日本はもはや〝戦争モード〟へ――無責任極まる覇権抗争はノーだ!――
【ワーカーズ五月一日号】

 

 


 訪米した岸田首相は、日米首脳会談でも両院議会での演説でも、日本が米国の〝グローバル・パートナー〟であることを再三表明した。あわせて、在日米軍を含む米国のインド太平洋軍と日本の自衛隊との部隊運用や作戦行動での《指揮・統制》の連携強化を確認、表明した。それは、これまでの建前としての専守防衛路線を公然と投げ捨て、〝台湾有事〟など米中間の攻防で日本が米国と一体となって戦う姿勢を明確に打ち出したものだ。
 
 その中心になるのが、対中封じ込め戦略の構図をバージョン・アップする、いわゆる「車軸型(ハブ・アンド・スポーク)の安保協力」から「格子状の多国間連携の強化」への〝進化〟であり、その柱が米軍と自衛隊の《指揮・統制》での連携強化だ。

 これまで日米は、日米安保条約に基づいて、日本は国土防衛に専念し、相手国への反撃は米軍に依存する、としてきた。ところが近年の中国の拡張路線に対し、日本も単なる国土防衛から相手国への反撃や攻撃もできる態勢づくりを進めてきた。今回の日米首脳会談は、それをさらに具体化させるものだった。

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◆多国間連携の〝格子型安保〟

 今回の岸田首相の訪米では、日米ばかりでなく、日米比の首脳会談も行われた。これは対中包囲網づくりで新たに三カ国の連携を強化するものだ。また直前の4月7日には、日米豪比4カ国による南シナ海での共同訓練も行われた。

 これらも、岸田首相も強調する日米グローバル・パートナーの内実のひとつだ。これまでのインド・太平洋地域を越えた南半球や英国など欧州を含む領域にまで拡げた日本の役割拡大だ。これはすでに存在する日米や米韓、米豪同盟、米比相互防衛条約、台湾関係法、に加え、米英豪の「OUKUS――オーカス」、日米豪印の「QUAD――クアッド」、そして今回の「日米比」の準同盟化による、多国間安保協力による対中封じ込め戦略の強化をめざす、というものだ。

 こうした複数の多国間連携づくりと強化を、エマニュエル在日米国大使は、米国主導の〝車軸型安保〟から多国間連携を相互にネットワークで結びつける〝格子型安保〟への発展で、日本はその中心国になる(「朝日」4月6日)と語っている。

 日本は、一面では米国主導の多国間安保構想に加担させられた訳だ。が、同時に、日本としてもアジアの盟主の地位を追い求める思惑から、米国をアジア、とりわけ東・南シナ海への関与を続けさせたい思惑もある。対中包囲網づくりに米国は欠かせないからだ。そのために、前のめりになるほど米国の安保構想に寄り添うという姿勢をさらけ出したわけだ。

◆対中攻撃力の整備・強化へ

 グローバルな安保協力の柱となる《指揮・統制》での連携強化の端緒は、日本も相手国への攻撃も出来るようにする、いわゆる〝敵基地反撃能力〟の保有だった。現実の攻撃の対象は、対象国の政権中枢も含むトータルな〝敵国攻撃能力〟の保有だ。

 これまで米軍は、一国完結主義、要するに他国の支援を必要としない自国完結型の攻撃能力を保持してきた。それが中国の急速な軍事力増強によって、局地的に見ても、東・南シナ海などでは米軍の圧倒的な優位性が崩されてきた現実がある。そうした中でインド太平洋地域各国の軍事力、とりわけ、中国近海を中心とした日米など関係国の軍事力を一体的に運用することで、対中抑止、対中包囲網づくりを整備したいとの思惑が増幅されてきたわけだ。

