【Bunnmei  ブログ】

 

▲10式戦車

 

2026年4月21日、大分県の陸上自衛隊日出生台演習場で、最新鋭の10式戦車が実弾射撃訓練中に砲塔内で120ミリ砲弾が破裂(腔発)し、乗員3名が死亡、1名が重傷を負いました。陸上幕僚長が「私の経験の範囲では記憶にない」と述べたように、現代の訓練でこれほど深刻な腔発事故が起きたことは極めて異例です。

 

この事故を理解するには、いくつかの技術的背景を整理する必要があります。「腔発」とは砲弾が砲身内で発射前に爆発する現象で、密閉された砲塔空間において乗員に壊滅的な被害をもたらします。10式戦車は弾頭と発射薬(装薬)を別々に装填する分離装薬式を採用しており、自動装填装置が人の手に代わって装填を行います。この自動化は利便性を高める一方、装填前に砲身内の異物や弾薬の異常を目視確認する機会を構造的に排除しており、異常を検知できないリスクを内包しています。(自衛隊は「調査中」を盾に踏み込んだ情報を出していません。)

 

砲塔設計の観点からも重要な論点が指摘されます。西側の主力戦車であるM1エイブラムスやレオパルト2は、砲塔後部のバスル(突起部)に弾薬庫を配置し、乗員区画との間に隔壁と「ブローオフパネル」を設けています。このパネルは弾薬が誘爆した際に爆発力を車外上方へ逃がす安全機構で、イラク戦争では実戦で機能したことが公式報告書で確認・公開されています。10式戦車にも同様の機構が存在するかどうかその仕様や作動試験の結果は一切公開されていません。

 

確かに、今回の事故は弾薬庫ではなく主砲内での爆発であったため、仮にブローオフパネルが存在していたとしても機能できない事故形態でした。しかし、なぜ公開しないのかという問い自体は依然として残ります。レオパルト2が設計を公開することで安全保障上の深刻な問題が生じていない以上、「機密保持」を理由とする非公開は、乗員保護より企業利益や説明責任の回避を優先する政府の安全軽視を示しています。

 

調達面でも看過できない問題があります。10式戦車は2025年度予算で12両・229億円、2026年度概算要求でも8両・160億円が計上されており、防衛費増強の恩恵を直接受けてきました。しかし調達規模の拡大に安全検証体制が追いついているかは、今回の事故を機に正面から問われるべき課題です。

 

陸上自衛隊はここ数年、2023年の宮古島ヘリ墜落(10名死亡)、2024年の北富士演習場手榴弾事故、そして今回の戦車腔発と重大事故が相次いでいます。安全システムが存在すると説明されながらも機能しなかったか、安全が確保しえない「空間」に隊員がいたのか、いずれにしてもその検証と契約の見直しを求めることは当然でしょう。結局、兵器は戦果を挙げるために「安全装備は削って当然」と言う観点で選定されているとすればまさに問題です。2023年の宮古島ヘリ墜落10人(師団長を含む)と言う大事故でも、政府調査発表はあいまいです。根底にある、安全文化への意識の低さは指摘せざるを得ないのです。自衛隊には旧陸軍のような兵隊に対する人権無視を感じるのは私だけでしようか。

 

問題の本質は個別兵器の技術論だけにとどまりません。1両約19億円という国民の税金で賄われた10式戦車の安全設計が、製造企業と防衛省の間だけで完結し、国会審議にも専門家の独立検証にも開かれていない現状は、民主主義的な監視の観点から根本的な欠陥を抱えています。そもそも武器の製造など外交力で軽減されるべものですが(高市内閣はその「外交」で国際緊張を高め挑発すらしています)、そのことはここでは置くとしても今回の事故を、単なる技術論的な原因究明で終わらせるのではなく、防衛調達における透明性の確保と安全文化へのシフトが問われています。(了)

 

 

【日出生台 戦車爆発】10式戦車の砲弾はなぜ砲塔内で破裂したのか

|事故原因4つを徹底分析 | 軍研ノート | 軍事教養メディア

2026年4月21日午前8時40分ごろ、大分県の陸上自衛隊・日出生台演習場で、西部方面戦車隊の10式戦車が射撃訓練中に砲塔内で砲弾が破裂し、搭乗していた4名のうち3名が死亡、1名が重傷を負う重大事故が発生した。本記事では、ニュースで「暴発」と報じられているこの現象を、専門用語である「腔発(こうはつ)」として正確に位置づけ、過去の自衛隊戦車事故と照合しながら、現時点で考えられる原因を4つの観点から分析する。

殉職された3名の隊員に、まず深く哀悼の意を表する。

なぜ最新鋭の10式戦車で起きたのか

「最新鋭の10式戦車でなぜ」という疑問は、多くの読者が抱くところだろう。1両あたり約19億円――2025年度予算では12両を229億円で調達する計算になる――の最新鋭MBTで、なぜこのような事故が起きるのか。

答えは身も蓋もないが、「最新鋭でも腔発は起こり得る」というのが歴史の教えである。むしろ、自動装填装置を備えた高度に複雑なシステムであるがゆえに、ヒューマン・マシン両面でのリスク要因は増えているとも言える。

事故の影響は、単に陸上自衛隊の射撃訓練が当面停止されるという運用面に留まらない。10式戦車を製造している三菱重工業は防衛事業の主力企業であり、この事故が同社株価および防衛関連銘柄全体に与える短期的影響にも注目が集まる。

 

阿部 治正

 

昨日は、朝早くから流山市を出て、午前中に茨城県庁に到着。午後から、神奈川や東京、東海村、地元茨城の皆さんと一緒に「東海第二原発いらない首都圏ネットワーク」として、東海第二原子力発電所の再稼働をめぐる問題について、茨城県当局との話し合いの場を持ちました。すでに回数を重ねてきていますが、改めての話し合いです。

 

ご存じの通り、東海第二原発は、水戸地裁での住民避難計画の見通しが立たない再稼働はダメだという判決(現在は控訴審で争われています)。鋼製防護壁防潮堤の欠陥工事問題。放射性物質拡散シミュレーションにおける、避難の必要は最大17万人にとどまるという過小評価問題。東海再処理工場に溜め置かれている高レベル放射性廃液問題。そして最近度々発生している中央制御室での火災の問題(修理したはずの同じ装置が時を置かずまた火災を起こすなど)等々、再稼働などもってのほかという様々な深刻な問題を抱えたままです。

 

