずです。フランスの企業委員会、ドイツの共同決定法、欧州各国で見られる労働者代表制、スペインのモンドラゴンに見られる企業の協同組合原理に基づく運営等々がその表れです。
労働者が置かれている低賃金構造を打ち破るには、企業の中での労働者の地位と発言力、企業経営に対する規制力を強化していくこと、それを実力で経営者に強いていく大衆的な闘い以外にはありません。