 日米軍の《指揮・統制》での連携強化とは具体的にどういうことか。

 現在、米軍と自衛隊は、共同訓練などで部隊の一体的な運用を強化してはいる。が、現状では、軍の指揮・統制は別個だ、という建前になっている。

 現在、日本各所の米軍を統括する在日米軍司令部は存在する。が、その司令官は基地管理など、軍の行政的な役割しか持っておらず、軍事作戦での《指揮・統制》は、ハワイにある米インド太平洋軍司令官が担っている。

 自衛隊はその米インド太平洋軍とは直接の連携はなく、米軍は日本の自衛隊とは関係ないところで、自国軍の作戦計画の立案や指揮統制権を保持していたわけだ。それが、仮想敵国への共同攻撃の任務が加わってきたことで、直接的に自衛隊と米軍との間で、指揮統制メカニズムを一体化する必要がある、となったわけだ。

 具体的には、米国としては、在日米軍司令部の強化と、今年度中に予定されている。自衛隊の統合作戦司令部の新設により、両軍の連携を強化して実戦での効率的な共同作戦行動を可能にするというものだ。現にこの4月16日、日本では《統合作戦司令部》の新設を可能とする法改訂が自民、立憲などの賛成により衆院で可決している。

 この日米共同作戦で問題となるのが、日米のどちらが《指揮・統制》で主導権を握るか、という問題だ。岸田政権は、あくまで日本は自立した指揮・統制権を保持する、としているが、果たして可能なのか。例えば敵国の各地に長距離攻撃も行うという切迫した場面で、相手国に対する情報収集力や多様な攻撃手段を保持する米国の意向に反する判断が出来るのか、という問題だ。

 現実的には米軍の指揮・統制に従わざるを得なくなる。そうなれば、自衛隊は、実質的に米軍の下請けになってしまう。現に韓国では、朝鮮戦争の経緯もあって、在韓米軍司令官が米韓連合軍司令官を兼任しているのが現状だ。

 岸田首相は、米国から帰国しても〝従来と変わらない〟〝自衛隊の指揮・統制権は日本が持つ〟と言い続けているが、これも岸田首相が常用する〝はぐらかし〟〝言い逃れ〟に終わる公算が大きい。

◆日米共同作戦計画

 《指揮・統制》での日米一体化は、現実に策定作業が進んでいる「日米共同作戦計画」づくりの進展と連動している。

 いま日米のいわゆる《2プラス2》=「外務・防衛担当閣僚会合」で、台湾有事などへの対応策として《日米共同作戦計画》づくりが進められている。これは、いざ〝台湾有事〟という事態が起きたら、日米がどこの部隊を使用してどう対応するのか、という共同作戦計画だ。その計画が23年末に原案が完成し、今年末までに正式版が策定されるようだ。

 日米両軍は、その一環として今年2月に、中国を仮想敵国として明示したコンピューターを使用したシミュレーションを実施している。が、政府はその共同作戦のシナリオを特定機密に指定したともいわれており、中身は一般には知らされない

 今回の自衛隊と米軍の《指揮・統制》問題は、その共同作戦計画と連動していると想定さる。具体的には、在日米軍司令部機能の拡充と、新しく設置される陸海空自衛隊の統合作戦司令部と連携・一体化が進むことになる。〝台湾有事〟に関する日米両国の作戦計画が国民不在で策定され、行使される可能性が高まっているわけだ。

◆米中覇権抗争に加担する日本

 なぜ米国がこれほど対中包囲網づくりに邁進しているのだろうか。それは一言でいって覇権国家の保持が至上命令になっているからだ。逆に言えば、覇権国家からの転落をそれだけ恐れていることになる。

 それはそうだろう。米国は実質的には第一次世界大戦後に、覇権国家の地位を手にした。が、その力を積極的には行使してこなかった。が、第二次大戦後は明確にそれを指向し、米ソ冷戦での勝利に執着し、90年のソ連崩壊後は、歴史上比類の無い〝唯一の超大国〟の力をほしいままにする覇権国家となった。その間、世界中で大小100カ所規模の武力行使を続け、欧州ではソ連崩壊後も東欧への軍事介入やアフガン・イラクなどのやりたい放題の介入戦争など、ドル支配や経済制裁なども含め、実質的には一国だけの力で世界覇権を保持してきたのだ。