私たちは、これらの問題について17点にわたる質問を行い、茨城県当局の回答を頂き、それについてまた疑問を投げかける形で話し合いを行いました。当局の回答はいずれも、それでは再稼働無理でしょうと言わざるを得ない内容でしたが、今後も粘り強く市民・県民の声をぶつけ続け、東海第二原発の再稼働を挫折させるべく取り組んでいきたいと考えています。

 

AI革命は停滞の新たな時代を招きかねない

The AI Revolution Could Usher In a New Age of Stagnation

Jacobin
文:
ニコラス・ビュレ
各国政府やテクノロジー界の巨頭たちは、人工知能に数千億ドルもの巨額を投じてきた。もしこの技術が期待通りの成果を上げれば、私たちは世界経済の仕組みを根本から見直さなければならないだろう。

 

求職者たちはミッドタウン・マンハッタンのキャリアフェアの外に列を作っています。(クレイグ・ワルガ / ブルームバーグ、ゲッティイメージズ経由)

 

 

【記事の要約】

この記事は、AIが経済成長を加速させるどころか、むしろ停滞(スタグネーション)を深める可能性を論じている。一般にはAIは生産性向上・新市場創出をもたらすと期待されているが、著者はそれが逆説的に経済の歪みを強化すると指摘する。

 

中心的な論点は三つある。第一に、サービス経済の構造である。AIはコールセンターや会計など「分解可能な業務」を自動化し、高生産性部門を生み出す一方で、人間依存のサービスは低生産性のまま残る。その結果、労働市場は少数の高賃金労働者と多数の低賃金労働者へと二極化する。

 

第二に、これは経済学でいう「ボーモルのコスト病」の再編成である。本来、製造業の生産性向上がサービスの相対的コスト上昇を招いてきたが、AIはこの分断をサービス内部に持ち込み、成長率を押し下げる。結果として、医療や教育などの基礎サービスはさらに高コスト化し、経済全体の成長は鈍化する。

第三に、企業間競争による過剰投資と過剰供給である。AI導入競争は企業の退出ではなく「居残り」を促し、サービス分野に過剰能力を生む。これは1970年代の製造業危機と同様に利潤率を圧迫し、停滞を長期化させる構造を持つ。

 

さらに、AIによる生産性向上は雇用削減を伴い、ホワイトカラーの良質な仕事を消失させる可能性が高い。その結果、労働者はより低賃金・不安定な職へと移動し、格差が拡大する。

総じて本稿は、AIを単なる技術革新ではなく、既存の資本主義的矛盾(低成長・格差・レント化)を強化する装置として捉え、未来は「豊かさの拡大」ではなく分断と停滞の深化に向かう可能性を警告している。

二転三転するトランプ大統領、終戦交渉も脅し

…「基本的な事実さえ信頼できない」

 : 日本•国際 : ハンギョレ新聞

 

 

「終戦交渉をさらに困難にしている」

ドナルド・トランプ米大統領が18日、ワシントンのホワイトハウスの執務室で、メンタルヘルス治療について発言している/ロイター・聯合ニュース

 

 ドナルド・トランプ米大統領の米・イスラエル対イラン戦争をめぐる「二転三転」するメッセージに対し、米メディアは「基本的な事実に関する発言さえ信頼できない」と疑念を示している。トランプ大統領の「場当たり的な」ソーシャルメディアでの発言が、終戦交渉をさらに困難にしているとの指摘もある。

 

 先週までは、米国とイラン双方はホルムズ海峡の開放を発表し、終戦合意に近づいているように見えた。ところが、楽観的な見通しが示されていた17日(現地時間)、トランプ大統領は「勝利」を誇示する投稿を行い、メディアのインタビューに応じた。トランプ大統領はトゥルース・ソーシャルへの投稿で、「米国は(イランの)『核の塵(nuclear dust)』(濃縮ウランを指すトランプ流の用語)を引き渡されるようになり、(それに対する)金銭的な代償は発生しないだろう」と記した。また、ブルームバーグ通信のインタビューでは、イランが核計画の「無期限」停止に同意したと主張した。さらに、CBSのインタビューでは、イラン側が「すべてに同意した」とし、濃縮ウランを廃棄すると述べており、アクシオスのインタビューでは「おそらく週末に会談が開かれる」とし、「今後1、2日以内に合意が成立するだろう」と語った。

 

 イラン当局者は即座にこれを否定した。水面下の交渉がまだ進められているにもかかわらず、トランプ大統領が一方的に「勝利」を宣言したことで、イラン国内では「米国に屈服する姿を見せてはならない」という強硬な世論が高まっている。CNNはホワイトハウス関係者の話として、「イラン側は、トランプ大統領がソーシャルメディアを通じて、イランがまだ同意していない事項や自国民からの支持を得られていない事項を既成事実化したことに不快感を示した」と報じた。第2回停戦交渉は結局、先行きが不透明な状況に陥った。ドーハ大学院のモハマド・エルマスリ教授(メディア学)は、「(イランが17日に)ホルムズ海峡の開放を宣言した時が、緊張緩和と関係改善のための重大なチャンスだったのに、トランプ大統領は勝利を宣言するチャンスとして利用し、イランの降伏を引き出したことを米国民に見せつけようとした」とし、「本当に大誤算だった。今や、イランが2回目の会談のためにパキスタンに現れるかどうか、まだ100%確信できない。おそらく合意には至るだろうが、交渉はさらに困難になるだろう」と指摘した。

 

 21日現在、交渉再開の方向で進んでいるように見えるが、その間、トランプ大統領が交渉の楽観論からイランのインフラへの爆撃の脅しに至るまで二転三転するメッセージを連発し、大衆の疲労感も高まっている。さらには、誰が交渉に臨むのかといった基本的な事実関係さえ、大統領と行政当局内の官僚たちの発言が食い違っている状況だ。

 

 19日、トランプ大統領はABCやMSNOWの記者との個別の電話インタビューで、J・D・バンス副大統領が安全上の理由で交渉に参加しないと述べたが、同日、テレビ番組に出演したマイク・ウォルツ国連大使とクリス・ライト・エネルギー省長官は、バンス副大統領が会談を主導すると語った。20日にはトランプ大統領が「バンス副大統領がパキスタンに向かっている」とニューヨーク・ポスト紙に明かしたが、その直後、バンス副大統領の随行車両がホワイトハウスに入る姿が目撃された。ホワイトハウスの実務担当者たちは慌てて、バンス副大統領はまだワシントンにいて、21日に出発予定だと訂正した。

