インド、モディ政権の後退 インドの総選挙の分析
【ワーカーズ七月一日号】



 開票結果によれば、BJP(モディ政権与党)は240議席を獲得し、第1党を維持したが、63議席を失い大幅に後退し過半数の272議席には届きませんでした。しかし、BJPを軸とする与党連合「国民民主同盟(NDA)」は293議席を獲得し、連立を維持してモディ首相(73)は3期目の就任となりました。一方、野党連合の「インド国家開発包括同盟(INDIA)」は232議席となり、与野党の議席は一挙に接近しました。

 インド人民党(BJP)が今回の総選挙で大幅に後退した理由として、いくつかの要因が考えられます。その中で特に注目されるのは農民票の流失とダリット(インドの不可触民階級)離反の影響です。

■小農民票の喪失

 多くの農民は経済的に困難な状況に置かれていました。インフレにもかかわらず農業収入の低迷、作物の価格下落、農業ローンの負債問題などが農民の生活を圧迫し、これが政府への不満となって現れました。

 政府の農業政策が期待に応えられなかったと感じる農民が多かったです。例えば、農産物の最低支持価格(MSP)の設定問題です。MSPが実効的に適用されない、あるいはMSPの引き上げが不十分であるという不満が農民から出ています。特に、MSPが市場価格と大きな乖離がある場合、農民は利益を得ることが難しくなります。インフレは農村部ではこの四月で5%超です。また農業支援策が不十分だとする批判がありました。

 農民による大規模なデモや抗議活動が頻繁に行われ、その中で農民の不満が表面化しました。特に、政府が提案した農業改革法案(農産物の個々の農民による自由販売⇒農民が大商社の買い付けで立場が弱く不利になる)に対する反発が強く、撤回しましたがこれが選挙に影響を与えました。

■ダリットの離反

 インドのダリット(指定カースト、不可触民)の人口は、全人口の約16.6%を占めています。2011年の国勢調査によると、ダリットの総人口は約2億人です。ダリットはインド社会において長い間差別を受けてきた層であり、彼らの社会的、経済的な状況は依然として厳しいです。彼らの多くは農村地帯における農業労働者や小作人だとされます。BJP政権下での政策がダリットの生活改善に十分ではないと感じられたことが、彼らの支持を失う一因となりました。より根本として、ダリットたちはその地位をとりあえず「保護している」現憲法をBJP=インド人民党=モディ達がヒンドゥー至上主義の立場から改憲を目指し、ダリットたちが現在の地位すら喪失することを恐れたと推測されています。

 一部地域でダリットに対する暴力事件が発生し、これが政府の対応に対する不信感を増幅させました。これにより、ダリットはBJPから離反する傾向を強めました。こうしてモディ与党は推進してきた政策や政治姿勢への厳しい抵抗にあい後退したのです。

 その他の要因として地域ごとの独自の問題や利益を代弁する地域政党が台頭し、BJPの全国的な支持を削ぐ結果となりました。長期政権に対する反発感情が強まる中、BJPに対する批判が高まりました。

■都市部でも経済格差や失業でBJP伸び悩み、イスラム差別、政治腐敗も批判

 都市部でも経済の停滞や失業率の上昇が問題となり、一部の有権者が不満を抱くようになりました。特に若年層の失業問題は、BJPへの支持減少に繋がりました。

 一部の都市では、市民運動や抗議活動が活発化し、これがBJPに対する批判の一因となりました。特に、政府の市民権法改正案(CAA)に対する反発が強まりました。この法案はイスラム教徒への差別を含み、それに対して宗派を超えてモディ政治への不信となりました。モディ首相は、イスラム教徒を「外来者」と差別的に表現し、イスラム教徒の関係を意図的に悪化させてきましたが、世俗的な市民もこのような宗派弾圧に対してNOを突き付けた形となりました。
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 すでに実施されてきた「選挙債の発行」と使用には透明性が欠けているとの指摘があり、選挙債詐欺とも言われています。「どう見ても、選挙公債制度は、国家が支援し合法化された金融・政治腐敗の、インドで最も大胆なシステムである」と左翼記事は批判しています。日本の闇献金問題と同じです。大企業や富裕者による政治(家)の買収です。

 インド国営銀行(SBI)とモディ政権=インド人民党との腐れた関係があり、巨額資金が動いているのではないかと推測されます。2017年にモディらが選挙制度改悪したのちは、何しろ寄付者(債券購入者)が誰であるかが公表されていません。つまり、闇の中でインドの大富豪や資本家あるいは海外投資家たちが、無尽蔵にモディ=インド人民党(BJP)に資金を与え、買収している可能性が大です。批判は高まっています。
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 さらにインドの与野党の対立は激化し、総選挙直前に野党連合の有力政治家が逮捕された問題で、野党各党が結集してモディ政権に対する抗議集会を開催しました。逮捕されたのは、デリー首都圏政府の首相で野党側のリーダーの1人であるアルビンド・ケジリワル氏で、酒類販売政策を巡る汚職容疑での逮捕だったとされています。野党への政治弾圧と見られています。ケジリワル氏の陣営は、政治的動機に基づく逮捕で容疑はでっち上げだと主張しています。かくして、モディ政権の狙う、憲法改正や世俗政治を捨ててヒンドゥー至上主義体制への移行はとりあえずとん挫したとみられます。(阿部文明)