利益を手にしたのは企業・資産家だけ

――トリクル・ダウン詐欺に加担した黒田異次元緩和――




 植田日銀が、異次元金融緩和からの転換に舵を切った。

 異次元緩和の導入を招いたデフレの原因は何だったのか。アベノミクスと異次元緩和の意味合いと性格など考えてみたい。

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◆ゼロ・マイナス金利からの転換

 3月の政策金利決定会合で植田日銀総裁は、2013年から11年間続けてきたゼロ金利政策(16年2月からはマイナス金利政策)からの転換に舵を切った。異次元緩和の終了、普通の金融政策への転換だという。

 これまでマイナス0・1(日銀への当座預金)だった短期金利を、プラス0・1%に設定し、また〝無理手〟とされる長短金利操作(YCC=イールドカーブ・コントロール=16年9月から)も廃止する。それに、これも〝禁じ手〟とされる株式購入(ETF=上場投資信託)やJリート(=上場不動産投資信託)の買い入れもやめる。が、金融緩和的環境は維持し、月額6兆円ほどの国債買い入れ(現在590兆円)は続ける、というものだった。

 慎重に、というべきか、金融引き締めによる景気の悪化を批判されないように、一歩踏み出した、というわけだ。

 この転換では、昨年末からの日銀幹部による事前アナウンスなど、周到な準備を続けてきた。まだ影響ははっきり出ていないが、マイナス金利の〝副作用〟は解消できるのだろうか。

◆肥えたのは企業と資産家

 ゼロ・マイナス金利の目的は、企業の設備投資での借入金の金利負担の軽減や、マイホームや車購入でのローン金利軽減など、デフレ脱却に向けた景気対策だった。

 これらは、政府による国債の大量発行を支える財政ファイナンスでの利払いの軽減、円安による輸出企業や多国籍企業への収益構造へのテコ入れでもあった。

 労働者や預金者の将来への備えとしての貯蓄は、ゼロ金利で利子収入が消滅。企業への利子所得移転を無理強いされ、低金利による円安で輸入物価は高騰、実質賃金の低下をもたらした。

 そして何より、金利差による記録的な円安への誘導で、ここでも輸出企業や多国籍企業の収益改善が際立つ結果をもたらした。

 これらの結果膨らんだ企業収益は、まずは株価上昇と配当の増額で株主に還元され、株主に評価された経営者の報酬は増額され、企業としては内部留保が史上最高額にまで膨れ上がっている。

 他方で、労働者の賃金は〝失われた30年〟を通して、実質的に横ばいか下がり続けてきた。

 これがアベノミクスの異次元の金融緩和がもたらした現実だった。

(別表――1)    異次元緩和11年間の主な変化

円・ドル相場   1ドル=85円 →  1ドル=144・69円
           (12年12月)     (23年12月)
日経平均株価  12397円   →  33464円
           (13年3月末) (23年12月29日)
日銀が買った株式(ETF)
       1兆5440億円  →  36兆9758億円
        (13年3月末)    (23年3月10日)
企業の内部留保  328兆円  →  554兆7777億円
            (13年度)       (22年度)
完全失業率     4・3%   →  2・5%
            (12年)        (22年)
実質賃金指数   105・9   →  100・8
  (20年=100)(12年度)     (22年度)

◆輸入インフレによるデフレからの脱却?

 日銀がゼロ・マイナス金利からの脱却に踏み切ったのは、ここ数年の物価上昇による深刻な実質賃金の低下や家計の可処分所得の低下という、いわゆる〝副作用〟が膨らんだからだ。

 現在進行中の物価上昇は、日銀が意図したものとは違っている。円安による食料品などの輸入インフレ、ウクライナ戦争による資源・燃料価格の上昇などによるもので、賃上げなどによる内需拡大によるものではないのだ。

 24年春闘では、一部の高収益企業の賃上げではそれなりにあったとしても、それは物価上昇の後追いでしかない。

 現にこの2月の物価上昇は、対前年比2・8%上昇、生鮮食品を除いた食料品は5・3%上昇で、低所得層ほど実質賃金は目減りしていることになる。

 24年春闘の中間集計では、連合の発表(2回目集計)では、全加盟組合1446組合で5・25%、300人未満の組合(777組合)で4・5%、300人以上(669組合)では5・28%となったという。賃金の実質的な上昇を反映するベースアップでいえば、はっきり分かる組合(1237組合)で3・64%だった。