 

 トランプ大統領自身が明らかにした交渉日程も二転三転した。米FOXビジネスのアンカー、マリア・バティロモ氏は20日午前、ソーシャルメディアへの投稿で、「トランプ大統領が『今夜合意が成立する』と述べた」と書き込んだが、トランプ大統領は同日、ブルームバーグ通信のインタビューでは「21日から交渉だ」と語った。ワシントン・ポスト紙は「トランプ大統領の主張が混乱を招き、側近たちが収拾する様相が繰り返されている」と指摘した。CNNは「忙しくてミスをしたというには、イラン戦争に関連する基本的な問題さえも正しく把握できていない大統領の姿は、この1週間でエスカレートしている」と批判した。

 

 トランプ大統領は、自身の発言にさえ自ら反論している。トランプ大統領は一週間前には「中間選挙(11月)の頃にはガソリンとガスの価格が横ばいになるか、上がるかもしれない」と述べたが、20日の「ザ・ヒル」紙とのインタビューでは、トランプ政権のエネルギー省のライト長官が「当面、ガソリン価格が3ドルまで下がるのは難しい」と述べたことに対し、「完全に間違っている」と反論したうえで、 「この事態が終わるやいなや」ガソリン価格は下がると述べた。トランプ大統領はこの日、トゥルース・ソーシャルへの投稿で、「ミッドナイト・ハンマー作戦(昨年6月の空爆)の際、イランの核廃棄物埋立地を完全に破壊した」とし、昨年6月にイランの核施設を完全破壊したという主張を繰り返したが、2月28日にイランを空爆したのは、イランが核兵器を製造する直前の段階だったためやむを得なかった、という矛盾した主張を展開している。

 

 トランプ大統領の二転三転する発言は、交渉の見通しが不透明な状況下で、交渉の有利な立場を確保しようとする戦略だという分析がある。ホワイトハウスのキャロライン・レビット報道官は20日、FOXニュースとのインタビューで、「トランプ大統領が長期的な戦略を展開していることを理解できない人は、愚かか、あるいは故意に無知である(ふりをしている)」と述べた。しかし、こうした発言を次々と繰り出すのは、時間に追われるトランプ大統領の焦りの表れという見方もある。これに対しトランプ大統領は「すべてが比較的速く進むだろうが、私は全くプレッシャーを感じていない」とし、「フェイクニュースだ」と反論した。ホワイトハウスのアナ・ケリー報道官はワシントン・ポスト紙に対し、「血に飢えたメディア」がトランプ大統領の「回答に不満を並べている」と語った。

チョン・ユギョン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/international/america/1255233.html韓国語原文入力: 2026-04-21 23:30
訳H.J

【Bunnmei  ブログ】

 

 

今回の高市早苗首相による靖国神社への真榊奉納は、単なる外交摩擦の話では済みません。それは現代日本の政治権力が「大日本帝国」の精神的遺産とどう向き合っているかを、そしてそれを日本の軍事大国化へとどのように結びつけようとしているのかを世界に向けて可視化した出来事です。

 

中国外務省は「断固反対し、厳しく非難する」と述べ、強く抗議しました。 Livedoor 韓国政府も「深い失望と遺憾」を表明しています。しかしこの怒りは中韓に止まらないでしょう。日本軍による占領と虐殺の記憶を持つフィリピン、インドネシア、マレーシアなど東南アジア諸国も、日本の指導者が靖国に関与し続けることに対して、沈黙の中に深い不信を抱いています。靖国問題は、東アジア・東南アジア全域にまたがる歴史的傷跡なのです。

 

靖国神社の本質を改めて確認する必要があります。この神社は1869年、明治政府が「国家のために死んだ者を神として祀る」という軍事的・国家主義的目的のもとに創建されました。「死んだら靖国で会おう」という言葉が兵士たちに植えつけられ、天皇のために死ぬことを美化・奨励する装置として機能しました。そして決定的なのは、1978年にA級戦犯14名——東条英機をはじめとする侵略戦争の主導者たち——が密かに合祀されたことです(のちに公開)。現在も自衛隊関係者の系譜を持つ人物が宮司を務め、境内の遊就館では侵略戦争を「自存自衛のための聖戦」として描く展示が続いています。これは単なる宗教施設でも慰霊施設でもなく、軍国主義イデオロギーの聖地です。

 

高市首相は「どの国であれ、国のために命をささげた方に敬意を表することは普通になされるべきだ」と述べました。 Yahoo!ニュースこの言葉は一見もっともらしく聞こえますが、本質を隠蔽しています。問題は「戦没者への敬意」それ自身です。この哀れな人々は何のために「戦没」させられたのでしようかその悲劇的歴史を念頭に置くべきです、反省は無いのでしようか。さらに問題は、侵略戦争を指導した戦犯が合祀された施設に、現職首相が公式の名前で供物を捧げるという行為の政治的意味です。ドイツの首相がナチス将校を祀る施設に花輪を贈ったとすれば、世界はどう反応するでしょうか。靖国問題の構造はそれと本質的に同じです。

 

今回、参拝は見送り、しかし供物は奉納するという「半歩戦略」を高市首相はとりました。外交リスクを最小化しながら国内保守票を繋ぎ止める私利私益のみの政治的計算です。しかしこの二面性こそが問題の核心です。国際社会に向けては「配慮している」と見せながら、国内の戦前回帰を志向する勢力へは「信念は変わらない」とシグナルを送り続ける——この欺瞞的な構造が、日本国民への不信をむしろ深めます。

 

自民党保守強硬派にとって靖国参拝は、戦前の「強い日本」「軍事大国日本」への郷愁と結びついたアイデンティティ政治です。改憲、軍拡、歴史修正主義——これらは靖国への傾倒と一体のイデオロギーとして連動しています。高市氏自身、長年その旗手として知られてきました。首相になった今、直接参拝こそ避けるものの、そのイデオロギーの核心は放棄していません。むしろ現在進行形の軍拡とスパイ防止法等々思想・情報の統制化と、排外主義の拡大に結び付いています。

 

現在、日本はトランプ政権下のアメリカとの関係再構築、中国との緊張管理、韓国との関係改善という外交環境に置かれています。その中で靖国への関与を続けることは、日本が「戦後の平和国家」として信頼される外交を展開できるかどうかを根本から損なう行為です。高市氏のように過去と誠実に向き合うことなしに、存立危機事態法で「台湾出兵」を豪語したりすべきではないのです。未来の協力関係は築けません。靖国問題は、日本の民主主義と歴史認識の成熟度を問い続ける鏡なのです。(了)

