File25:Target 辻井 伸行 | ソクラテス純情派<格言にrealityを>

ソクラテス純情派<格言にrealityを>

ー現代の著名人やニュースな人々に「善く生きる」という観点から、由緒正しい様々な格言等を引用し、独断的なコメントで自己満足を図る

ソクラテス純情派<格言にrealityを> プロフィール:1988年産婦人科医の父と元アナウンサーの母のもとに、視覚障害者として生まれる。1995年全日本盲学生音楽コンクールピアノの部第1位。2004年東京交響楽団の定期公演に出演。2005年ショパン国際ピアノコンクールにて「ポーランド批評家賞」。そして2009年ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール で日本人初の優勝。その後、国内外でリサイタルツアーを行い好評を博す。


Message-「可能性の限界を測ることは、誰にもできない」 by ゲーテ(1749年~1832年)
ソクラテス純情派<格言にrealityを>

 若い頃、卒業アルバムにコメントを求められると、よくこのメッセージを書いていた。旅立ちにはお似合いだし、輝く未来を予感させる。だが年を重ね、世の中の現実を知るにつれ、この言葉の持つ高揚感にズレを感じ始めた。極論すれば、これは凡人を絶望から救うための媚薬ではないかと。それからは一人一人の顔を思い浮かべながら、ピッタリの言葉を探すようになった。


 それでも稀にこのメッセージを思い出す時がある。例えば昨年6月7日、辻井君が国際ピアノコンクールで優勝した時だ。音楽に疎い私でも、彼の奏でるピアノには惹きつけられた。昨夜あるTV番組で特集があり、その成長ぶりに驚かされた。全米ツアーはマネージャーと回っており、自然に子離れを果たした母親 の深く賢い愛情には頭が下がる。そしてアンコールで弾いたオリジナルの「コルトナの朝」は本当に美しかった。

ソクラテス純情派<格言にrealityを>

 辻井君が生まれた時、産婦人科医の祖父は「こういう赤ちゃんはどこかで生まれてくる。うちに生まれたのだから大事に可愛がろう」と言ったらしい。また「五体不満足」の乙武君 が生まれた時、母親が「なんてかわいいんでしょう」と抱いてくれたという。誤解を恐れずに言えば、こういう気高い魂に出会うと私は足がすくんでしまう。生まれつきの徳の違いだろうか。

 だが現実には、私の仲間の方が多いようだ。昨日のニュース によると、若い母親が長男と長女を道連れに無理心中したらしい。長女の小児ガンに絶望してしまった。何が彼女の魂を救えただろうか。


 最近お気に入りの卒業メッセージはこれだ。

「後悔のない人生はないが後悔のない生き方はある」。

 中州の安い(けどうまい)寿司屋の壁に、色紙が飾ってあった。詠み人しらず。失敗もするし、理想的な人生からは遠いかも知れない。だがどんな状況でも覚悟を決め、その日その時、自分のやるべき事をしっかり考え、行動する。運命は決められないが、生き方は決められる。

 そしてそれが「善く生きる」ということではないか。