「ミサイル」と「ロケット(軍事衛星打ち上げロケット)」

  危機意識を助長し、敵対感情をあおる表現はやめるべきだ

 

 

 5月27日夜、日本政府の全国瞬時警報システム(Jアラート)が「ミサイル発射。北朝鮮から、ミサイルが発射された模様です。頑丈な建物や地下に避難してください。」と避難の呼びかけをテレビが物体の爆発映像を報じてもなお十数分間流し続けた。

 

 危機が去っても流し続けたことも問題だが、「ミサイル発射」という戦時中の防空警報じみた報道は攻撃されるという危機感をあおり、北朝鮮に対する敵対感情を助長するもので、適切で正確な情報を与え冷静な対応を求める「アラート」としては問題があると思う。

 

 今回北朝鮮から発射されたのは軍事利用の偵察衛星を搭載したロケットであり、その軌道と落下地点も計算されており、事前に日本政府にも発射予告がされていたものである。

 

 目的は軍事利用の偵察衛星を打ち上げるためのロケットだから爆薬を載せたミサイル(=ロケット)とは違い攻撃を直接に意図したものではない。このことは日本政府もわかっていたはずである。

 

 偵察衛星は対象国の軍事基地等の情報と監視のために打ち上げられており、軍拡競争が繰り返し行われている今日、各国から打ち上げられている。

 

 日本も偵察衛星とは言わないがそうした機能を持った衛星をいくつも打ち上げている。

 

 日本国土を偵察・監視して将来攻撃するための偵察衛星だからそれを運ぶロケットは攻撃的な「ミサイル」というのは正しい表現と言えるのだろうか!

 

 日本語は精細で表現豊かな言葉だと思っているが、日本語によれば運搬手段としての「ロケット」と爆弾を積み攻撃的な「ミサイル」とを分けている。

 

 「ロケット」が飛んでくると聞いたら何らかの原因で制御不能の事故と思うが、「ミサイル」が飛んでくると聞いたら攻撃されていると誰でもが思うだろう。同じような被害や脅威が予想されるが、相手を非難する上では“敵対”感情は全然違うものだ。

 

 こうした言葉の使い分けで、敵対感情が助成され、北朝鮮人民を敵対視し互いが相争うことの悲劇を危惧せさせるをえない。

 

 北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)体制が非民主的で非人道的であっても北朝鮮人民とは理解しあえるものと思うし、友好を深める意味でも言葉表現は正確なものでなければならないと思う。(光)

 

以上 5/29 池田光雄

 

北朝鮮の農村