 

 

韓国政府、高市首相の靖国神社への供物奉納に「深い失望と遺憾」

 : 政治•社会 : ハンギョレ新聞

日本の高市早苗首相/ロイター・聯合ニュース

 

 日本の高市早苗首相が21日、太平洋戦争のA級戦犯らが合祀されている東京の靖国神社に供え物を奉納したことについて、韓国政府は「深い失望と遺憾の意」を表明した。

 外交部のパク・イル報道官はこの日、論評を発表し、「韓国政府は、日本の過去の侵略戦争を美化し、戦争犯罪者を合祀した靖国神社に日本の責任ある指導層が再び供え物を奉納したり参拝を繰り返したりしたことに対し、深い失望と遺憾の意を表する」と述べた。

 パク報道官は「韓国政府は、日本の責任ある指導者たちが歴史を直視し、過去に対する謙虚な省察と真摯な反省を行動で示すことを求める」とし、「これは両国間の信頼に基づいた未来志向の韓日関係を構築していくための重要な土台であることを改めて強調する」と語った。

 日本メディアは、高市首相がこの日始まった靖国神社の春季例大祭に合わせ、「内閣総理大臣 高市早苗」の名前で、「真榊(まさかき)」と呼ばれる供え物を奉納したと報じた。高市首相は23日に行われる春の例大祭期間中に参拝は行わないと伝えられているが、日本の超党派団体「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」に所属する議員らは、参拝する意向を示している。春の例大祭は、靖国神社に合祀された霊魂のために毎年4月に行われる祭事。

チャン・イェジ記者、東京/ホン・ソクジェ特派員(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/1255171.html韓国語原文入力:2026-04-21 14:19
訳H.J

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中国政府、高市早苗氏の靖国神社への供物奉納を強く非難し、厳重抗議

中国外交部の郭嘉昆報道官は4月21日の定例記者会見で、日本の高市早苗首相が「内閣総理大臣」の名義で靖国神社に供物を奉納したことについて、「断固反対し、厳しく非難する」と表明し、中国が既に日本政府に対して厳重な申し入れを行い、強く抗議したことを明らかにしました。

郭報道官は、「靖国神社は日本軍国主義が対外侵略戦争を遂行するための精神的支柱であり、事実上の『戦犯神社』である。東京裁判開始80周年に当たる今年、悪名高き靖国神社が侵略戦争の責任を負うA級戦犯を今なお祭り続けており、日本の官僚や政治家が繰り返し参拝して、供物や玉串料を奉納したりしていることに憤りを覚える。靖国神社問題における日本側のネガティブな行動の本質は自らの罪責からの逃避であり、歴史的正義に対する冒瀆(ぼうとく)であり、被侵略国に対する挑発であり、第2次世界大戦における勝利の成果への挑発である。国際社会は一致して、こうした日本の行動を非難し、断固として反対しなければならない」と指摘しました。

 茶番劇はいい加減にしろ!

──猫だましの軽減税率騒動──


 軽減税率の導入を巡る議論が続けられている。選挙公約で導入を掲げた公明党ががんばっているような構図をつくりたいのだろうが、議論そのものは肝心な部分を覆い隠す、本末転倒な茶番劇でしかない。

 私たちは、大企業や富裕層に甘く、労働者や社会的弱者に厳しい消費税や税財制全般を標的にした議論と闘いを拡げていく以外にない。

◆茶番劇

 消費税再引き上げ時での軽減税率導入は、来年の参院選も視野に入れた安倍首相の思惑もあって、再引き上げ時の17年4月導入がほぼ固まっている。いま何を対象に軽減税率を導入するのか、自公の与党内での調整が続いている。16年度税制に関する自民党税調による取りまとめ作業が12月10日頃には固まるので、それにあわせた軽減税率の規模や線引きの議論も大詰めを迎えている。

 とはいえ、軽減税率をめぐる議論の中身は、11月1日号でも触れたようにお粗末極まるものだ。現在の焦点は、軽減税率の対象を生鮮食品の他、加工食品にどれだけ拡大するのか、が焦点になっている。仮に生鮮食品に一部の加工食品を対象に加えると軽減額は約4000億円、すべての加工食品も対象とすると1兆円,外食も対象とすると1・3兆円、その間のどこに線を引くか、というのが議論の中心だという。

 ふざけるな、と言いたい。なにも軽減税率は8%据え置きでなくとも5%や非課税でも良いはずだ。それに非課税を食料品以外にどれだけ拡げるか、といった議論も隠されたままだ。消費税を導入している各国も、20%前後の基本税率でも軽減税率は10%や5%や2%、それに非課税品目もあり、幾重にも軽減されている事例もある。それを10%だ8%だと勝手に前提条件を付けて、その中でだけ線引きする様な姑息な議論に私たちが付き合わされる筋合いはない。

 安倍首相は,軽減税率の決着を,〈税と社会保障の一体改革〉の枠内で調整する、と自民党に指示したという。要は、他の支出、たとえば公共事業や軍事費などを減らさずに、あくまで社会保障支出を減らすことで軽減税率を導入する、ということだ。

 民主党政権時の〈税と社会保障の一体改革〉でも、5%から段階的に10%への引き上げで増える税収は14兆円。その内、自動的に増える給付に7・3兆円、国民年金の国庫負担分などに廻されるのが3・2兆円ほどで、これはあくまで後付け、計算上の操作に過ぎない。肝心の社会保障の充実に廻されるのは2・8兆円ほどでしかない。安倍首相の指示でいえば、今回の軽減税率導入で減る税収は、社会保障に廻す分を減らすことでつじつまを合わせる、というわけだ。これまでの議論の成り行きを考えれば、軽減税率の対象を広げればその分だけ社会保障の拡充分が削られ、軽減税率を狭めれば充実策はそのまま維持される。結局、どちらを取るのか、という噴飯ものの議論を繰り広げているわけだ。

 むろん、消費税再引き上げを前提に考えれば、私たち低所得者や年金暮らしの人にとって軽減税率は導入されるに越したことはない。が、そのなかみは右の様な代物なのだ。そんな議論は、問題の本質を覆い隠す目くらましであり、ペテンでしかない。