 その一国覇権が脅かされ始めている。いうまでもなく、経済力・軍事力での中国の台頭だ。

 かつての米ソ冷戦時代では、核戦力を中心とした軍事力では拮抗していたものの、ソ連は軍拡競争で疲弊して経済力では冷戦期で米国の半分弱に過ぎなかった。覇権を奪われる恐れはほぼ無かったわけだ。それが中国の継続的な経済成長と軍事力の整備によって脅かされ始めたのだ。
 GDPなど経済力では、購買力平価ではすでに中国が米国を上回っており、為替レートでも30年までには米国は中国に追い越されると予測されている。また軍事力も着実に増強され、いまでは第一列島線の内側の東・南シナ海には、米国の海軍力が迂闊に入れないまでになってしまった。このまま推移すれば、近い将来、米中の〝新時代の大国関係〟、すなわち太平洋を二分する並立覇権国家になってしまう。米国にとって、もはや自国だけで世界を自由にコントロールできた地位を失ってしまうわけだ。

 いったん失った覇権国家の地位は、二度と取り戻せない……。この恐怖心は、米国の支配層しか分からないと言っていいほど大きくて深刻なものだろう。

 昨年、米国は国家安全保障戦略で、中国を米国の覇権を脅かす可能性を持つ唯一の国家だと明示し、その封じ込めに集中する。その枠組みが、今回の〝格子状型安保〟への転換であり、その根幹が、地理的にも軍事的にも中軸となる日米の共同作戦づくりと《指揮・統制》の一体化なのだ。

◆戦場は、南・東シナ海と第一列島線

 米国や日本、それに欧州やアジア諸国にも対中警戒感が拡がる理由は確かに存在する。

 中国の、中台統一の立場は一定の歴史的根拠があり、理解できないわけではない。米国や日本も〝一つの中国〟を否定していないし、将来の中台統合もあってもおかしくはない。が、台湾の人々が統一を望んでいないなか、中国による台湾への武力統合など、許されるはずもない。それこそ覇権国家的態度だという他はない。

 中台の両岸問題以上に危ういのは、南シナ海での中国の拡張姿勢だ。中国は、南シナ海全域を中国の管轄圏内だとしている。が、中国南東部の海南島周辺までなら理解できないわけではないが、赤道に近いナトゥナ諸島なども含めて管轄権を主張している。これを承認する周辺国はないだろう。

 中国の習近平主席は、長期政権を築く中で〝中華民族の偉大な復興〟という〝旗印〟を掲げている。かつての強大な中華帝国の版図を意識しているのかも知れない。が、それは明らかに中国のこれまでの被害者意識に由来する復興を超えた、覇権国家的発想に基づくものだろう。かつてのベトナムとの武力衝突を〝懲罰〟だと定義した大国主義・帝国主義に通底するものでもある。

 そんな中国と米国の覇権争いの、どちらか一方の陣営に加担するなど、あってはならないことだ。とりわけ、太平洋を挟んだ米国と連携し、近隣の経済・軍事大国と戦端を交えるなど、悪夢としか言い様がない。それこそ日本が〝ウクライナ化〟してしまう。

 米中の軍事衝突が起これば、戦場は東シナ海と南シナ海になり、直接的に相対する当事国・地域は、中国と日・台・比になる。とりわけ、東シナ海を挟んだ南西諸島と九州が正面となる日本は、最大の戦場となる。

 米軍は台湾有事に直接参戦するとは明言していない。が、仮に参戦しても中国は米国本土を攻撃できないから、米国本土は戦場にならない。南西諸島での小規模の〝遠征前方基地作戦(EABO)〟でミサイル攻撃などはしても、米海軍力の主力は、グァムやハワイ近郊から遠距離攻撃をすることになる。

