「自分は氏族メシヤだ!」という意識がある食口は氏族復帰を成し遂げる意志があるはずです。既に氏族が渋々許してくれたり賛同が得られたり信仰をもってくれるようになった人もいるでしょう。氏族伝道と御父母様の入国は全食口つまり皆の悲願だと思います。因みに私は悪戦苦闘しています。

悲願の目的を達成する為にも、より効率よい方法を考えていきたいものです。その方法の一つとして、ブログを通して同じ教域の兄弟姉妹は勿論ですが、教域を越えて更に教区、地区を越えて神様の基の兄弟として繋がっていくことも必要だと考えています。

理由は、第一に、氏族メシヤ達つまり私達の、それぞれの氏族は、未だに「人類のメシヤとしての真の父母様」に出会えていない、失礼を言えば、出会う条件が未だ立っていない家庭と地域に入り属し、甚だしくは地域の代表の立場に立つが故に、たとえ私達自身への怨みや憎しみは無いとしても、社会的立場として私達に距離をおかないとならない状況にあります。少なくとも子供を思う親ならそうです。

この事に関して、信教の自由の問題があり、盛んに運動があり、日々認識を深めています。私も内的には全面的に加わります。ただし、真の争点をより深く探究する生活も怠ってはならないと考えます。私達がいるが故で氏族が本来可愛い息子娘と社会との板挟みになりるのです。20年も30年も付き合いのある人達とこれまで通りの気持ちで付き合えなくなる氏族の辛さを、20年30年しか生きていない私たちがどうやって理解するのかということです。

以上のことから、氏族が原理それ自体は良いことを言っていると認識すれば、氏族伝道の為には氏族と交流している人達を先に伝道した方が早く、私達食口と反対する人たちとの板挟みになっている氏族自身も救われるということになります。

本来ならば御言が入るまで氏族との信頼関係を造ることが本来私達の理想ですが、現実は必ずしも全員が出来るとは限りません。なぜなら私達は罪人の末裔であり基本不信仰だからです。先祖が侵した罪もわからず、氏族も余程信用してくれない限り自身の恨みや失敗は話してくれません。先祖解怨が出来る状態を造るのは至難の業で、解怨可能という信仰と状況を立て実行した人は凄いと思います。

謝罪文のようになってしまいましたが、しかし、理想を現実にし、既に理想と程遠い状況にある食口の氏族も等しく救われる機会が与えられて然るべきだと考えます。

そこで、一手段として、それぞれの氏族メシヤが互いに置かれている状況を基に、互いの体恤してきた持ち味を生かして、地の事情の情報を探り、何が「いま」復帰出来ない原因なのかを研究し、共有と戦略を練る繰り返しが望ましいと考えています。

共有は大きいほど、私達の氏族が関わる社会を包み混み真の愛による自然な服従を早期に可能にさせてくれると考えています。

第二に、ブログは閲覧の意思とネットをすぐ使える環境があれば直ちに見られるので、ある食口がもし天の事情からして間違っていることをうっかり書いてしまったとしても、コメントを通して互い指摘し合え、教区や地区を越えた教育・戦術の効果が上がると思います。

ただし、互いの事情・神観罪観メシヤ観はある程度知り共有していることが前提です。神様の創造目的は一つになることをいう(創造原理三節創造目的参照)ところ、目的を一つにしなければ作戦も行く先も一つになれないからです。

したがって、以上の条件付きで、教区教域を越えた情報交換は活発に行われた方が良いと考えます。

以上は私見です。なので、もし批判・訂正意見やアドバイスがあれば、遠慮せずに御指摘下さい。宜しくお願いします。