◆聖域確保

 そもそも消費税再引き上げを決めた〈税と社会保障の一体改革〉そのものが、私たちをペテンにかけるものでしかないのだ。

 こうとつに消費増税をぶち上げた菅首相、その後の野田内閣で合意した民自公による三党合意でも、消費増税の根拠とされたのは、財政再建と社会保障財源の確保のためだった。そこでは、増え続ける社会保障費を賄うために、公平に幅広く負担してもらうとし、同時に、消費税収は全額社会保障に廻す、というものだった。

 その時点から、私としては、〈税と社会保障の一体改革〉の狙いは、社会保障を人質にした消費増税で、公共事業や軍事費など他の支出を聖域化するものだ、と批判してきた。現に安倍政権発足時から、アベノミクスなどというキャッチフレーズのもとで〈機動的な財政支出〉という景気対策が繰り返されてきた。国土強靱化を掲げた大盤振る舞いも進められてきた。増えた消費税収のおかげで他の予算はこれまで通り以上に確保されたわけだ。円安などで企業利益が増えた結果としての税収増もあわせ、国の借金を減らすのかと思いきや、税収増はばらまかれ続けてきたのが現実だ。財政再建など、はなから頭にないのだ。

 消費税は全額社会保障に使うという約束も噴飯ものだ。社会保障給付は国家財政で30兆円以上、消費税10%でもまだ足りない。今後も増え続ける社会保障給付を考えれば、今後もその都度、消費税引き上げを続けるとでもいうのだろうか。逆進性がある大衆課税で,労働者や社会的弱者を支えるという枠組み自体が、税の再配分機能を無視した本末転倒なのだ。

 少し前、基本税率22%のスウェーデンと5%の日本で、税収全体に占める割合はほぼ同じだという推計もある。それは、スウェーデンでは、医療や教育などで幅広い非課税品目があり、また食料品や医薬品などの生活必需品が軽減税率の対象になっているからだという。消費税率は、見かけの税率だけでは判断できないのだ。日本は、すでに消費税に依存する度合いが最も高い国になった、という指摘もある。

 私たちは、いま改めて主張する必要がある。逆進性がはっきりしている消費税と社会保障をリンクさせることは大企業や官僚や富裕層を利するだけであり、いまこそ消費増税反対の声を上げる場面だろう。

◆企業責任

 消費税問題でもっとも基本的で重要な問題は、社会保障にしても再配分問題にしても、誰の責任でそれを行うのか、ということだ。民主党政権時の議論では、所得税は働く世代の負担が大きくなりすぎるとの議論で、各世代がまんべんなく負担するべきだという、いわゆる世代間格差の問題にすり替えられた。しかし、対置すべきは、働いているかリタイアしているかは問わず、労働者・勤労者か、それとも企業や富裕者か、という対立軸だ。格差社会が進行するなか、私たちとしては、労働者を働かせていることで利益を手にする企業こそ負担すべきだと考える。

 ところが、消費再増税を巡る議論のなかでまったく埒外に置かれたのがその〈企業の社会的責任〉だった。企業が焦点になってきたのは、アベノミクスでもそうだったが、企業が活躍できる社会、企業が富む社会の実現だった。その文脈で、企業活動がしやすくなる規制緩和や、あるいは企業を国内にとどめ、外国からの企業誘致にもつながる法人減税が叫ばれ、それを段階的に実現するというのが、アベノミクスだった。現に、企業の法人実効税率は、段階的に引き下げられ、17年度には20%台に引き下げることを前提し、15年度は32・11%に引き下げ、16年度には30・88%に引き下げることが既定事実化しているのが現実だ。まったく、安倍政権に限らず、企業に優しく、庶民に厳しく、というのが歴代政権がやってきたことなのだ。

 本来は社会保障給付が増えれば、税の再分配機能を活用するためにも、企業や富裕層から増税すべきなのだ。現に円安などを背景に企業は史上空前の利益を出している。企業の内部留保は、14年度で400兆円にも膨らんでいるという。個人所得税も1974年の75%から段階的に引き下げられ、いまでは最高税率は40%程度だ。アベノミクスでは、富裕層の支出を期待するとして、相続税の引き下げも行われている。

 これらに限らず、税制全体で企業や富裕者優遇策が繰り返され、税の再分配機能は低下し続けている。現に日本の相対的貧困率も増えており、OECDでも最下位クラスだ。こんな実質的な不公平、アンバランスな税制を続けながら〈税と社会保障の一体改革〉などというペテンを続けさせるわけにはいかない。

◆本丸を攻めよう

 社会保障に関する税と財政の枠を取り払って、より広い土俵で考えれば、年金と医療の保険制度がある。社会保険負担でいえば、現行では基本は50%ずつという労使折半だ。この是非と改善策が議論の土俵からはじめから排除されているのがこれまでの一体改革だ。

 私も何回も問題提起してきたように、社会保険の負担が欧米では企業により多く負担させている。たとえば、日本はほぼ労使折半だが、フランスでは事業主と勤労者の負担割合は3対1程度、スウェーデンでは4対1程度だ(別表参照)。要は、社会保険料の労使負担率を、企業に重く負担させることが急務であり、また効果も大きい。労働者の健康や障害、それに老後の生活に対して企業責任を重くするのである。

 税制にしても社会保険にしても、企業に重い責任を課すという、このテーマが〈一体改革〉では完全に無視され、土俵外に追いやられてしまったのだ。現在の企業中心社会から利益を得ている企業は労働力に依存しており、その世代を超えた確保によってはじめて利益を得ることが出来る。その社会的責任を負わせることが重要で不可欠なのだ。

 社会保障給付を税金で、しかも大衆課税である消費税とリンクさせたことが、諸悪の根源であり、それを企業責任を回避するマジックのごとく振り回されたのが、あの〈一体改革〉:だったのだ。現に企業や財界は、公的年金の義務化=年金財源の税金化をしきりに叫んでいた。労使折半の社会保険から税による負担にすれば、企業負担はなくなる。一体改革は企業の意向に沿って行われているのだ。その方便に利用されたのが、いわゆる世代間格差の問題だったのだ。社会保障改革の本丸は、そのための企業責任を明確にすることでもある。

 こうした課題を解決するためにも、労働者による闘いを前進させることが焦眉の課題になる。消費増税や軽減税率をめぐる闘いは、国の政策だけのものではなく、したがって国政選挙だけの問題だけではない。企業責任に対する、労働者の闘いの課題と地続きのものなのだ。労働者やその先代や子孫まで含めて、自分たちの生活を守るのは、自分たちの闘い如何にかかっているのだ。(廣)

【Bunnmei  ブログ】

 

 

