昨日から2日続けて仕事を休んだ。
ここに来て、葬儀後の鈍化した悲しみが溢れてくる。
一昨日はほとんど眠れなかった。
息子が成長痛のせいか膝が痛いと泣いて目が覚めたのでトイレに連れて行った後、寝かしつけて眠れなくなった。
その後、少しだけ眠れた。
母が夢枕に現れた。
実家の2階の階段から降りてきて、
「スカートは捨てていいけんね」とリビングにある棚の引き出しを引いて何かを探している。
いつもの口調、いつもの素振りで何気なく見えるが
顔は少し青白く、
自分達とは違う存在になってしまったんだと悟った。
夢の中で、これは夢で母が夢枕に出てきたことに
気づいた。
母に何か伝えなければと話しかけた。
「急過ぎて、さみしかったよ」
すると、それまで普通を見繕っていた母の表情が曇り、
「話しかけても誰も気付いてくれないのが辛い、悲しい」と涙ぐんでいて、2人で泣いた。
「大丈夫。(家族の)みんなにはちゃんと俺が伝えとくけんね」と母に伝えた。
目が覚めてからも涙が止まらなかった。
夢の内容を忘れる前に、
家族のグループLINEで伝えた。
これは僕の抑えてた感情が夢になっただけかもしれない。
けれど僕の勝手な妄想だけど、
母も急過ぎた自分の死を受け止めきれてないんだなと感じた。
体を失っても、生きていた頃と同じ感覚で今までずっと一緒に生きてきた僕たちが見えてても、
まるで透明人間のように気付いてもらえない。
コミュニケーションがとれない。
残された僕たちよりずっと孤独で悲しい想いをしていることに気付かされた。
葬儀を通過して、残された僕たちは別れの儀式を
体験する事で、住職の説法を聞いて、
あぁ、母は仏の道を歩み出したんだなと脳内で
自分の心を整理すべく妄想する。
そんなことはない。
つい数日前まで、亡くなる数時間前まで
孫を自宅で預かってみていた母だって、
まさか自分の命が終わることなど想像もつかなかったと思う。
同じ「人」として
母も未だに戸惑っているんだ。
昨日はほとんど眠れず体調も気分も優れなかったので仕事を休み、実家にいる父を訪れた。
父は相続の関係上、役所の手続きの準備などは
僕が代行できないため、父が行わなければならない。
父は僕より憔悴している。
おまけに飼っている老猫のうちの1匹は悪くしてる腎臓の状態が悪化して動物病院へ。
猫たちも体調を崩している。
父がちゃんと食事をとれているか心配なので、
差し入れを持参し昼過ぎまで一緒に過ごした。
時折、母の話題で父は何度か涙ぐんでいた。
親子で母との思い出話を明るく持ちかけ
ああだったね、こうだったね。と笑い話にして、
そうそう。と相槌を打つ。
でも、話せば話すほど、
悲しみはさざ波だけど、緩やかに押し寄せる。
帰宅後に、気分を紛らわす為に久しぶりにyoutubeを更新した。
曲を聴くのが少し辛い。
自分で作った歌詞がそのまま自分の胸に突き刺さって返ってくる。
けど動画をつくっている間は気が紛れる。
けれど、今日もほとんど眠れず。
夢の中で、大勢の人たちの列に並んで、
何周も何周も走っている夢をみた。
一昨日は1週間ぶりに仕事に行けた。
いつも通りを装っていたけれど、
理解をしてくれない複数の認知症の患者さんに感情的になってしまった。
頭の中では分かっている。
この人たちだって、なりたくてそうなってしまったわけじゃない。
入院したくて入院してるわけじゃない。
自宅でゆっくり過ごしたい人たちだ。
でも僕の心が騒ぐ。
何でこの人たちより若かった母が、先に逝かなければならなかったのかと。
そんな事は分かってる。
でも気持ちに余裕がない。
だから思いたくもないのに、
そっちの感情がいつも以上に露出してしまう。
そんな事もあって、昨日はお休みをいただいた。
これ以上休むわけにはいかないし、
明日は夜勤だし、今日は絶対出勤しよう。
それで自宅を出て車に乗り、
職場へと走り出した。
けれど職場へと向かえなかった。
ここに来て、雪解け水のように感情が流れ出す。
外の景色はどこを見ても、
母と通ってきた場所ばかり。
何で?何でここにいないの
これからどうしたらいいの
生き返れたらいいのに
母に会いたい
寂しい
そんな感情でいっぱいで、体もだるい。
涙も止まらない。
誰にも会いたくないし、外にも出たくない。
目に見える景色すべてが母との思い出ばかり。
車をコンビニの駐車場に停めて職場に連絡した。
今日は1人でどこか気晴らしにドライブでもしようかと思った。
思ったけれど、
たぶん、どこでも泣いてしまう。
一番、母の前で泣きたいのに。
母に話を聞いて欲しいのに。
それができないのが悲しい。
妻に連絡して帰宅した。
現実が、
映画のように急展開過ぎて、
心がついてゆけない。
自分が作っている曲の歌詞がすべて予言書のようで、現実感がない。
そんな朝。