2012年は転機の1年となりました。
5月に前職を退職。しばらく国内外を放浪した後、9月から復興支援に関わっています。
自分の行きたい方向に進む爽快さや充実感を味わう一方、
僕が個人でできることの小ささ、能力不足を痛感する年でした・・・
さて、6年以上勤務した前職。
恵まれた環境で過ごすことができ、関係者の方々には大変感謝しています。
ありがとうございました。
その後の数ヶ月は東北、関西、九州、北米、ヨーロッパを放浪。
家に帰れば楽器弾いて、泳いで、昼寝して、飲んでという、ああ最高の時間でした。
一段落着いたら、またそういう生活に戻りたいなあと。
そんなのんびりした生活も9月からは一転。
復興関係に携わりたくてキャリアチェンジしたわけですが、
はい、完全に準備不足でしたね。すいません。
新しいフィールドは想像以上に量的/質的/スピード的にもタフで、適応するのにも一苦労。
特に9月早々から始まった新規案件では度々徹夜をするという苦笑
しかも、業界への理解が追いついていないので心折れそうな日々。
んー、よくわからんなーと。
思いだけではどうにもならないし、思いとコミットは必ずしも連動するわけではないと痛感。
これまで大した成果は出せていないので、もっと成長して成果を出せるようになりたいところです。
とりあえず思いだけは消えないよう、去年に引き続き、毎日いきものがかりの「心の花を咲かせよう」を聞いてました。ほんと名曲。
「心にある花をいつまでも咲かせよう
たとえ水が尽きても たとえ闇が覆っても
終わりという始まり 始まりという名の終わり
僕達はまだ歩いてく 僕達がまだ歩いてく
その先に未知なる癒えぬ痛みが待つとも ひたすらに続く未来が見たい
ひとひらの淡い奇跡を見たい」
とまあ思ったより大変ではありますが、
自分がいま取り組んでいることには意義があると信じていますし、
復興業界に来てよかったと思っています。
復興業界の人材も魅力です。
とても優秀な人たちがそれぞれの思いをもって仕事をされています。
メディアでは批判の対象となりがちですが、僕の印象では自治体職員も一生懸命です。
また、今の案件ではとても面白い企業と一緒に仕事をしています。まさかここと仕事することになるとはという感じです。
来年もこのような方々と一緒に仕事ができることが楽しみです。
復興関連以外にも色々遊んでいく予定です。
今年お世話になった皆様、ありがとうございました。
来年も引き続きよろしくお願いします。よいお年を。
12月6日、Googleによる震災遺構デジタルアーカイブプロジェクトが公開されました。
「未来へのキオク - 震災遺構デジタルアーカイブプロジェクト」
「Google社ブログ - 震災遺構デジタルアーカイブプロジェクトを公開します」
グローバル含めて大きな反響があるようです。この件では市町村とのコーディネートをお手伝いさせていただきました。震災遺構を残すことの意義は主に、
・震災の記録の伝承。
・それによる防災教育・防災研究への寄与。
・失われた町、生活、地域文化の記憶の伝承。
が挙げられます。このプロジェクトが被災地の、後世のために、役に立つことを願っています。
震災遺構と言うと、「シンサイイコウ?」という反応が帰ってくることが多いですが、震災遺構とは東日本大震災で被災した建物のことを指します。被災地では既に多くの震災遺構が解体済みであり、残っている建物は多くはありません。残っている建物についても、国の補助金の関連で取り壊しが急ピッチで進んでいます。今回撮影された施設の中にも、取り壊しが進んでいるものがあります。このプロジェクトの開始がもっと遅い時期であったとしたら、撮影できる施設はかなり限られていたでしょう。デジタルアーカイブプロジェクトでは、一度建物を撮影してしまえば、その後解体しても360度の画像を残せるという点でも価値あるものとなっています。
震災遺構の取り扱いについては、各地域で保存か解体かの議論があります。特に多くの犠牲者を出した建物では意見がまっ二つに割れています。ご家族を亡くされた方などにとっては、辛い記憶を思い出させるため解体すべきという意見が多いようです。一方、被災した建物を震災の記録として保存していくことで、震災の記録を後世に伝えるとともに、次に起こりうる災害への防災意識を高めることに寄与することはできないかという意見もあります。