米国とイランの紛争は米湖とイスラエルの急襲によって開始されたが、その後は決め手の無い展開が続き今では「戦争を終わらせる動機」が両国の支配層に欠けているという、ある意味で明快な構造にある。

 

トランプ政権にとって開戦当初の計算は、短期決着による国内支持回復だった。しかしホルムズ封鎖が長期化し、ガソリン価格は1ガロン四ドルを超え、内政圧力は逆に高まった。こうなると停戦もまた「敗北」に映る。戦争の継続そのものが、選挙日程の操作を含む権力維持の道具へと転化し始めている。

 

イランの革命防衛隊にとっても、停戦は必ずしも急務ではない。米・イスラエルの攻撃は、国内で燻っていた反体制感情を「反米」へと転換させ、体制を一時的に安定させた。海峡支配は新たな収入源にすらなっている。体制維持の論理において、戦争継続には合理性がある。

 

つまり両者は、交渉の内容ではなく「戦争の継続」という形式で利害が一致している。四月十二日のイスラマバード協議決裂、その後の船舶拿捕と相互の停戦違反の応酬、そして本日の「協議なし」宣言は、この構造の必然的帰結である。

 

しかし、危険なのが、現場レベルでの制御不能リスクだ。艦艇が至近距離で対峙するホルムズ海峡では、指導者の「管理可能」という判断と現場の現実の間に致命的な乖離が生じうる。停戦の「違反」を双方が主張し合う状況は、偶発的全面衝突への地雷原に等しい。

 

国際社会の仲介努力も、構造的限界に突き当たっている。パキスタンの存在は唯一の例外的変数だが、中露の制裁反対と各国の軍事介入忌避という条件の下では、協議の場を設けることと実質的解決は別物だ。

 

しかし最も見落とされているのが、民衆の現実である。イランの市民は戦前からの抑圧と経済危機の上に戦争の破壊が重なり、米国市民は物価高騰と終わらない戦争に街頭で怒りをあらわにしている。支配層の権力維持のための「駆け引き」とは完全に別の次元で、具体的な生活の痛みが積み重なっている。民衆こそ自己の政府と闘い戦争を終わらせることができるのである。

 

歴史が繰り返し示してきた通り、この種の泥沼を最終的に動かす力は、交渉テーブルの外側にいる人々から生まれる。現在の国債報道が国家間の戦略的駆け引きの解説に終始し、人々の苦しみのその重みを副次的に扱っている点は重大な見落としである。(了)

【Bunnmei  ブログ】


2026年2月、米国と共同でイラン攻撃を敢行したイスラエルは、その後も米・イラン停戦合意を尻目にレバノンへの空爆を続けました。ガザでも同じです「停戦には応じる、しかしわれわれの戦争は止まらない」——このスタンスこそ、イスラエルという国家の本質が凝縮されています。なぜイスラエルはここまで戦争をやめられないのか。それは個人の好戦性でも、特定の指導者の暴走(これもあるが)だけではなく、建国以来76年をかけて構築された「軍産国家体」とでも呼ぶべき、軍・国家・経済・精神文化の四位一体構造に根ざしています。

■血塗られた国家建設から「大イスラエル」構想へ

 イスラエルは1948年の建国以来、一度も「平和な時代」を経験していません。独立戦争から始まり、スエズ危機、第三次・第四次中東戦争、レバノン侵攻、ガザ攻撃の繰り返し、そして今回のイラン攻撃へと、戦争は例外状態ではなく、常態として続いてきました。ホロコーストの記憶と「再び繰り返してはならない」という切迫感が、建国神話と結びついて「敵に囲まれた小国」という自己像を形成し、軍事的強さこそが存在の証明であるという国民的精神を育んできました。
 ロシアには「大スラブ主義」があり、戦前の日本には「大東和共栄圏構想」があったように侵略主義にはこのようなビジョンが伴います。「大イスラエル」構想——ナイル渓谷からユーフラテス川に及ぶ旧約聖書の「約束の地」を実現するという思想——は、ネタニヤフ首相自身が2025年8月のインタビューで「世代を超えた使命」と語ったように、もはやイデオローグ少数派の妄想ではなく、執権勢力の公言した目標となっています。ガザ、ヨルダン川西岸への実効支配の拡大、レバノンへの継続攻撃・占領、そしてイランの体制弱体化——これらは別々の作戦ではなく、「大イスラエル」実現へ向けた一つの連続した戦略的プロジェクトとして読み解くことができます。イスラエルにとってイラクやシリアの国家解体は先例であり、今度はイランの番だという論理です。

■「軍産国家体」の構造

 イスラエルの軍事化度は世界平和度指数で世界第1位です。軍事費のGDP比は5.32%で、NATO目標の2倍以上にあたります。しかしこの数字以上に問題なのは、軍事が経済にそして社会に「内部化」されている構造です。
 米国では軍需企業ロッキードやレイセオンが政治献金とロビイング及び「回転ドア」を通じて政府の政策に影響を与えます。しかしイスラエルの場合、構造がもっと根深い。ラファエル、IAI(イスラエル航空宇宙産業)は国防省が直接所有・監督する国有企業であり、エルビットは民間上場企業ながら軍との共同開発・共同所有の形態をとり、事実上国家と一体化しています。この三社でイスラエルの防衛生産の七割以上を担っています。国家が主要軍需企業の経営者であり、民間企業もその軌道に深く組み込まれている——米国やEUのように民間企業が政治を『買う』のではなく、国家そのものが軍需産業なのです。
 さらに武器輸出がこの構造を強化します。2024年の武器輸出額は過去最高の148億ドルに達し、エルビット、IAI、ラファエルの三社の売上高の七五〜八〇%が輸出によるものという、世界的にも異例の構造となっています。イスラエル国防大臣は「この記録はハマス、ヒズボラ、イランへの軍事作戦の直接的な結果だ」と公言しました。つまり戦争は宣伝であり、実戦こそが最高のショールームなのです。日本が自動車輸出に国家的使命をかけるように、イスラエルは武器輸出に国家的使命をかけていますが、決定的に違うのは、武器の場合は「戦争が続くほど商品の信頼性が上がる」という、戦争と商売が共鳴するシステムである点です。これは米国の軍産複合体をはるかに超えた、社会の毛細血管にまで軍事が浸透した構造と言えます。
 男女とも18歳から徴兵され、除隊後も年1か月程度の予備役義務が課されるため、軍事技術と経験は社会全体に行き渡ります。ITやサイバーセキュリティ、ドローン技術など、「起業国家」として世界が注目するイスラエルのハイテク産業のほとんどは、軍の精鋭情報部隊8200での研究開発を源流とする軍事技術のスピルオーバー(波及効果)です。民間就職も軍需関連企業が主要な受け皿であり、さらにヒスタドルート(イスラエル労働総同盟)もその蓄積を軍需企業に投資しており、労働者・組合員の雇用・年金や賃金を軍産国家体に組み込むネットワークを形成してきました。「戦争をやめろ」という声が経済的に出にくい構造が生まれています。

