5月。
夜勤中に母が搬送されたと連絡があり、
仕事を交代してもらい病院に駆けつけた。
駆けつけてる最中、
再度連絡したら心臓マッサージをしながら
別の病院に搬送されているとの事だった。
今まで何度か脳梗塞や心不全で搬送されたけど
無事に乗り越えてきた母だった。
電話越しにその言葉を耳にして覚悟した。
その日が最期となるとは思ってもなかった。
つい数日前、うちの家族と母と宗像大社に参拝に行って帰りに外食して。
足の悪い母の階段の登り降りを付き添って介助した。
照れ臭かったけど、いつかは介護しなきゃいけない日が来るんだろうなと思ってた。
ちょうどその日の夜。
母の日だったらしくて、「母から最高の母の日になったよ。」とLINEが来た。
まさかそれが母と過ごした
最期の日になるとは思ってなかった。
父と妹たちと叔父、叔母も間に合って、
みんなで最期を看取った。
妹や父が悲しみまくってる姿を見て、
自分はしっかりしなきゃと、
母に言われた気がして
深く悲しむことはできなかった。
そんな吐き出せないままの感情を埋めるように、
蓋をしてAI音楽やバンドを楽しんでいる。
母が生前に「AIも良いやろうけど、私は将志が歌ってる歌の方が好きよ」と
言ってくれたのを忘れない。
僕は自分の声が嫌いだし、
歌も下手くそだけど、
どこかで母が聴いてくれてるのかなと思うと、
やっぱり歌は続けようかなと思う。
今年は音楽ざんまいな一年にすると
決めていたけれど、
今は、
AI音楽の曲、ショートアニメとMV、
台詞の台本、キャラクターの音声、動画編集、画像生成、世界観設定、物語作り、
キャラ作りとAIざんまい。
一周回って、感じるのは、
やっぱり現実空間、生が良い。
現実が辛くて面白くなくて、
仮想世界にのめり込んでたけれど、そこで気付かされることが沢山ある。
現実の方が残酷だけれども、感動的なこともたくさんある。
現実の生々しさをAIで表現するのはやっぱり難しい。
どんなに近づこうが、それは現実じゃない。
現実世界にはフィルターがない。
楽しい事ばかりじゃないし、
時間が経てば老化するし病気もするし死ぬ。
植物も枯れるし、腐る。
でも、生まれて死ぬまでの成長を
経験することができる。
過去のことをいつまでも背負うこともないし、
未来のことばかり心配して
備えるばかりでもおもしろくない。
今をどう感じて、どう過ごすとおもしろいかな。
それを続けていくと少しは気持ちも軽くなると思う。
母は、それを教えてくれた。
それにどんなに健康に気をつけてたって、
どんなに経済的に豊かだって、
長生きできる保証はない。
それもまた母や祖父母が命をもって教えてくれた。
去年の5月には育たなくて
流れてしまった命もあった。
生まれてくるのが当たり前じゃないことも知った。
そんなこんなが色々続いた今、
妻のお腹に新しい命が宿った。
4ヶ月がたった。
兎にも角にも、
日々の穏やかな毎日を過ごせるのが

