リニア中央新幹線建設への疑念
「ワーカーズ五月一日号」



1 リニアと都市開発 「国家的事業」に巣くう利益構造   

 リニアモーターカー(linear motor(motour) car、略語:リニア)とは、超電導リニアの最初の開発者であった京谷好泰が名付けた和製英語で、日本では主に超電導磁気浮上式鉄道を指し、リニアモーターにより駆動される乗り物である。

 主な種別として、磁気で車体を浮上させて推進する磁気浮上式と、浮上させず車輪によって車体を支持し、推進及び電磁ブレーキにリニアモーターを利用する鉄輪式があり、その他の分類としては、「軌道一次式」と「車上一次式」があり、要するに回転式モータの場合の、「固定子一次式」と「回転子一次式」のようなもので、(常伝導の)電磁石により極性を変化させて駆動力を発生させる側が「軌道」と「車上」のどちらか、ということである。
 JR東海は自己負担による超電導リニア方式(超電導磁気浮上方式)での建設を発表し、国土交通省はJR東海に対し超電導磁気浮上方式による建設を指示した。

 リニアは世界各地で実用化されているが、リニアは無人運転が可能で、最高速度が550km/h[日本では603km/h確認されている]、東京(品川)~新大阪間を67分で結び、その所要時間は「のぞみ」の東京~新大阪間の2時間25分の半分以下に短縮されことが可能とされる。

 そこに目をつけたのが、地方よりも都市、個人よりも国家、「力」というものを重要なものだと考えていたJR東海のイデオローグで安倍晋三元首相の後見人として知られたJR東海故・葛西敬之名誉会長や安倍晋三元首相である。

 彼らはリニア中央新幹線構想を立ち上げ、「東京~名古屋~大阪の日本の大動脈輸送を二重系化し、東海道新幹線の将来の経年劣化や大規模災害といったリスクに抜本的に備えるためのプロジェクト」「国民経済の発展及び国民生活領域の拡大並びに地域の振興に資することを目的に、国にとって基幹的なインフラを整備するための法制である全幹法に則って、建設している」「超電導リニアによる中央新幹線の実現は、東京~名古屋~大阪の日本の大動脈輸送を二重系化し、さらには、三大都市圏が一つの巨大都市圏となるなど、このスーパー・メガリージョンによって日本の経済・社会活動の活性化に貢献。」するとして、「国家的事業」としてリニア中央新幹線建設計画を策定し、推し進めている。

リニア中央新幹線は、JR東海が事業主体となり、2037年には新大阪まで延伸開業する計画だ。計画では、首都圏では土地買収が難しく、騒音対策も実施しなければならないことから、建設費の総額が9兆円にも上る巨大開発事業である。そうなるとJR東海という1社の民間企業では負担が大きい。かつ東京~大阪間という日本の大動脈を支える社会インフラでもあることから、安倍内閣時に公的資金として、3兆円の財政投融資が投じられることになっている。

 整備新幹線は鉄道・運輸機構が主体となって建設を進めているが、国の意向が強く、政策的な「国家プロジェクト」だが、リニア中央新幹線はJR東海という民間企業が国を後ろ盾に進めている「国家的プロジェクト」である。建設主体がJRという民間企業だが「国家事業」に変わり無く、原発や辺野古の基地建設などと同様に国の政策として優先的に進められるのである。

 優先的に進められる「国家事業」においては、環境変化や土地買収など、地域の理解を得るための保証・交付金や準備金がだされ、道路や公共施設などの整備・刷新化が図られ地域に潤いがもたらされるが、工事期間だけとか政策が変われば廃止という期間限定的な、悪く言えば買収による政策推進が行われるのである。

 リニアやそれに関連する駅周辺の都市開発には大成建設、鹿島、大林組、清水建設といったスーパーゼネコンのほか、熊谷組、前田建設工業、飛島建設など、すでに実験線建設工事で実績のあるゼネコンに発注され、基本的にはオールスーパーゼネコンの体制で建設することになるので、「国家的事業」に巣くう利益構造は変わらず、「赤字受注になることはない」事業で、要はどこの企業がどこの工区を受け持つのかという問題で、談合疑惑さえ発生しているのである。

