阿部 治正

 

今日はこれから、千葉駅頭で行う「新しい戦前にさせない共同行動」に参加する用意です。その前に、またまた、『日経』連載小説「登山大名」を読んだ感想を記します。

 

今朝の連載は、豊後国岡藩の領主中川家の三代目、まだ少年である中川久清が、岡藩と中川家のシークレットな部分にまた一つ分け入っているシーンです。

 

これまでも紹介してきましたが、久清は父である久盛とポルトガル人の女性「安威の方様」(あいのかたさま)の間に生まれた子。久清は、そのような自分と同じ異相の者が岡藩には他にもいることを、もうずいぶん前ですが、人気のない古井戸からいきなり飛び出してきた、赤毛の鼻隆の高い少年に出くわすことで知ります。そして今日のシーンでは、その少年が、家臣であり年長の友でもある藤兵衛の家の用人であることを知りました。実は久清は、こののち、この赤毛の少年の姉と思われる若い女性とも、狩の途中の山中で運命的な出会いをすることになります。

 

そうなのです。岡藩には、中川家の前の藩主(志賀親次)の時代から、諸国からの逃亡者が多く隠れ住んでいました。その多くはキリシタンであり、その中には「異人」の血を引く者たちがいたのです。赤毛の鼻隆の高い少年も、のちに出逢うその姉も、そうした者たちの一人です。そして赤毛の少年が人気のない古井戸から飛び出してきたのは、おそらくそこが地下にある彼らの祈りの場に通じる入り口だったからかもしれません。実際に、当時の岡藩の商家の地下には、キリシタンの礼拝堂などが設置されていた例などもあるので、そう想像もできるのです。

日本の田舎ではいまでも、繁華な地域を少し離れれば、木々や藪に覆われた谷底など、ほとんど人が近づかない場所があります。そうしたところも含めて、当時の逃亡キリシタンの生活の場であったのでしょう。

それにしても、この小説の挿絵にも出てくる岡藩の御座船(ござぶね)の帆に描かれた中川家の紋章は、彼らもまた確信的なクリスチャンであったことを、なんと分かりやすく示しているでしょう。これはどう見ても、イエズス会の紋章であるIHSをもじった意匠以外ではありません。それでも、禁教令を出し、諸藩に隠密を送り込んでいる幕府の目をごまかせると、当時の中川家の人たちが考えていたとすれば、少しびっくりですね。もしかしたら彼らは、幕府に詮索されることよりも、岡藩はキリシタンの味方であることを示すことの方が、重要だと思っていたのでしょうか。とはいえ、中川家の岡藩も、キリシタンに対しては、単純でない対応を迫られることになるのですが。

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