こうした住民感情への配慮が必要であるため、震災遺構の取り扱いはセンシティブな問題です。特にインターネット上での公開については反対意見も多いため、「撮って下さい。」「じゃあ撮りましょう。」と簡単にはいきません。何を残して何を残さないのか、震災遺構を含め震災の記録(例えば手記のようなもの)をどこまで公開するべきなのか、市町村にとっては悩ましい問題です。よって協力いただいた市町村にはとても感謝しています。
宮城県では、震災遺構については国や県がある程度の指針を出していくべきという考えのもと、「震災遺構に対する宮城県の基本的考えについて」 という文書を公開しています。その中で、保存の目安として主に以下の点を挙げています。
1. 人命を守った構築物
2. 防災上の反省を後世に伝えるべき構築物
3. 後世に伝承すべきメッセージ性がある構築物
また、宮城県内外の有識者からなる3.11震災伝承研究会においても、「震災遺構の保存について」 提言を行っており、且つ宮城県内の保存すべき震災遺構をリストアップしています。「震災遺構保存対象物第1回選考結果・保存候補対象物リスト」
今後は震災遺構に加えて復興過程を記録することが、震災の記憶の風化に役立つことと思います。家があったところが、基礎だけになり、更地になり、また建物が建っていく様子。防潮堤が作られ海岸の景観が変化していく様子。こうした経年変化の記録にGoogle Earthなどが果たせる役割は大きいのではないかと思っています。
最後に、被災地の風景に限らず、いまの風景をストリートビューのような形で後世へ伝承することは意義あることで、人類にとっての貴重な資産と考えています。鎌倉時代や江戸時代のストリートビューが見られたとしたらすごいですよね。この時代ではそれができないわけですが、100年後は可能かもしれないわけです。100年後の人たちが、いまの町の風景を見ているところを想像するとワクワクします。
1000年に一度と言われる震災の記録をこのような形でまとめて記録するのは、もしかしたら歴史上初めてかも知れません。このプロジェクトに関われたことをありがたく思っています。
「未来へのキオク - 震災遺構デジタルアーカイブプロジェクト」
「Google社ブログ - 震災遺構デジタルアーカイブプロジェクトを公開します」
グローバル含めて大きな反響があるようです。この件では市町村とのコーディネートをお手伝いさせていただきました。震災遺構を残すことの意義は主に、
・震災の記録の伝承。
・それによる防災教育・防災研究への寄与。
・失われた町、生活、地域文化の記憶の伝承。
が挙げられます。このプロジェクトが被災地の、後世のために、役に立つことを願っています。
震災遺構と言うと、「シンサイイコウ?」という反応が帰ってくることが多いですが、震災遺構とは東日本大震災で被災した建物のことを指します。被災地では既に多くの震災遺構が解体済みであり、残っている建物は多くはありません。残っている建物についても、国の補助金の関連で取り壊しが急ピッチで進んでいます。今回撮影された施設の中にも、取り壊しが進んでいるものがあります。このプロジェクトの開始がもっと遅い時期であったとしたら、撮影できる施設はかなり限られていたでしょう。デジタルアーカイブプロジェクトでは、一度建物を撮影してしまえば、その後解体しても360度の画像を残せるという点でも価値あるものとなっています。
震災遺構の取り扱いについては、各地域で保存か解体かの議論があります。特に多くの犠牲者を出した建物では意見がまっ二つに割れています。ご家族を亡くされた方などにとっては、辛い記憶を思い出させるため解体すべきという意見が多いようです。一方、被災した建物を震災の記録として保存していくことで、震災の記録を後世に伝えるとともに、次に起こりうる災害への防災意識を高めることに寄与することはできないかという意見もあります。
こうした住民感情への配慮が必要であるため、震災遺構の取り扱いはセンシティブな問題です。特にインターネット上での公開については反対意見も多いため、「撮って下さい。」「じゃあ撮りましょう。」と簡単にはいきません。何を残して何を残さないのか、震災遺構を含め震災の記録(例えば手記のようなもの)をどこまで公開するべきなのか、市町村にとっては悩ましい問題です。よって協力いただいた市町村にはとても感謝しています。
