2022年は「インフレ下の低賃金」、苦しくなる生活

〜現実味帯びるスタグフレーション

 - 木代泰之|論座 - 朝日新聞社の言論サイト (asahi.com)

 

外食チェーンの値上げが相次いでいる。牛丼の吉野家や松屋は並盛りで40~60円、うどんや串カツチェーンも10~20円値上げした。低価格チェーン同士のギリギリの安値競争に限界がきている。

 輸入小麦の政府売り渡し価格が10月から19%値上げされた。パン、パスタ、ケーキ、醤油など、身近な食品価格が上がり、他に冷凍食品やマーガリンも。同じ価格でも中身を減らして実質値上げした商品は多い。

原油価格は1年半で4倍に急上昇

 この値上げラッシュの背景には、気候変動に伴う農産品の生産減少のほか、サプライチェーンの混乱、原油や天然ガス価格の上昇、円安による輸入価格上昇などがある。

 とくに原油価格は、昨年4月に1バレル=10ドル台だったが、その後1年半で4倍の約80ドルまで高騰した。原油高は、ガソリンや化学製品の価格を高くし、工場のエネルギーコストを上げ、輸送費にもはね返るので、あらゆる産業に影響が及ぶ。

 

原油高の原因は、「脱炭素」で化石燃料への投資が急速に減り、供給不足が生じたことだ。再生可能エネルギーはまだ化石燃料を代替する水準に達していない。原油は直近では70ドル台に下がったが、油断できない。

間近に聞こえてきたインフレの足音

 レストラン「ロイヤルホスト」を全国展開するロイヤルホールディングスは、「2021年12月期決算は50億円の赤字になる見通し」と発表した。2年続きの経営危機を乗り切るため、商社の双日や銀行から238億円の資本支援を受けて急場をしのいだ。

 しかし、同社は「本当の危機はこれから来る」と言い、不景気なのに物価上昇(インフレ)が続くスタグフレーションの到来を警戒している。

 好景気で需要が増えて物価が上がるなら経済は健全だが、不景気と物価上昇が同時に起きるスタグフレーションは、一度はまると脱出が難しい。同社は「今から余力をつけておくよう努めている」気を引き締める。

 実際、日銀が発表した11月の企業物価指数は前年より9%上昇。輸入物価指数(円ベース)は44%も上昇した。日本のインフレの足音が近づいている。

金融緩和を縮小する米国は22年春から利上げに入る

 インフレの引き金を引くのは、米国の金融緩和政策の転換である。これまでFRB(米連邦準備理事会)は、コロナ対策として月額1200億ドルを市場に供給してきた。

 しかし、この数か月は物価が予想以上に上昇し、人手不足が原因で人件費も高騰。そこでFRBはインフレ予防のために、12月から金融緩和の縮小(毎月300億ドルずつ削減)を実施している。

 22年3月にこれが終了すると、FRBは次に金利を0.25%ずつ年3回、24年までに計8回引き上げる計画だ。「危機モード」にあった米経済を、金利2%程度の「正常モード」に戻す。英国など30数か国もすでに金利を上げた。

 

ゼロ金利の日本からマネーが米国に流れて円安が進む

 この動きが円安の呼び水になる。日銀の金融緩和で市場に溢れる資金が、ゼロ金利の日本から高金利の米国に流れる。これが円売りドル買いとなって円安が進む。

 バンク・オブ・アメリカは、オミクロン株という不確定要素はあるが、「円相場は22年4~6月に1ドル=118円に上昇(現在は114円)、その後は120円超を含む円安水準で安定する」という基本シナリオを描いている。

 一方、日銀は12月17日、金融緩和(ゼロ金利)をこれからも継続する方針を確認した。黒田総裁は「欧米の金融引き締めで必ず円安になるとは限らない」と楽観的な見通しを語った。

 「独り我が道を行く」イメージだが、それでいいのだろうか。日本の投資家は以前から、潜在成長率が低くてゼロ金利の日本より、企業の成長性や収益性が高い米国に資金を投じてきた。日米金利差がその動きを加速する。

 すると円安で輸入物価上昇が進み、コロナによる景気後退が回復しないまま、スタグフレーションに陥る懸念が生じる。外食チェーンが警戒するのはこの点なのだ。

欧州や韓国に抜かれ、だんだん貧しくなる日本

 気になるのは、日本国民にこれから来る物価上昇を吸収する体力があるかどうかである。

 

主なOECD加盟国の平均年収(単位:ドル)拡大主なOECD加盟国の平均年収(単位:ドル)

 

 上のグラフは、OECD(経済協力開発機構)に加盟する主な国々の平均年収の推移を示している。日本(青線)は1990年から約38000ドルでほぼ横ばいだ。2000年には英国とフランスに抜かれ、2004年にはスウェーデンに、2015年には韓国にも抜かれた。

 だんだん貧しい国になる日本で、賃上げの期待は春闘にかかっている。下のグラフは過去の春闘で獲得した賃上げ率の推移である。

 

主要企業の春闘賃上げ率(単位:%)拡大主要企業の春闘賃上げ率(単位:%)

 

 日本経済が右肩上がりだった1970~80年代は賃上げ率4~9%を実現したが、バブルが崩壊した90年代以降は2%程度の低水準に留まっている。

「賃上げよりも雇用維持」を選択した企業労使

 「失われた30年」の間、大企業の労使は「賃上げよりも雇用維持」を選択した。さらに賃金の低い非正規労働者を大量に入れたことが、組合への圧力になった。

 全国組織の連合も、本質は企業別組合の集まりである。交渉では企業の個別事情が優先され、春闘という戦後日本の仕組みは形骸化している。

 この状況は22年春闘でも変わらないだろう。岸田政権は3%引き上げを呼びかけ、税制も変えたが、企業は賃上げより株主還元(配当金、自社株買い)や内部留保の積み上げを重視している。おそらく21年実績(1.86%)を少し超えるあたりが攻防ラインになるのではないか。

 こうして2022年、日本は従来の「低物価・低賃金」から「インフレ下の低賃金」の局面に移ると、筆者は予想する。当然、今より生活は苦しくなる。

 

ゼロ金利のお陰で好きなだけ国債を発行できる

 最後に、政府・日銀がゼロ金利に固執する「裏事情」にも触れておこう。

 政府の21年度の国債発行残高は約1000兆円で、その利払い費は9兆円である。一方、発行残高が160兆円だった1990年度の利払い費は11兆円。今は発行残高が6倍以上あるのに利払い費が2兆円も少ないのは、最近の金利が低いからである。

 言い方を変えれば、日銀がゼロ金利を維持してくれるお陰で、政府与党は国債を好きに発行し、歳出を増やすことができる。ゼロ金利は、与党が「バラマキ」を行って選挙で勝つために欠かせない手段なのである。

国債金利が1%上がると利払い費は10兆円増える

 しかし、世界の金利が上がれば、日本だけがゼロ金利でいることはできない。もし、物価上昇を抑えるために金利を上げたら何が起きるだろうか。

 政府の国債金利は新規の発行分から順々に上がり、歳出の利払い費が膨張していく。財務省の試算では、国債金利が1%上がると、約10年後の利払い費は10兆円も増える。

 その追加費用を賄うには、よほど高成長で税収が増えないかぎり、更なる国債増発が必要になる。するとまた利払い費が増え、最後は発散して財政破綻する。だから日銀はゼロ金利に固執する。

 アベノミクスが続けてきたゼロ金利、国債増発、円安による景気刺激。その手法は米国の方針転換によって転機を迎える。