 一方、第一列島線上に位置する南西諸島を含む日本は、遠い太平洋に引っ越しすることは出来ない。当然、中国からは南西諸島や九州、それに本土各地の米軍基地や自衛隊基地も攻撃を受ける。要するに〝台湾有事〟で日本は米中の代理戦争を強いられる。

◆〝アジアの盟主〟

 仮定の〝台湾有事〟に、日本はなぜそこまで米国に加担するのか

 今回のグローバル・パートナーシップや《指揮・統制》での連携強化は、一面から言えば、日本が対中包囲網づくりや、いざ米中軍事衝突で、日本が米国の下請けの役割を押し付けられる、という意味合いがある。が、それだけで話は収まらない。〝日本の野望〟だ。

 日本もかつての高度経済成長期に、中国の経済復興を後押しした時代もあるし、《東洋の奇跡》《ジャパン・アズ・ナンバーワン》評とされた高度経済成長と世界第二位の経済大国を誇った時期もある。いまだ〝日本はアジアの盟主〟だという優越意識から抜け出せない輩も多い。そうした地位が自分たちの利権構造の保持に繋がるとの利益集団も存在する。あえて言えば、〝アジアの盟主〟としてアジア地域を牛耳りたい勢力や、それらと結託した軍需産業や自衛隊など関係者などだ。

 現に、世界で戦争が拡がるにつれ、そうした人たちが大手メディアなどに頻繁に登場し、自分たちの立場に沿った軍事整合性に基づくアジテーションを繰り拡げている。そうした権力や利益に執着した勢力は、仮に戦争になれば大きな被害を受ける戦場となった地域の人々、とりわけ戦時弱者となる女性や子供たち、それに戦場で殺し殺される相互の兵士が被る甚大な犠牲など気にもとめない。戦争や戦争準備を煽る政治家など、自分たちは危険の無い位置で戦争を煽るからだ。

◆無責任な〝戦争屋〟と〝国家〟

 そうした無責任な戦争屋が、いまでも跋扈している。それを象徴するのが自民党副総裁の麻生某だ。わざわざ台湾に出向き、台湾有事に絡めて〝闘う覚悟〟を連呼した。

 〝闘う覚悟。!一体誰に対して言っているのだろうか。台湾の兵士にか、国民にか、それとも日本の自衛隊員か日本国民か。自分はどうなのか。自身が銃を携えて戦場に行くなど考えてもいないだろう。要するに、自分たちの野心や権勢のために他人の命を道具化するものでしかない。まったく無責任極まるものだ、という他はない。

 岸田首相も同じだ。今回の米国での上下両院議会演説で、「今日のウクライナは、明日の東アジアかもしれない」と訴えた。そんな安直なロジックがあり得るなら、現在のウクライナ戦争が米ロの代理戦争の様相を露わにしているのと同じように〝今日のウクライナは明日の日本〟となり、日本は米中の代理戦争を無理強いさせられる事態にもなるのだ。

 そんな無責任な構図は、沖縄の辺野古基地建設にも見える。辺野古の軟弱地盤埋め立てるために、10年以上もかかり、米国側でも完成時期は早くて37年以降、そもそも完成できないとの評価もある。当初想定していた費用3500億円もとうに使い終え、最終的に2~3兆円になるとの試算もある。にもかかわらず埋め立て計画の撤退はむろん、先行きの見通せないまま、ただ米国との約束を守るためにだけ続ける、という無責任さだ。

 完成予定の35年頃には、それを推進する政権中枢の現在の政治家は誰も残っていないだろう。仮に建設が予定どおりうまくいっても、その時点で在沖米軍が、戦術上、沖縄などからグァムなど後方に配置換えしていることだってあり得る。どちらも全くの無責任と言う他はない。

 こんな無責任な戦争準備を進める岸田政権に、ノーを突きつける以外にない。(廣)