宮城県では、震災遺構については国や県がある程度の指針を出していくべきという考えのもと、「震災遺構に対する宮城県の基本的考えについて」 という文書を公開しています。その中で、保存の目安として主に以下の点を挙げています。
1. 人命を守った構築物
2. 防災上の反省を後世に伝えるべき構築物
3. 後世に伝承すべきメッセージ性がある構築物
また、宮城県内外の有識者からなる3.11震災伝承研究会においても、「震災遺構の保存について」 提言を行っており、且つ宮城県内の保存すべき震災遺構をリストアップしています。「震災遺構保存対象物第1回選考結果・保存候補対象物リスト」
今後は震災遺構に加えて復興過程を記録することが、震災の記憶の風化に役立つことと思います。家があったところが、基礎だけになり、更地になり、また建物が建っていく様子。防潮堤が作られ海岸の景観が変化していく様子。こうした経年変化の記録にGoogle Earthなどが果たせる役割は大きいのではないかと思っています。
最後に、被災地の風景に限らず、いまの風景をストリートビューのような形で後世へ伝承することは意義あることで、人類にとっての貴重な資産と考えています。鎌倉時代や江戸時代のストリートビューが見られたとしたらすごいですよね。この時代ではそれができないわけですが、100年後は可能かもしれないわけです。100年後の人たちが、いまの町の風景を見ているところを想像するとワクワクします。
1000年に一度と言われる震災の記録をこのような形でまとめて記録するのは、もしかしたら歴史上初めてかも知れません。このプロジェクトに関われたことをありがたく思っています。
今年の5月に仕事を辞めて、サバティカルに入っています。
分かりやすく言うと、ただのニートです。
最初の1ヶ月は日本と海外を旅してました。
最近は外界との接触を最低限に抑え、日々引き蘢っています。
なので、ランチなど奢って誘っていただければ嬉しいです笑
この前、同居人の彼女が我が家に来たとき、「あ、masaさんがいる~」と言っていましたが、
ええ、いるんですよ、毎日ですよ。
ちなみに何をしているかというと、例えばこんな感じ。
8時 起床
午前中 スタバで読書
昼食 友人とランチ、打ち合わせ
午後 食料買物、昼寝、ピアノ練習、水泳
夕食 自炊
夜 内省、ストレッチ、読書
さて、リーマンからニートになって、リーマン時代とは違う価値観で過ごしています。
今のところ、以下の2点が顕著です。
①お金と時間
リーマン時代の僕は何より時間を貴重なものだと考えていました。
お金より時間が大事という明確な優先順位を持っていたため、お金で時間を買うのが当たり前でした。
公共交通機関で行けば20分ほどの距離でもタクシーを使ったり、イベントの準備等の時間がかかる作業がある場合など、大学生バイトを個人的に雇って作業をお願いしたりもしました。
今は収入ゼロですが時間はありますので、優先順位が逆転しました。
徒歩30分で行ける場所であれば歩いて行きます。
スーパーも近さではなく安さで選びます。
食事ももちろん自炊。
言い換えれば、問題解決の手段を金銭以外のものに求めている。
他者ではなく、自己に求めているということです。
ニートになる前は想像していなかったことですが、これは理想的な生き方なので、ありがたいサプライズでした。
②明日といま
リーマン時代の僕は3年後どうなっているか、1年後どうなっているかといった、未来完了形で考え、そこから現在を捉える意識でした。
しかし、ニートになってからは明日とかまじどうでもいいです。
ニートの僕にとっては、今日、いまこの瞬間をどう充実させるかが大事です。
これも嬉しい変化なのですが、いまこの1日に集中することにより、うまく断捨離ができています。
自由な時間が限られていたリーマン時代は、あれもこれもやりたいと、優先順位の低いところまでジャムを伸ばして塗っていたのですが、自由な時間が増えたいま、逆にやりたいことしかやらなくなっています。
本来、時間がないときにこそ、そうできてるべきだったので深く反省しております・・・
断捨離したことには、主に2つに分けられます。
1つは本来優先順位が低かった趣味的なもの。例えば、アロマの調合とか、好きだけど他のことより優先順位が低いもの。好きなことだけやっていたら好きなことだけで十分になったというポジティブスパイラルで排除できているのではないかと思います。