■「スーパー・スパルタ」——世界に抗える高度軍事国家建設

 こうして見ると、イスラエルの攻撃性・拡張主義の推進力は、少なくとも三つの層から成り立っています。第一に、国家・軍・経済・文化が一体化した「軍産国家」の構造的利益。第二に、戦争継続によって政権と個人の延命を図るネタニヤフの政治的計算。第三に、「大イスラエル」を聖書的使命と信じる宗教的右派のイデオロギー。これら三つが互いを補強し合いながら、ガザ・西岸・レバノン・シリアへの拡張を推し進め、さらにはそれに抵抗するイランを激しく攻撃します。
 そして2026年1月、ネタニヤフはさらに踏み込んだ宣言をしました。今後約十年でアメリカの軍事援助を不要にすること、「スーパー・スパルタ」——国際的圧力に抗える高度軍事国家——の建設を国家目標に掲げ、軍・産・国一体の自給体制を目指すと公言したのです。これはイスラエルが国際社会の批判や制裁に対する耐性をさらに高め、より自由に軍事行動をとれる国家へと変貌しようとしていることを意味します。
 国際法・国連決議はこれまで数百本のイスラエル非難決議が採択されましたが、米国の拒否権で実効性はほぼゼロでした。国際刑事裁判所がネタニヤフ氏に逮捕状を出しましたが、これも実行力を伴いません。欧州諸国の非難声明は出ても、制裁には踏み出しません。いずれ別稿においてイスラエル体制が抱く亀裂と人々の闘いについて論じましょう。

 

Why the ceasefire in Lebanon won't stop Israel's expansionist ambitions

なぜレバノンでの停戦が

イスラエルの拡張主義的な野望を止められないのか

「+972Magazine」イスラエル、パレスチナの情報誌

 

イスラエルによるバッファーゾーン(緩衝地帯)と「自然の境界線」の追求は、現在浮上している停戦が、レバノン南部で進行中の民族浄化を阻止する可能性が低いことを示唆している。

執筆:ディミ・ライダー(2026年4月16日)

 

Smoke rises from southern Lebanon following Israeli airstrikes, April 11, 2026. (Ayal Margolin/Flash90)

2026年4月11日、イスラエルの空爆後、南レバノンから煙が立ち上る。(アヤル・マルゴリン/Flash90)

 

本稿執筆時点では、レバノンとイスラエルの間で発表された停戦が維持されるかどうかは依然として不透明である。ベイルートからテルアビブ、ワシントンに至るまで、多くの陣営で否定しがたい安堵感が広がっているものの、今回の停戦は、レバノン南部を占領するというイスラエルの公言された軍事キャンペーンにおける真の転換点というよりは、ベンヤミン・ネタニヤフ首相からドナルド・トランプへの、強制された気が進まない「お座なりな供物(sop)」のように感じられる。

 

しかも、それは大した供物ですらない。トランプがネタニヤフに求めているのは、イランと米国の間の脆弱な停戦下で、両国の食い違う期待を調整するためにレバノンへの爆撃を停止することだ。これまでのところ、ネタニヤフは爆撃を停止することなく交渉を開始することに成功しており、こうした交渉自体が両国の共有された歴史の中では異例のことである。

 

イスラエルには、交渉の当事者であるか否かにかかわらず、停戦や交渉を台なしにする傾向があり、交渉の途中で交渉人を暗殺してきた実績もある。それを踏まえれば、イスラエルとレバノンのダイナミクスが程なくして元のパターンに戻る可能性は高い。特に、レバノンがネタニヤフにとって、テヘランとワシントンの交渉をぶち壊し、米軍が撤退する前に全面戦争を再開するための、最も近くて便利な舞台であることを考えればなおさらだ。


歴史的背景と拡張の論理

もちろん、イスラエルとレバノンには特有の歴史がある。イスラエルの国境の中で、これほど長期間にわたって一貫して不安定だった場所は他にない。また、1950年代の国境を越えた襲撃から1982年の本格的な侵攻、そして1975年から1990年の壊滅的な内戦以来、レバノンで最も致命的な紛争となっている現在の戦争に至るまで、イスラエルほど日常的に、あるいは劇的にレバノンに壊滅的な打撃を与えてきた外部勢力は存在しない。

 

レバノンはまた、パレスチナ国家運動に対するイスラエルの戦争という、より決定的な闘争の舞台ともなってきた。そして、イスラエル軍が助長・可能にしたサブラ・シャティーラの虐殺に対し、何十万人ものイスラエル人が抗議した、イスラエルの良心が最後に公に激発した場所でもある。

 

イスラエルがレバノン政府との平和合意の機会を無視し(現在、砲火の中で行われている中途半端な関与は、まだ真剣なものとは受け取れない)、爆撃、侵攻、代理勢力の利用、そして今年からは民族浄化と公然たる併合の約束を選んでいるのには、いくつかの理由がある。

 

そのうちの比較的小さな理由は、イスラエルの支持者と批判者の双方が挙げているものである。一つは、イスラエルの「自然な境界線」はリタニ川であるとするダヴィド・ベン=グリオンの古びた安全保障ドクトリン。もう一つは、その「発育不全の兄弟」とも言える、現在レバノンとガザの両方で展開されている**バッファーゾーン(緩衝地帯)**ドクトリンである。

 

ベン=グリオンは1918年に早くも、リタニ川がガリラヤ地方とレバノン山地を分ける人口統計学的・経済的な境界であると主張し、将来のユダヤ人国家の「自然な境界線」として提案した。年月を経て、特に拡張主義的な派閥は、レバノン南部を単なる「北ガリラヤ」と見なすようになり、険しい川岸を持つこの川は、現在の国境よりも防衛しやすい国境として、新たな軍事的オーラを帯びるようになった。レバノン南部への併合と入植の支持者たちは、思想的、領土的、そして軍事的な議論を援用している。

 

同時に、イスラエルのもう一つの軍事ドクトリンである「バッファーゾーン」が、今回の戦争の事実上の終着点として新たな息吹を吹き込まれている。その論理は、前線をイスラエルの国際的に認められた国境から、特に民間人コミュニティから遠ざけることにある。非武装地帯とは対照的に、バッファーゾーンはイスラエル軍の作戦の自由を前提としている。


民族浄化の口実か?

