《国による自治体への指示権》強まる国家統制 

――また一つ、戦時態勢づくり――
【ワーカーズ六月一日号】



 発足以降、戦時態勢づくりに突き進む岸田政権。国家統制の強化に繋がる国による自治体への〝指示権拡大〟を強行しようとしている。これも近年、岸田政権が力を注ぐ戦時態勢づくりの一環でもある。

 戦時態勢づくりが進めば、現実の戦争を招く恐れがより現実味を増す。草の根から反対の声を拡げていきたい。

◆強まる〝国家統制〟

 岸田政権は、今また一つ、戦時態勢づくりに繋がる法整備を強引に推し進めている。

 今国会に国による法的拘束力を持つ地方自治体への「指示権」を創設する地方自治法改訂案を国会に上程し、5月14日から衆議院総務委員会で実質審議に入っている。
 この法案の主なポイントは次のようなものだ。

 指示権行使の要件
  大規模な災害、感染症の蔓延、その他、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態
  国民の生命等の保護のための措置
  個別法が想定していない事態
  行使は必要最低限

 主な論点は次のようなものだ。
  国の指示権は地方行政全般に拡大
  発動時期は非常事態の「おそれ」の段階から可能
  指示権発動の対象に「その他」が含まれる
  想定される具体的な事態が示されていない
  乱用されれば国と自治体は主従関係となる
  地方の意見聴取は努力義務
  閣議決定が歯止めになるか
  指示の適否を検証する仕組みがない

◆《対等》から《従属》へ――対象は地方行政全般へ

 現在の国と地方自治体の関係は、法的には〝対等〟とされている。2000年施行の地方分権一括法でそれまで〝主従関係〟だったのが〝対等〟な関係に改められた経緯がある。

 具体的には個別法(災害対策基本法や感染症法など)で国の《指示権》が明記されたもの以外、《助言・勧告》にとどまるものだった。
 それを今回の改訂では、個別法による《指示権》ではなく、地方自治法という自治体業務全般をカバーする一般法での《指示権》の明記だ。だからこの改定案が成立すれば、原則、どんな事態でも、非常事態が発生したとの根拠で、国による《指示権》の行使が可能となる。

◆発動は「恐れ」の段階から

 国による自治体への指示権行使の発動時期について、「発生のおそれ」の段階から発動可能だとしている。それを判断するのはあくまで政府であって、発動の対象や時期は拡大適用(=乱用)されかねない。成立すれば、大規模災害だけでなく、いざ有事(=戦時)あるいはその「おそれ」があると政府が判断すれば、国の指示によって自治体を戦時態勢に組み込むことができる。

 ここ数年の政権による安保法制の創設や自衛隊の南西シフト、全国各地の空港や港湾の整備計画などをみれば、今回の改訂が、岸田政権による戦時態勢づくりの一環として運用されることは目に見えている。

◆お題目は、いつでも〝大規模災害〟

 政府はこの法案の必要性について、「国民の生命等の保護のために特に必要な場合」に「個別法で対応できない事態に限って行使する」ものだとしている。具体的なケースとして、大規模災害や感染症大流行などを想定していると説明している。

 しかし政府は、どんな場面で指示権を行使するのか、具体的なケースへの言及は避けている。単に個別法で規定していないケースでも行使できるようにする、というだけだ。具体的なケースを上げると、個別法で規定すれば良い、等と反論されるのを避けるため、と見られている。
 こんな姿勢を見せられれば、政権は、有事が切迫しているという段階から、国による指示権の行使で自治体を否が応でも政権の命令に服させる、という思惑が透けて見える。

 現に、改定案でも、「大規模な災害、感染症の蔓延、その他、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」と、しっかり「その他」を組み込んである。この「その他」は、「有事」「戦時」を想定していることは明らかだ。

