読書室 中北 浩爾氏著『日本共産党「革命」を夢見た100年』中公新書2022年5月刊
【ワーカーズ八月一日号より転載】

 

 

○本書は、日本共産党が宮顕党となる必然性、そして今まさに衰退しつつあるのか、その謎を解明している。それが本書の問題意識である。たいへん優れた共産党史ではないか○

 この7月15日、日本共産党は党創立100周年を迎えた。これに先立って出版されたのが、本書である。新書版としては分厚い440頁、関連年表や党組織図等が付いている。

 著者の中北氏は、序章「国際比較のなかの日本共産党」で、東欧革命・ソ連崩壊により世界各国の共産党が路線転換する中、日本共産党の柔軟性と教条性に着目し、ユーロ・コミュニズムとして各国共産党が自立と多様化に向かう中で宮本路線の独自性を強調する。現在の共産党は、宮本以降不破・志位氏と顔は代われども依然として宮顕党なのである。

 本書は6章構成で、序章に続く第1章では非合法下の戦前、主に結党から壊滅までの経緯を、第2章では敗戦後の再建から武装闘争を経て、方針転換を果たすまで、第3章では民族民主革命に基づく平和革命路線と自主独立路線党を内容とする宮本路線の形成と展開を、第4章では東欧革命とソ連崩壊による停滞と孤立に陥った中で宮本路線の大枠を堅持しつつ、部分的な修正を積み重ねてきたことを確認し、終章では追求中の野党共闘の実態と党組織の現状を分析し、いよいよ宮本路線の転換が必要だとして選択肢を紹介する。

 つまり本書の肝は、第3章以降の部分、特に終章である。ぜひ精読をお願いしたい。

 ここで中北氏の問題意識から欠落した部分を指摘しておこう。それは中北氏も認めるように戦前の党は、拷問とスパイを駆使した特高警察と転向により壊滅したことに関連する。

 これに関連しては、『占領神話の崩壊』(中央公論新社)の第四章「共産党殺しの特高警察―GHQへの再就職」で約二百頁にわたって詳説されているので、ここでは省略する。

 最大の問題は、本書でも前掲本でも紹介されていない事実にある。それは、戦前・戦後を通じて最大のスパイは野坂参三であったとの事実認定がなされていないことである。

 野坂参三は、1892年3月30日に出生した。戦前の弾圧期には国外脱出し、コミンテルン(共産主義インターナショナル)日本代表に、戦後凱旋将軍のように帰国すると日本共産党第一書記、議長、名誉議長等を歴任、この間衆議院議員3期、参議院議員4期勤めた。ソ連崩壊時に、大粛清時代に山本懸蔵らをソ連当局に讒言・死刑に追いやったことが発覚し、除名された。中北氏はこの事実に対して和田春樹氏の『歴史としての野坂参三』に依拠し、この除名は事実誤認の上での酷薄な処分だとし、野坂を擁護する立場を取る。

 無知とは恐ろしいものである。野坂は山口県萩市の小野家に生まれたが、9歳で母の実家の野坂家の養子となり、野坂姓となった。問題は、参三の妻・龍氏の義兄(姉婿)が内務官僚・次田大三郎であることだ。次田大三郎は、1916年に後藤新平内務大臣の秘書官に起用され、その後も後藤系の有力官僚として戦前・戦後に活躍しているのである。

 この後藤新平については、台湾総督、初代満鉄総裁、逓信大臣、内務大臣、外務大臣、東京市第7代市長、東京放送局(後のNHK)初代総裁、拓殖大学第3代学長を歴任等の大活躍から、山ほどの後藤礼賛本が出版されているが、注目すべきものは駄場祐司氏著『後藤新平をめぐる権力構造の研究』(南窓社)であることは異論がないところである。この本には、後藤新平の活躍の政治的背景と複雑な人格がよく提示できているからである。

 この本の「序論2 先行研究の検討(15)」に「左翼陣営との関係」、「第三章 後藤新平の左翼人脈」に「1 佐野学 2 佐野硯 3 平野義太郎 4 大杉栄」とある。

 勿論、日本共産党の大幹部佐野学のことである。前掲本には「佐野学は、後藤新平が名古屋時代、芸者に生ませた隠し子を養女として後藤家の籍に入れた静子の夫である医師佐野彪太の弟である。後藤新平と佐野学の関係については怪文書ばかりでなく、議会でも政友会の小川平吉が『佐野学の逃亡事件を後藤子爵が援助した』と後藤内相を攻撃していた」(前掲書二0八~九頁)とある。中北本でも、一旦は逮捕された野坂が眼疾のため早期釈放されイギリスに逃亡した、また佐野学が大弾圧から逃亡した後に逮捕されたとは書くが、何故可能になったのかは書かれていない。この二人は、後藤新平の遠縁に当たるのである。

 ここでまた天下の奇書を紹介しておこう。それは、佐藤正氏著『日本共産主義運動の歴史的教訓としての野坂参三と宮本顕治―真実は隠しとおせない』(新生出版)である。

 この佐藤氏は、所感派の流れを汲む活動家で三十年代からスパイの野坂が指名したのだから宮顕もスパイだの論理を展開するが、逐一検証するには膨大な時間が必要である。

 内務省が共産党に関わった理由は、国体を否定しないように活動をコントロールする狙いがあったのではないかと推測されている。確かに現在、日本共産党は天皇制を容認し、自衛隊の緊急活用を認めるまでとなり、あたかも「国体」を容認しているかのようである。

つまり日本共産党は勿論のこと、中北氏にも日本共産党と後藤新平と内務省・特高警察との真実の関係は一体どのようなものであったのかを追及していく義務があると考える。

野坂を除名しはしたが、都合の悪いことには一切無言でほっかむりを続ける共産党には期待は出来ないが、真実を追い求める意思のある中北氏の今後の研鑽には是非とも期待したいものである。 (直木)