2 リニア建設に待ったをかけた川勝静岡県知事。

 川勝平太静岡県知事は現在4期目で、任期は2025年7月4日まで、残り1年3カ月を残し、任期途中に辞職願を提出したが、やめる大きな理由として、相次ぐ失言についての反省とJR東海がリニア中央新幹線の2027年品川~名古屋間開業を正式に断念したからだと言うことをあげている。

 リニア中央新幹線の工事開始で起こりうる大井川流域水問題を社会に訴え、有識者会議を開かせ、その過程でJR東海のこの問題への対策をより厳格なものにし、環境へのリスクを軽減させるようにアセスメントをきっちりやらせるようにしたその結果、リニア中央新幹線の開業は当初予定より延期になった。静岡県におけるリニア問題への解決に一定の筋道をつけたことで失言発言問題を含めて途中辞職するのだと。

 川勝平太氏は、早稲田大学政治経済学部で教授、静岡文化芸術大学学長や理事長を務め、『文明の海洋史観』などの著書で知られるように、これまでの歴史の見方が陸地を中心とした見方だったのに対し、海の視点からの「海洋史観」の考えを広めた経済史研究者でもあった。元静岡県知事の石川嘉延のブレーンとして「富国有徳」(注参照)との県のスローガンを提案するなどしたことから静岡県知事に立候補し、経済史の研究者から政治家に転身した人物である。

 川勝氏の政治姿勢はこうした学識に裏打ちされた世界観を背景に、東京と名古屋に挟まれた地域での工業や農林水産業を大切にする「富国有徳」を掲げ、中電の浜岡原発問題では再稼働には慎重な姿勢を示し、自然保護や環境問題にも取り組む静岡県政を行って来て、知事選では自民党推薦を断り、対抗する自民党推薦候補に対して4選を果たすなど静岡県民の多くに支持されていた。
 自民党県連は県知事選自民党公認を打診したが断られ、対抗馬を出したが、4回も敗れており、県知事の差別失言発言を理由に何度も“不信任”決議を提出して川勝降ろしをやってきており、川勝知事は『今度やったら辞任する』と言った矢先の中での新任職員への挨拶で「県庁はシンクタンクで農業や畜産業、製造業とは違う」と発言して、職業差別発言として報道され辞任理由の一つとなっている。

 川勝知事は彼自身も言うようにリニア中央新幹線賛成派で、「大井川の水量および生態系の影響」を熟考する条件なら賛成であると表明している。

 静岡県内のリニア建設地域は県の北側、南アルプス塩見岳付近の地下に南アルプストンネル(仮称、延長約25km)のうち、静岡市葵区の約8.9km 区間のみだから、駅もなくただ通すだけで静岡県には何の見返りはないが、工事車両が行き交う静岡市井川地区と静岡市中心部間の道路整備や静岡富士山空港真下の東海道新幹線新駅設置などの案(この案は近くに新掛川駅があることから却下されている)をJR側に求めるなどしており、一定の見返りを求めていた。

 JR東海は13年9月に、南アルプストンネルの工事を実施すると、大井川の水量が最大毎秒2トン減少するとの予測をしめし、静岡県は、大井川の水は静岡県民の6人に1人にあたる60万人分の生活用水だけでなく、事業や発電にも利用され、「命の水」に該当するとして、トンネル湧水の全量を大井川に戻すことを求め、JR東海は、最初は「全量戻す」と約束したが、20年8月になって「一定の期間は水を戻せない」と表明したことから、静岡県はあくまで全量戻すことを求め、水資源の確保と自然環境の保全について、47項目(うち17項目が解決積みになっている)にわたってJR東海に回答を求めている。

、静岡県が大井川の水を全量戻すことにこだわる理由は、かつては水量も多く橋もない「越すに越されぬ大井川」だったがダム建設など開発によって大井川が慢性的な水不足に悩まされていることや東海道本線の丹那トンネル工事では大量湧水による水枯れ発生で水田農家が大打撃を被った被害例もあり、「渇水は深刻な問題である」として、工事による流量の減少は、南アルプスの貴重な生態系にも大きな打撃を与えることを懸念している。

