朝鮮半島の新展開 南北統一路線を放棄した金正恩政権の思惑
【ワーカーズ三月一日号】

 


 金正恩による「敵対的な二国間関係」論の政治的外交的意味をさぐる議論が活発になってきました。韓国の「ハンギョレ新聞」は「金総書記の《二つの朝鮮》(Two Korea)論は、日増しに悪化する朝鮮半島情勢と北朝鮮国内の政治的事情を考慮した特有の敵対的レトリックを取り除いてみると、北朝鮮側が脱冷戦期以降に懸念してきた《吸収統一》を避けるための防御的戦略だ」との専門家の意見を紹介しています。

■「朝鮮半島統一」路線に歴史的意義はあるのか

 同じ民族ながら当時の帝国主義的ブロックの対立のはざまで「二地域」に分断されてきた悲劇的歴史があります。しかしそれから70年以上の間、別個の敵対的国家として存在してきた二国の「統一」は、理念としてはともかく現実としての統一は国家と国家との戦乱を経ることなくしては実現できないことは明らかです。ムン・ジェイン前大統領の推進した「統一」政策も冷え切った南北対話の拡大以上のものではありませんでした。ドイツの東西統一のような平和統一は事実上不可能だと思われます。

 韓国と北朝鮮は現在も休戦状態にあります。朝鮮戦争は1953年の休戦協定をもって戦闘が終了したものの、和平条約が交わされていないため、法的にはまだ戦争状態にあると言えます。休戦協定により、朝鮮半島に事実上の新たな国境である軍事境界線が生まれ、戦闘が停止され、捕虜の本国送還が終了しました。それから半世紀以上が経過しています。世代の交代も進みました。社会変革の展望の中で「朝鮮統一」と言うテーマが労働者や闘う市民にとって前向きな意義を持つのでしょうか?そうではないと思います。大変困難であることは間違いないのですが、歴史的課題は「終戦協定」であり二国家間の平和条約締結だろうと考えます。

■世界の先進国となった韓国

 冒頭に触れたように、金正恩の過激な文句を取り除けば、両国が自立した国家として(つまり統一など戦争を惹起する要因を排除して)新たに歩みだすことができるということです。このことは最終的には両国民が決めることですが、少なくとも北朝鮮の態度は決して挑発を意図したものではなく長期にわたる朝鮮半島の安定を意図した可能性があります。韓国の場合で見れば、世界の先進国へと昇りつめ大資本が次々と叢生し労働者階級は大きく成長し市民運動も発展しています。むしろこの「統一の大義」を捨てることが半島の安定に資するのであれば、韓国ばかりではなく後に述べるように北朝鮮においても経済発展と大衆の階級的覚醒こそが主題となる条件を生み出す可能性があるでしょう。
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 「二つの朝鮮」論の背景には、国際的対立の谷間にあって北朝鮮が中国や特にロシアとの関係を深めていることと関係しているでしょう。また先日、北の政府高官が苦言を呈しながらも韓国を「大韓民国」とよび、しばらくして「日朝対話」の秋波を送っていることにも注目すべきでしょう。ところが金正恩発言に対する韓国政府の対応は、「ハンギョレ新聞」で紹介された専門家たちの意見のような深い理解に欠け、金正恩の過激な表現を逆手に取り敵愾心を韓国民に煽るというのは残念なことです。「金正恩委員長の脅しは、我々を刺激しないでほしい経済建設に専心したいという意味でしかない」(ハンギョレ新聞)、つまり南北統一の呪縛から解放され独自の国家建設を進めたい、というのが北の支配層の本音のようです。

■北朝鮮でも進む経済開発

 北朝鮮では生活苦が依然として深刻であることは確かなようですが、経済が意外に上向きであることが指摘されてもいます。

 2023年の経済実績を称えた「金正恩党総書記は報告で《穀物は103%、電力、石炭、窒素肥料は100%、圧延鋼材は102%、非鉄金属は131%、丸木は109%、セメント、一般織物は101%、水産物は105%、鉄道貨物輸送量は106%であり、住宅は建設中の世帯数が109%として人民経済発展の12の目標が全部達成された》と述べ、2023年に設定した《12の重要高地》、すなわち経済の主要12部門で2023年に設定した目標をすべて超過達成したとした」(金正恩が「2つの朝鮮」を宣言した背景| 現代ビジネス)と報じられています。

 さらに「《電動機は220%、変圧器は208%、ベアリングは121%、電気亜鉛は140%、鉛は121%、紙は113%、塩は110%、化粧品は109%、板ガラスは100%、マグネシアクリンカーは104%に増産したのをはじめ、経済の全般ではっきりした生産成長と計画規律の樹立という進展を遂げた》と経済実績を誇った」(同上)。

■「統一」と言う大義の放棄の政治的陥穽

 たしかに、「二つの朝鮮」論の提起つまり「統一」論の放棄は韓国や米国との意味のない対立で経済を消耗させたくないという金正恩いや北朝鮮支配層の考えなのかと推測できます。だから難癖をつけながらこの問題と決別し「我々は武力統一を放棄したから、韓国も軍事圧力をかけないでほしい・・」ということでしょう。

 しかし、朝鮮半島の南北統一と金政権の「正統性」は、歴史的な観点から見ると深い関連性があります。北朝鮮は、初代最高指導者の金日成が日本統治時代の朝鮮半島で抗日武装闘争を率いたこと、さらにその後の朝鮮戦争時代に米軍主導の国連軍との戦いを率いたことを根拠に金政権の正統性を主張してきました。このような「統一」と言う国家目的を放棄した北朝鮮政府と支配層は、今後北朝鮮の民衆をどのように「指導」するのでしょうか。金正恩は全く気付いていないようですが、国民的大義の放棄は実は北の歴代金政権の正当性の放棄なのです。時間がかかるとしても民衆の新たな覚醒と階級的な団結に結びつく可能性を暗示するものです。(阿部文明)