自衛隊が中国を「仮想敵国」と規定した

 ますます危ない軍事シミュレーション
【ワーカーズ三月一日号】



 一部に報道されたように日本の軍隊が米軍と合同で中国を「仮想敵国」として戦略戦術を練っていることに中国政府は怒りをあらわにしています。「自衛隊が中国を《仮想敵国視》との報道に中国大使館が厳正な立場を表明」(中国網)と。自衛隊は「当該報道は事実ではない」と否定しましたが、中国を《仮想敵国》とみなした訓練は「東京新聞」も独自報道(2月4日)していますので事実でしょう。

 今回の問題の軍事演習はコンピューターを使用するシミュレーションで、シナリオの柱は台湾有事における日米同盟軍の戦争研究です。防衛省は特定秘密保護法に基づき、戦略シナリオを「特定秘密に指定」したようで一切公表されていません。とはいえこの演習が「中国を仮想敵国」と明示し、作戦を日・米軍でテストし練り上げようというものですから、日中間の関係悪化に拍車をかけるのは間違いないと思われます。

■「仮想敵国」とは何か

 「仮想敵国」とは、ある国が国防政策や作戦計画を立案する際に、軍事的な衝突が発生すると想定される国を指します。なるほど、その国が現時点で深刻な対立関係にあることを必ずしも意味しません。

 軍隊が仮想敵国を設定する理由については、19世紀後半に活躍したアメリカの軍事著述家アルフレッド・セイヤー・マハンが説明しています。

 「マハンは、軍備の整備に何年もの歳月を費やさなければならないため、長期にわたる計画が必要であり、そのために仮想敵国が設定されると説明しています(『マハン海上権力論集』)。5年後、10年後に自国を取り巻く国際関係がどのような変化を遂げているのかを予測することは難しいことです。しかし、軍備の整備に長い時間を要するため、将来的なリスクを考慮して仮想敵国を設定し、その国が持つ軍備を一つの手がかりとして使います」( 仮想敵国とは何か? なぜ軍隊は仮想敵国を設定するのか?|武内和人|戦争から人と社会を考える note.com)。米国人のマハンにとって当時の仮想敵国は英国でした。
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 確かに、仮想敵国の設定は一般的には上記のようなものだろうと考えてよいでしょう。しかしながら現実の日本国内の政治の動きや、米・中のデカップリングを見れば「コンピューター訓練」「長期の備え」と言う楽観論で通り過ぎるべきではないでしょう。すでに自民党の一部は中国を仮想敵国と公言してきました。去年の日本の防衛白書では、中国について「国際社会の深刻な懸念事項でこれまでにない最大の戦略的挑戦」と最大限の危機感を表明してきました。このように「仮想敵国」問題は自衛隊にとっては中国に対する戦争準備に直結した動き以外の何物でもありません。

■中国に対する日・米政府の姿勢の違い

 米国は、曖昧外交戦略で中国との関係を硬軟・虚実を織り交ぜながら維持してきました。また、米国政府は歴代どの政権においても中国との直接戦争の可能性を排除しているのは間違いありません。米国はウクライナ戦争でロシアとの直接対決を避けることを最優先しており、そのため軍事支援にますます消極的になり尻すぼみとなり、今年は事実上ウクライナ支援を放棄することになりそうです。当然ロシアとの直接対決を避けつつ、兵器支援などで米国軍産複合体の利益確保を目指しているのは明らかです。そして、ウクライナが敗北しようが彼らの目的は半ば実現されたのです。
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 同様に、「中国の台湾侵攻」「台湾危機」論は、中国政府をけん制すると同時に米国からすれば米国軍産複合体の利益確保を目指しているのは明らかです。とにかく米国軍産複合体は「ディープステイト」と言われるまでに米国政権に食い込み、巨額献金で議員や政権を抱き込んでいます。彼らの意を受けたバイデン政権は、一昨年の安保三文書において岸田政権による軍事費倍増の閣議決定をエスコートし、米軍高額兵器の爆買いを確実にしたのです。その時点で米国政府は方向転換し「台湾危機」のトーンを下げブリンケン国務長官が急きょ中国に飛んで「台湾独立を支持しない」と中国を懐柔しています。

 しかし、話はそこで終わるものではありません。と言うのは、米国の態度の軟化にもかかわらず日本政府と軍部は、中国に対して敵対姿勢を少しも緩めず、「台湾有事論・中国脅威論」を維持しその姿勢は尖閣をはじめとする「島嶼戦争」として意識され準備されています。

■日本の戦争準備はこれから本格化

 前述したように一昨年に日本は数年間で軍事費倍増政策が財源問題に先行して急いで閣議決定されています。さらに、沖縄本島含む南西諸島において自衛隊基地の建設・増強が住民の反対を押して強行されています。そこにおいても日米軍事同盟に基づく軍事訓練が日々実施されています。宮古島では自衛隊基地所属部隊が宮古神社参拝を規則やぶりで敢行し、戦うための精神的準備も始めています。
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 こうした中国との戦争想定に関わる部隊の配置や軍備の蓄えや基地建設を改めて検証するのが今回の特定秘密に指定された「仮想敵国中国との戦争シミュレーション」と考えざるを得ません。冒頭に述べたようにこの「作戦」は機密保護されています。ゆえに想像するしかありませんが、「中国の台湾侵攻」に関して「存立危機事態」の発動が問題とされます。

 これは日本が集団的自衛権を行使する際の要件の一つで、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」云々と法的に決められています。安倍晋三・麻生太郎らが「台湾有事は日本の有事」と言うとき、まさにかつて「読売新聞」が解説したようにこの「存立危機事態」の発動が念頭にあります。
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 中国との直接対立を避けたい米軍は日本軍に対して後方支援、情報提供、武器支援などを分担するでしょう。日本軍つまり自衛隊が前面に立って戦う可能性が日々高まっています。

 「キーン・エッジと呼ばれる今回の演習の結果を原案に反映させ、今年末までに正式版を策定する予定。2025年ごろに部隊を実際に動かす演習(キーン・ソード)を実施し、作戦計画の有効性を検証する流れだ」(東京新聞)。
 このような軍事演習にそもそも反対ですが、演習が実施されれば日米軍部の戦略の一部が明らかにになるでしょう。(阿部文明)