もう1つは、リーマン・キャリアに付随していたもの。これは仕事でかかわっていた分野の勉強など、好き嫌いにかかわらずキャリア的に優先順位が高かったもの。これは仕事で関わっていた分野の勉強など。
これが断捨離されるということは、いまだけを生きる場合の優先順位と未来を生きる場合の優先順位は違っていたということになりますね。
一致している方がいいような気がしますが、それが自分の理想なのかどうか、また内省したいと思います。
いずれにしても、ニートになってからの価値観の方が、僕にとってはより優しくて人間らしい生活になっています。日本にもサバティカルが広まるといいと思ってます。
色々書きましたが、ニート的価値観なのか、僕的価値観なのかは分かりません。
ぜひ、他のニートの方にも情報発信していただきたいところです。
分かりやすく言うと、ただのニートです。
最初の1ヶ月は日本と海外を旅してました。
最近は外界との接触を最低限に抑え、日々引き蘢っています。
なので、ランチなど奢って誘っていただければ嬉しいです笑
この前、同居人の彼女が我が家に来たとき、「あ、masaさんがいる~」と言っていましたが、
ええ、いるんですよ、毎日ですよ。
ちなみに何をしているかというと、例えばこんな感じ。
8時 起床
午前中 スタバで読書
昼食 友人とランチ、打ち合わせ
午後 食料買物、昼寝、ピアノ練習、水泳
夕食 自炊
夜 内省、ストレッチ、読書
さて、リーマンからニートになって、リーマン時代とは違う価値観で過ごしています。
今のところ、以下の2点が顕著です。
①お金と時間
リーマン時代の僕は何より時間を貴重なものだと考えていました。
お金より時間が大事という明確な優先順位を持っていたため、お金で時間を買うのが当たり前でした。
公共交通機関で行けば20分ほどの距離でもタクシーを使ったり、イベントの準備等の時間がかかる作業がある場合など、大学生バイトを個人的に雇って作業をお願いしたりもしました。
今は収入ゼロですが時間はありますので、優先順位が逆転しました。
徒歩30分で行ける場所であれば歩いて行きます。
スーパーも近さではなく安さで選びます。
食事ももちろん自炊。
言い換えれば、問題解決の手段を金銭以外のものに求めている。
他者ではなく、自己に求めているということです。
ニートになる前は想像していなかったことですが、これは理想的な生き方なので、ありがたいサプライズでした。
②明日といま
リーマン時代の僕は3年後どうなっているか、1年後どうなっているかといった、未来完了形で考え、そこから現在を捉える意識でした。
しかし、ニートになってからは明日とかまじどうでもいいです。
ニートの僕にとっては、今日、いまこの瞬間をどう充実させるかが大事です。
これも嬉しい変化なのですが、いまこの1日に集中することにより、うまく断捨離ができています。
自由な時間が限られていたリーマン時代は、あれもこれもやりたいと、優先順位の低いところまでジャムを伸ばして塗っていたのですが、自由な時間が増えたいま、逆にやりたいことしかやらなくなっています。
本来、時間がないときにこそ、そうできてるべきだったので深く反省しております・・・
断捨離したことには、主に2つに分けられます。
1つは本来優先順位が低かった趣味的なもの。例えば、アロマの調合とか、好きだけど他のことより優先順位が低いもの。好きなことだけやっていたら好きなことだけで十分になったというポジティブスパイラルで排除できているのではないかと思います。
もう1つは、リーマン・キャリアに付随していたもの。これは仕事でかかわっていた分野の勉強など、好き嫌いにかかわらずキャリア的に優先順位が高かったもの。これは仕事で関わっていた分野の勉強など。
これが断捨離されるということは、いまだけを生きる場合の優先順位と未来を生きる場合の優先順位は違っていたということになりますね。
一致している方がいいような気がしますが、それが自分の理想なのかどうか、また内省したいと思います。
いずれにしても、ニートになってからの価値観の方が、僕にとってはより優しくて人間らしい生活になっています。日本にもサバティカルが広まるといいと思ってます。
色々書きましたが、ニート的価値観なのか、僕的価値観なのかは分かりません。
ぜひ、他のニートの方にも情報発信していただきたいところです。