〝強欲資本主義〟と賃金――数字で見る24春闘の実相――
【ワーカーズ七月一日号】

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 私たちの生活に直結する賃上げの全体像が明らかになりつつある。
 
 連合による24春闘結果の集計が進み、厚労省や経団連の各種統計もそろいつつある。

 果たして〝高額回答〟で賑わった賃上げの実態とはどういうものか。現時点での全体像を見ていきたい。

◆連合集計で見る〝賃上げ〟

 今年3月、春闘の集中回答日を迎えたメディアは、〝満額回答〟〝要求越え回答〟の見出しが躍った。〝30年ぶりの高額回答〟などの見出しや枕詞も見聞きしてきた。

 確かに一部の有名上場企業などは、大幅賃上げに踏み切り、一時のヒーロー扱いされた。ただ、その後の連合による集計が進み、厚労省などの各種統計も出される中、〝大幅賃上げ〟の実態も浮かび上がってきている。(以下、各種報道発表より引用)

 ここでは、それらの数字から読み取れる、賃上げの実像に迫ってみたい。

 まず当事者の連合(全日本労働組合総連合)による集計を見ていく。一回目の集計は3月、現在は第6次(6月5日)まで公表しており、最終回は7月初旬を予定している。

 その実績は次のようなものだ。

 《表1》――賃上げ回答(連合集計)

*賃上げ要求     5・85%(定昇込み、3・4集計)
  内ベア分     4・30%
    300人以上 5・84%
    300人以下 5・87% 

*賃上げ回答     (第1回)      (第6回、6月5日)

  賃上げ(定昇込み) 5・28%      5・08%
      内ベア分 3・70%        3・54%
                 300人以上 3・58%
                 300人未満 3・16%
    300人以上 5・30%        5・16%
    300人未満 4・42%        4・45%
   内非正規(時給) 6・47%       5・74%

◆増えていない実質賃金

 これらの数字で重要なのは、個々人の表面上・形式上での引き上げ額の〝定期昇給込み〟の数字ではなく、賃金全体の底上げを示すベース・アップ(=ベア)分だ。現時点で3・54%という引き上げ額をだけ見れば、2・8%という23年度の物価上昇額より高くなっている。とはいえ、ここ数年続いた実質賃金の低下分を補うまでに至らず、後で触れるように、ピーク時の96年から20%近く低下してきた実質賃金を回復するにほど遠いものでしかない。

 それでも連合傘下の賃上げはまだ良い方だ。連合は大企業が中心の団体なので、それだけ賃上げ率も高く出る。が、中小企業の多くは労組もなく、春闘に参加していないところも多い。経営もギリギリのところも多く、当然賃上げも低くなる

 中小企業を会員とする日商の集計は、以下のようなものだ。

 《表2》――中小企業の賃上げ(会員企業1979社、日商発表6月5日)
      対象企業の約半数が従業員20人以下、労組・春闘がない企業も多い

  正社員の賃上げ率    3・62%
    従業員20人以下   3・34%
  非正社員          3・43%
  賃上げを実施した企業は74・3%(予定も含む)

 中小企業は定期昇給制度もないところが多く、右記の数字はどれも定昇込みの数字だ。これによれば、大企業などで1・5%~2・0%程度の定期昇給を差し引けば、多くの企業は昨年度の2・8%という物価上昇分さえも得ていないことになる。

 ちなみに、厚労省発表(3月7日)の今年1月分の物価上昇率と実質賃金は以下のようなものだ。

 《表3》――物価上昇(生鮮食品を除く総合)

 *22年度――対前年度比 3・0%
 *23年度――対前年度比 2・8%
     生鮮食品を除く食料    ――7・5%
     生鮮食品とエネルギーを除く――3・9%

  実質賃金(厚労省3月7日、1月分)

 今年1月 0・6%減   22ヶ月連続のマイナス
 今年3月 2・5%減   24ヶ月連続のマイナス――過去最長
    消費者物価指数   3・1%上昇
    給与総額      0・6%増

 今年4月 0・7%減   25ヶ月連続のマイナス(厚労省発表、速報)
    消費者物価上昇率  2・9%上昇
    給与総額      2・1%増

 今後、大企業も中小企業も含めて公表される厚労省の集計が出れば、連合集計よりかなり低い数字が出るだろう。付け加えれば、厚労省が2月6日に発表した実質賃金の長期動向は以下の通りだ。

 《表4》――実質賃金(長期指数 厚労省2月6日、20年=100)
  1996年=116・5(ピーク時)
  2020年=100・0
  2022年= 99・6
  2023年= 97・1

 これを見れば明らかなように、今年の大手中心の賃上げでベアが3・54%として、23年度の物価上昇分2・8%を差し引くと、実質0・66%の改善にとどまる。これに連合非加盟の中小の低い賃上げを含めれば、おおよそ、23年度の実質賃金の目減り分を補うだけ、というのが実態なのだ。

◆増え続ける企業収益

 連合の芳野友子会長は、3月15日の連合の初回集計発表に当たって、「新たな経済社会のステージ転換の第一歩になった。」と胸を張った。またメディアも「33年ぶりの高水準」だと見出しに付けたりした。33年前の物価動向などとの比較もなく、単に過去の賃上げ率と現在を比較しても意味が無いのに、だ。