 “市民派”としての川勝知事はこうした声を代弁したものであり、その成果として、水問題も田代ダムからの流出量補填案が示されるなど新たな段階に入っている。

 国家的プロジェクトとしてのリニア中央新幹線建設は静岡県の了承を得ない中で進められ静岡県内ばかりではなく工事区間での地盤沈下や崩落事故、談合や買収問題の発生により工期が遅れることが明らかになる中、県知事として問題提起し、筋道をつけたとの判断をしたのではないか

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注 富国有徳 川勝は自著『富国有徳論』などの中で「富国有徳」の概念を提唱している。

「富国有徳」について静岡県発行の「ふじのくに「有徳の人」づくり大綱ー誰一人取り残さない教育の実現に向けてー」において川勝はこう説明している。

(前略)「富国有徳」は、霊峰・富士の字義を体し、「富(豊富な物産)」は「士(有徳の人材)」に支えられ、「富」は「士」のために用いる、「徳のある、豊かで、自立した」地域をつくり、富士山の姿に恥じない理想郷を目指すものです。 “ふじのくに”づくりの礎は“人”であり、霊峰・富士の姿のように、気品をたたえ、調和した人格を持つ「士」すなわち「有徳の人」の育成が“ふじのくに”の教育理念です。
-川勝平太、ふじのくに「有徳の人」づくり大綱ー誰一人取り残さない教育の実現に向けてー
まだ同書においてこの考え方はSDGSの考えと合致するとも述べている。

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 3 火山・地震多発の日本でリニアは大丈夫か

 国家的プロジェクトとしてのリニア中央新幹線建設は 建設ありきで問題が発生するたびに対処するやり方で推し進められている。

 鉄道で起こりがちな脱線事故については、リニアは車輪を磁力で浮き上がらせて走ることから脱線の心配は無いという。高速で走るためには上下や曲がりが無い直線的なリニア軌道が必要であり、山が多い日本では平行で直線を保つためにトンネルを掘り、地下に線路を引くことになる。
 
 リニア中央新幹線は山間部に建設されるため、超電導リニア方式での積雪対策技術が開発されており、山梨実験線では積雪時の走行や除雪、設備の耐久性なども研究対象になっており、中央新幹線に向けて技術実証を続けている。

また、赤石山脈(南アルプス)など多くの山を通過するため地形・地質問題のクリアも課題となっている。JR東海は最短距離の赤石山脈を貫通する「南アルプスルート」を決めたが、糸魚川静岡構造線の大断層帯を長大トンネルで貫通することになるため、この工事を含めて超難工事が予想されいる。
 静岡県の水問題だけではなく、建設地域の環境破壊問題や難工事によって2027年開業予定だった東京・品川駅 - 名古屋駅間開業予定は2034年以降になり、名古屋駅 - 大阪市内(新大阪駅の予定)間開業予定も2037年~2045年になった。

 地中の中では地震の揺れは少ないと言うが、今年の能登半島地震では地殻が数メートルもの隆起する地殻変動が起きた。こうしたことがトンネル内で起こったらどうなるのか?直線的な軌道はゆがみ、トンネルは崩壊、大惨事はまぬがれないのだ。

又経費の面では、難工事やそれによる事故が発生すれば想定していた予算を超えることになり、リニアそのものも新幹線の三倍もの電力を必要され、需要がそれに見合ったものとして得られなければ、宝の持ち腐れになるかもしれない。

 日本のリニア中央新幹線構想では大都市と大都市を高速で結ぶ「スーパー・メガリージョン」と大宣伝されているが、地方は置いてけぼりの大都市中心の都市開発であり、景色を見ながらの旅を楽しむことはなく、速さが売りのリニアで、リニアより早い航空機や最近ドローン技術を用い実用化されつつある空飛ぶクルマに競争で勝てるか疑問だし、IT(情報技術)の発達と普及による働き方の変革で人的交流や人の移動も変わってくるだろう。
 10年は延びたリニア中央新幹線構想の建設だが、この間でも後でも日々変わる自然や社会環境にどう関わり、時間や空間をコントロールし、住みやすい社会を作っていく人間の英知が問われるだろう。(光)