 担当相である松本総務相も、どんなケースでの発動を想定しているのか、という問いに対し、具体的な説明は避けている。言及すれば「有事」にも言及せざるを得ないからだ。

 要するに、政権は、今回の改訂を非常事態に備えるものだ、としている。が、歴代のどの政権も、国や政府の権限強化に際して、それは戦争準備のためだ、などとは言わない。大規模な自然災害などを持ち出してくる。今回の指示権強化についても同じだ。

◆〝歯止め〟か、それとも〝恣意的運用〟か

 今回の改訂が、政権の暴走への歯止めになる、という指摘もある。

 具体的には、コロナ禍での大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号内感染での患者の搬送などの場面、安倍首相によるコロナ感染での全国一斉休校の要請の場面で、法的根拠無き政府の要請で、大きな混乱が拡がった経緯があった。そのとき、具体的な政府による指示権が規定されていれば、より迅速な対応が可能であり、また政府による暴走も防げた、というものだ。

 とはいえ、一般法での指示権明記は、むしろ拡大運用《=乱用》される可能性の方が、より危険だろう。《乱用》というよりは、そうした拡大運用を正当化することに、今回の改訂の眼目がある。

 現に、沖縄の辺野古の埋め立てでは、国による設計変更申請を沖縄県が不承認にした件では、政府が行政不服審査法に基づく審査請求した。その審査請求は、本来、行政による不当な処分に対し、国民や民間団体を救済する制度だ。が、政府は、沖縄防衛局を〝私人扱い〟して、国土交通省に是非を判断させた。要するに、法に主旨をねじ曲げて政府の行動にお墨付きを与えたわけだ。現に、国による埋め立ての代執行も強行されている。そうした〝禁じ手〟に頼ることなく、政権の正当な行為だと正当化するための改訂なのだ。

◆,国家主導の先取り

 そうした国の振る舞いを見てきた今、今回の改訂が行われれば、国による自治体の蹂躙が大手を振ってまかり通るようにことになる。《対等》から《下請け》への封じ込めだ。

 現にそれを先取りしたような施策も進められている。たとえば全国の民間空港などを平時から自衛隊や海上保安庁などが利用できるよう整備(滑走路の延長など)する「特定利用空港・港湾」の指定(当初の仮称は「軍民デュアルユース」の「特定重要拠点空港・港湾」)だ。昨年秋の段階で38の港湾・空港が候補とされたが、今年4月1日、手始めに沖縄県や九州・四国を中心に16施設が指定された。

 さらには、その指定さえも拡大運用するかのように、エマニュエル駐日米大使が米軍機で沖縄の与那国島と石垣島の民間空港に乗り入れた。平時に米軍機が民間空港を利用することがないよう訴えていた沖縄県の要望を無視して強行されたものだ。

 これらも、国による自治体への〝指示権〟行使、全国の民間の主要空港・港湾の軍事利用の拡大などと一体となって、戦争準備態勢づくりの地ならしの一環だと捉える他はない。

 かつて敗戦後の日本では、憲法9条を始め、戦争を出来なくする法制や歯止めが数多く作られてきた。今、それらの歯止めは、〝台湾有事は日本有事〟〝一戦交える覚悟〟などという勇ましい言葉と共に、次々と反故にされている。

 現在進められている戦争態勢づくりも、どの範囲まで手が付けられているか分からない。が、ここで見てきたことは、全て有事態勢づくりの一環として整備されつつあるのは明らかだ。

◆反対行動を草の根から

 軍事力強化が戦争抑止に資する、というのは事の一面でしかなく、虚構に過ぎない。抑止力=軍事力を整備すれば、それを行使する誘因も大きくなる。ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルによるガザ侵攻を見るだけで明らかだ。

 今国会では、野党の一部が反対しているものの、成立可能性は高い。本来であれば、国会に上程される以前に、そうした思惑を封じておくべきだった。かつて憲法9条が力を持っていたのは、単に条文があったからではない。あの戦争への痛切な反省が、人々の反戦平和への想いと結びつき、強力な世論を形成していたからだ。

 いま、戦争態勢づくりで勇ましい声を多く聞かれるようになった。私たちとしては、それを上回る反戦の声を草の根から大きく拡げていきたい。(廣)