 23春闘ではベアが大手で2・12%、中小で1・96%だったのに対し、23年の物価上昇率は3・1%、食料品が8・2%上昇していたので、 実質的な正社員の賃金は、0・98%縮小、中小では1・14%縮小したことになる。だから今年2月まで、22ヶ月連続して実質賃金が縮小していたわけだ。

 ということは昨年の実質賃金ほぼ1%の下落と今年の2・8%の物価上昇に対し、3・8%以上のベアがないと、実質賃金は下がることになる。3・64%では物価上昇の後追いにも満たないのだ。

 しかも、こうした賃上げさえ、企業だけが利益を貯め込む現状への批判回避、それに〝24年問題〟など、人手不足という経済原理の結果としての賃上げであって、未だ企業・経営側の手のひらでの賃上げの域を出ていないのが現状だ。

◆トリクル・ダウン詐欺

 日銀が大幅な金融緩和に踏み切ったのは、大胆な財政出動、金融緩和、成長戦略という〝三本柱〟からなる〝アベノミクス〟を打ち出した安倍首相に押し切られたからだ。

 安倍首相と黒田日銀総裁は、物価目標2%をめざす金融緩和で合意し、13年に共同発表した

 そのときの会見で、黒田総裁は「2年間で物価目標2%を実現する」と大見得を切った。が、2年どころか黒田緩和10年間でも結果は出せなかった。

 そもそも安倍首相のアベノミクス〝三本柱〟は、〝トリクル・ダウン詐欺〟にもとづくもので、まずは「世界で一番企業が活躍しやすい国」をめざす、というものだった。要するに、大企業が利益を上げられるようになれば、おのずと富は下流にししたたり落ちる、という根拠のない仮説に基づく〝詐欺〟のような代物だった。

 そのアベノミクス10年の現実は、富は株主や企業や経営者が独占し、下流としての中小企業や労働者の賃金、あるいは高齢者の年金、子育て世代への支援、医療や介護など社会保障費などに配分されることはなかった、ということだった。

◆失われた30年

 〝失敗〟はアベノミクスだけではなかった。

 日本は90年のバブル経済崩壊後、ほぼ30年以上にわたって経済成長や賃金レベルが停滞し、それが〝失われた30年〟として、現在に至る。

 たとえば、バブル経済崩壊後の90年代の歴代政権による経済の構造改革の失敗だ。いわゆる〝平成不況〟期に、自民党政権は、10回以上の国債発行による財政支出を中心とした〝景気対策〟を打ってきた。が、構造的な供給過剰と需要不足を解消できず、ずるずると不景気を引きずっていった。

 さらに、平成不況を受けた自民党の歴代政権は、イギリス病(=非効率な国有企業、手厚い社会保障や労働者保護による経済低迷)への警戒感から、日本経済の〝高コスト体質〟からの脱却を目めざしていた。当時、対外純資産が世界一だった日本で、内需の柱でもある賃金は、バブル崩壊後も系統的に低く抑えられた。これでは需給ギャップも解消されるはずもない。

 加えて、バブル崩壊後も低金利政策が続けられたことで、労働者や庶民の金利収入が剥ぎ取られるという、いはば〝見えない収奪〟として需要不足に追い打ちをかけた。景気低迷下で消費税を5%に引き上げた橋本内閣は1年後の98年、金融システム不安の拡大や経済の失速を招いて退陣を余儀なくされた。

 90年代以降の過去を振り返ると。まるで現時点の日本を見ているようだ。要するに、90年代の平成不況下での〝失われた10年〟が、ずるずると20年、30年と続いている状態なのだ。

 01年に発足した小泉政権も、基本的に同じだった。

 政権発足直後の所信演説で「構造改革なくして日本の再生と発展はない」とぶち上げ、二本柱を掲げた。一つはバブル崩壊以降の負の遺産の精算、すなわち財政支出による景気対策という名の対症療法からの転換、二つ目は産業合理化と民営化(郵政民営化など)、いわゆる〝高コスト体質の一掃〟だ。要するに、経済のグローバル化に対応できる産業競争力の強化策だった。