 が、上記のような賃上げの実態を考えれば〝ステージ転換〟どころか、昨年度の物価上昇による賃金の目減り分をやっとカバーするだけのものに過ぎないという、お寒い現実が見える。

 しかも、その程度の〝賃上げ〟では、増え続ける企業収益の増加と比べて、いかにみすぼらしいものであるかが、一目瞭然なのだ。
 今度は目先を変えて、この数年の企業利益がどれだけ膨らんできた見てみたい。

 SMBC日興證券の集計や財務省の発表(6月3日)によれば、企業の純利益は、3年連連続過去最高を記録しており、またその全体像は、別表の様なものになる。

 《表5》――企業収益

 *上場企業の24年3月期決算(金融機関除く1292社中の720社、SMBC日興證券集計)
   売上高総額  421・5兆円、 6・0%増(対前年比)
   営業利益    36・7兆円 20・9%増(同)
   純利益     33・5兆円 14・3%増(同)――3年連続過去最高
              製造業 24・2%増
              食料品 14・7%
            電気・ガス 前年の赤字から2・2兆円の黒字へ(政府の補助金)

 *トヨタ純利益――4・9兆円(24年3月期決算、対前年比101・7%増)
 *全産業(金融・保険を除く)経常利益(財務省6月3日発表)
   1~3月期――15%増の27兆円――5四半期連続で前年より増加、過去最高を更新

 その集計によれば、直近一年間の企業収益は、14~15%増加した。大手中心の労組のベアが0・66%で、全体ではほぼゼロに近い24年春闘での賃上げは、この14~15%という企業収益の増加と対比すべきものなのだ。

 増え続ける企業収益を労働者に配分することなく、株主還元(株高)や内部留保として溜め続ける企業。その当然の結果として、日本の労働分配率は下がり続けている。当然のことだ。

 《表6》――労働分配率
        2000年    2019年
  大企業   60・9%    54・9%
  中堅企業  71・2%    67・8%
  中小企業  79・8%    77・1%

 全ての企業別で労働者への分配が減っており、減少幅は大企業で最も大きい。表7で見るような直近の変動を加えれば、労働者への配分はさらに低下している。

 ある識者は、労働分配率をコロナ禍前の19年の水準に戻すだけでも、12%程度のベアが必要だ、としている。

◆〝強欲資本主義〟

 これまで春闘に関わる賃金水準などの数字を見てきた。これだけ見ても、日本の企業は、収益を労働者に配分せず、株主に手厚く配分し、経営者報酬を増やし、多くを企業内部に溜め込んできた。

 直近の動向を見てみよう。

 この数年間は、円安による輸入インフレやロシアのウクライナ侵攻などによるエネルギー価格の上昇などは確かにあった。が、現実にはコロナ禍での経済低迷が続き、各企業はなかなか値上げに踏み切れなかった。

 現に、22年度のGDPデフレーターは、0・8%の上昇にとどまった。

 GDPデフレーターとは、輸入コスト分を除く、国内の物価上昇のみ数値化したものだ。そのGDPデフレーターの推移は別表のとおりだ。

 《表7》――GDPデフレーター(輸入コスト分を除く国内物価上昇分のみ)

  22年度デフレーター――0・8%上昇――コロナ禍で企業は値上げに踏み切れなかった。
  23年度デフレーター――4・1%上昇――企業は製品・サービス価格を一斉に値上げした。
      内、賃上げ分――0・3%で全体の8%、9割以上が企業収益へ(3年連続過去最高)

 この数字から分かることは、23年度に入ってから、輸入コスト以外の事情で物価が4・1%引き上げられた、というものだ。要は、企業はコスト増を上回る製品値上げを実施し、その内、賃金に配分したのは、たったの0・3%分。残りの3・8%分は、全て企業の懐に入れた、ということになる。これは欧米では〝強欲資本主義〟と批判されているものなのだ。

◆春闘構造の転換を!――支える連合労組―

 なぜ日本の賃金は上がらないのか、なぜ春闘は成果を上げられないのか。

 これまで、何度も言及してきたように、日本の労使関係、賃金闘争の構造自体が閉塞状況下に置かれてきたことに起因する。

 それは日本の産業構造が、大企業の親企業の下にピラミッド構造の下請け関係が形成されていること、同時に、労資関係も企業内組合・会社組合で、企業を横断する産別機能を果たせていないこと、雇用関係も、個人に値付けする雇用システム・職能給で、ジョブ型雇用による同一労働=同一賃金構造とはほど遠いこと、結果的に、企業支配が強固で、労働者の独自の団結した共同闘争が組織しづらいこと等がその要因になっている。目先の闘いと長期的な構造転換の取り組みを結合することが焦眉の課題だ。

 そうした中でも、ユニオン系労組など、まっとうな組合、闘いも確実に拡がっている。いま〝金利のある経済〟が話題になっているが、私たちとしては〝ストライキのある労資関係〟を展望し、足元の闘いと中長期的な課題の実現を結合させた取り組みを強化していきたい。(廣)