AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
長くアフガニスタン支援を続け、現地からも高く評価されてきた中村哲さんが、運転手やボディーガードたちと共に暗殺された。その背景を助手たちと丹念に取材し、徐々に事件の背後に迫る筆致はサスペンス小説を読むよう。だがこれは、現実に起きていることなのだ。国同士の水争いなど背景を知れば知るほど読後感は重いが、調査報道の価値を改めて感じる一冊『中村哲さん殺害事件 実行犯の「遺言」』。乗京真知さんに同書にかける思いを聞いた。
* * *
アフガニスタンでたくさんの井戸を掘り、土漠だった土地を緑の土地に変えた中村哲さん。中村さんが銃撃で命を落としてから、今年12月で5年になる。本書の著者である朝日新聞記者・乗京真知さん(43)はアフガニスタン取材中、現地の人々がどれほど中村さんの仕事を尊敬し、死を悲しんでいるか肌で感じてきた。
「現地の人はよく言うんです。『子どもの頃からよく通っていた道の両側が、カカ・ムラド(中村のおじさんの意)が来てから緑に変わっていった。その感動は何ものにも代えがたい』って。その中村さんが殺されてしまって申し訳ないと謝る人が多かった。タリバンのメンバーも含めてです」
ガニ大統領(当時)が「徹底した捜査と真相解明」を約束したものの、だんだん尻すぼみとなって真犯人は不明のまま。混乱の極みにある国で起きた事件だからそれも仕方なかろう──と私を含め、多くの人が思っていただろうが、乗京さんはそう考えなかった。助手たちと協力して3年にわたり、事件の唯一の生存者をはじめ、警察や情報機関などさまざまな機関や関係者に粘り強く取材を続けていった。
アフガニスタン支援をしていた中村哲さん 暗殺の背景を丹念に取材してたどり着いた衝撃の新事実© AERA dot. 提供
その結果、ある情報提供者から「実行犯のうち主犯格の男が『ドクター・ナカムラを殺してしまった』と言っている」という証言を得る。その男の名はアミール。最初は身代金目的で中村さんを誘拐するつもりだったが、パキスタンから来た共犯者が撃ってしまったと告白したという。そもそもアミールに中村さん誘拐を依頼したのは誰か。背景にはパキスタン側に源流があり、途中でアフガニスタン側に流れ込んだ後、再びパキスタン側に流れ出す1本の川の存在があった。両国を流れる「命の水」。アフガニスタン側で行われていた中村さんの灌漑事業はパキスタンから見れば「自分たちの水を盗むもの」。それが命を狙う背景にあった。
「日本の支援活動はソフトパワーを重視し、灌漑事業にも多額のお金を援助しています。水対策は日本のお家芸なのですから、パキスタン側でも水不足対策にあたってバランスを取るのも手です。中村さんの前にもNGOの日本人が殺されていますし、トルコ人の技術者が誘拐されるなど、水に関わった人たちの危険は大きい。そのリスクに日本が向き合えているかどうか」
乗京さんは、運転手やボディーガードの遺族に中村さんが代表を務めていたNGO側から弔慰金は支払われたものの、その後は生活に苦しんでいることにも目を向ける。
「タリバンが再び実権を握った際、欧米は大使館の現地スタッフや家族も一緒に退避させました。でも日本はJICAや大使館のスタッフを500人も置いていったのです。人権を無視した対応だと国内外から批判を受けました。ソフトパワーで国際貢献するなら、今後どうすべきか真剣に考えないといけません」
地道な調査報道を続けてきた人の真っ直ぐな言葉だった。
(ライター・千葉望)