リタニ川までの主権拡大とは異なり、バッファーゾーンのアイデアは、1982年から2000年までの18年間にわたるレバノン占領期に以前にも試みられた。しかし、それは大失敗に終わった。

占領前よりも頻繁にバッファーゾーン内からイスラエル居住地にヘズボラのロケット弾が撃ち込まれ、南部レバノンで活動するイスラエル兵は絶え間ない標的となった。何百人もの死傷者を出し、国内で大規模な抗議活動が起きる中、イスラエル軍は一方的に撤退した。現在、これら両方のアプローチが再び提案されており、ヘズボラが民間人の支持に依存していたため、**「それらの民間人を追放しなければならない」**という主張が付け加えられている。

 

多種多様な人々が織りなすレバノン社会の実態を著しく誤読しているイスラエルは、シーア派住民のみを追放する計画を立てていると報じられている。さらに、スンニ派やキリスト教徒の住民に対し、隣人を匿わないよう警告している。これは、イスラエルのホロコースト記念日の前夜に出された戦慄を覚える指示である。

 

道徳的な問題を別としても、これらどちらのドクトリンが20世紀よりも21世紀において実行可能になったと考える理由はどこにもない。川は歩兵や機械化部隊、重装甲部隊にとっての障害にはなるかもしれないが、現代の戦争の大部分は、ウクライナからイラン、パキスタン、アフガニスタンに至るまで、空中戦である。ドローン、ロケット弾、巡航ミサイル、弾道ミサイルは、川や提案されたバッファーゾーンを容易に越えることができ、地上作戦が停滞していても攻撃力を維持できる。

 

これは、数千キロ離れた場所から発射されるイランのミサイルを経験しているイスラエルにとって明白なはずだが、ヘズボラもまたイスラエル領内へ数百キロにわたってロケット弾を発射している。つまり、ヘズボラがリタニ川を越えて2倍、3倍、あるいは4倍後退したとしても、依然としてイスラエルのコミュニティを意のままに攻撃できるということだ。

 

たとえそのようなバッファーゾーンが設置されたとしても、イスラエルはその先まで「作戦の自由」を維持しようとするだろう。そして、境界線をさらにレバノンの深部へと押し上げることを提案する者が現れるのは時間の問題である。

 

では、なぜイスラエルはこの時代遅れの計画に固執し、そのために公然と大規模な民族浄化を行っているのか? 因果関係は実は逆であるという結論を避けるのは難しい。ガザにおいて、バッファーゾーンが、すでに過密状態にある飛び地の住民を全領土の12%に囲い込むための口実となっているように、また、パレスチナの農業を妨害しコミュニティを土地から追い出すために「安全地帯」や「発砲区域」が利用されてきたヨルダン川西岸地区のように、レバノンで見られるのもまた、民族浄化のためにバッファーゾーンが利用されている姿なのだ。


力への陶酔と米国の隙

ネタニヤフ連立政権内の拡張主義的要素にとって、併合という結末は特に明白だが、「リベラル」な野党も「国家安全保障」が引き合いに出されると屈服せざるを得ない。ヤイル・ラピドのような野党党首でさえ、無期限の拡張主義的な戦争に比べれば、人口を排除したバッファーゾーン案は穏健で中道的な妥協案であるかのように宣伝している。

 

他の場所と同様に、イスラエルの右派は、中道派が歩み寄ってくるのを喜んで受け入れる。そして、彼らが何度も歩み寄りを重ねるうちに、両者の区別は事実上消滅してしまう。

 

そして、レバノンとの真剣で公平な平和合意を追求することを数十年にわたって拒否し続けている、より深い理由がある。ネタニヤフや多くのイスラエル人にとって、外交や妥協は、力のみによって確保できたはずの成果の価値を下げてしまうものだ。なぜなら、外交はさらなる妥協が続く可能性を示唆するからである。イスラエルには、覇権的な力に対する一種の陶酔があり、地域の他のアクターを対等に扱うことで生じる不安定な不確実性よりも、力を追求する過程で被る犠牲や損失の方を好むという信念が存在している。

 

最後に、レバノンへの攻撃を継続するより直接的な動機がある。見落としか意図的かは不明だが、米国は当初、イランとの停戦条件にレバノンを含めることに失敗した(これはネタニヤフ自身がレバノンを「イランの前方作戦基地」と位置づけていたことと矛盾する)。これにより、ネタニヤフには、米国とイランの停戦が意味のある交渉として固まる前に、そしてより重要なことに、米軍が湾岸地域から撤退し始める前に、その停戦を崩壊させるための大きな隙が残されているのである。

 

 

4・19 

国会前:憲法の文化祭、工夫をこらしたプラカードや表現

 | レイバーネット2.0

 

堀切さとみ

 4月19日13時半。日曜だというのに、国会議事堂前駅でゾロゾロ人が降りてゆく。駅構内のトイレは大行列。これから国会デモに行くのだ。階段を上がると、警察官が道案内をしていた。

 とにかく暑い。「救護班のクルマを用意しています。気分が悪くなったら声をかけて!」「警察官が駅を封鎖していますが、トイレに行きたいと言って使わせてもらってください!」 14時開始を前に、実行委の菱山菜帆子さんがアナウンスする。
「今日は憲法の文化祭です!皆さん、工夫をこらしたプラカードや表現に注目してください」

 夜ではないのでペンライトでなくプラカード。思い思いに趣向を凝らし、ユニークなものが多かった。何故か猫のイラストが目立つ。今や鳩より猫の方が平和との相性がいいのかな?

 「戦争反対」は当たり前だという若者。自由と尊厳を守るのに、まだ遅くはないから行動するという人。三回目だが今日は孫を連れてきたという女性。「お花畑」「ごっこ遊び」の何が悪いの?という人。中でも私が惹かれたのは、スケッチブックに「中国に謝れ」と掲げたお母さんだった。「中国にさんざん世話になってきたのに、低くみているのはおかしい」と。隣りにいた娘さんは「戦争したくない。自由に創作できる国であってほしい。まだ自分はやりたいことがあるから」

 この日、デモは3万6千人集まった。

 

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