 小泉政権が構造改革を掲げざるを得なかった背景には、平成不況への対処療法が限界にぶち当たっていたからだ。すなわち、実質ゼロ金利が続いて金融緩和策の余地がなくなっていたこと、財政支出も、国債発行残高(当時666兆円)が膨れ上がっており、後は国債の日銀引き受けという〝禁じ手〟しか残されていなかったからだ(ちなみに〝禁じ手〟は、安倍・黒田コンビによって実質的に突破された)。

◆輸出主導型経済成長の陥穽

 90年のバブル崩壊から始まる〝平成不況〟。その〝失われた10年〟は、その後20年になり、30年になった。

 この間、2010年に中国にGDP世界第2位の経済大国の地位を奪われ、昨年はドイツに第3位の地位を奪われ、現時点で世界第4位の位置まで落ち込んだ。数年後にはインドにも追いつかれ、世界第5位の地位まで沈むことが確実視されている。

 経済規模の相対的縮小は、円安という為替相場によるところも大きい。それに〝定常型経済〟という言葉もあるように、経済規模が拡大しないこと自体、悪いことだとは言い切れないにしても、問題はその中身だ。

 なぜ日本は〝失われた30年〟に陥り、そこから脱却できないのだろうか。単純化してみれば、バブル経済崩壊以降の経済再生を、輸出主導型経済で実現しようとしたことだった。

 90年代以降の歴代自民党政権は、地球規模の競争に対抗出来るだけの企業や産業や社会づくり、いはば国家システム総体のコストダウンで経済成長を実現しようとしてきた。

 現に経団連や経済同友会は、ことあるごとに対外的な競争力にマイナスとなる高い労働コストや各種の規制などの〝高コスト体質〟をやり玉に挙げてきた。

 実際、矛先は正社員中心の年功賃金に向けられ、派遣労働など不安定・低処遇の非正規労働の拡大や成果主義賃金の採用が進められた。それに非効率な流通産業の合理化、公的企業の民営化などにも向けられ、さらには法人税の段階的で大幅な減税も進められた。

 この時期は、〝リストラ〟が流行語になり、希望退職での人減らしや不採算部門の切り捨てなど、様々な企業・産業合理化も進められた。

 輸出主導型経済とそのための高コスト体質の是正とは、視点を変えれば、コストが低い中国など海外への産業流出であり空洞化であって、国内需要の削減でもある。その結果は、輸出産業や外国に拠点を持つ多国籍企業の収益は増えるが、縮んだ国内需要でGDPは増加しない。それに円安で拍車がかかり、円安になるほど輸出企業は価格競争だけで優位になる。当然、技術革新や生産性向上も進まない。

 結局、国内経済は拡大せず、とりわけ賃金は30年以上継続的に低迷、あるいは減少してきた。これらは安倍政権でも継続的に続けられてきたものだった。

 その結果生じたことは、富を蓄えたのは巨大輸出企業や多国籍企業だけ。労働者は賃下げ、国内経済の空洞化も進んだ。

 安倍政権によるアベノミクスは、さらに異次元の金融緩和による極端な円安誘導でのコスト競争力の強化で経済成長をめざしたわけだが、それはそれ以前の政権の〝成長戦略〟の二番煎じで、その結果もまったく同じの二番煎じ、三番煎じ、低迷から抜け出すことは出来なかった、というわけだ。

◆まずは労働者の発言力・規制力の強化から

 輸出主導型経済に、何を対置すべきか。

 〝失われた30年〟では、政府や企業は、コスト競争力による経済成長を追い求めてきた。その結果は見ての通り、大企業や資産家だけが肥え太るという現実だった。

 もは利潤至上主義の経済成長による生活改善ではなく、私たちとしては中長期的課題として、利潤システムそのものからの脱却を目ざす場面だ。
 すぐ全面転換とはいかないにしても、産直経済、生産者と消費者を直接結びつける自律型の経済圏の拡大、企業組合、協同組合型企業の拡大などから始めることは可能だ。
 それらと並行して、なによりも労働者、労働組合の力を強化する、労働者の発言力・発信力、労働者の規制力・規程力の強化は最大のかつ緊急の課題だ。

 全米自動車労組のストの成果、ユニオン型組合によるストの試みも拡がっている。企業内組合から同一労働・同一賃金などをテコにした企業横断型の組合への転換も大きな課題だ。そうした課題に精力的に挑戦していきたい。(廣)