こんにちは昌生です。


前回は、「悟りって何?」
というテーマで極論を語ってしまいました。


今日は、バランスをとるために、
少しだけぶっちゃげトークをしますね。



私はこのブログでは
ヨガの先生の仮面(ペルソナ)を付けているので、
けっこう良いこと言っちゃってます。


自分でも


「よくもまぁ次から次にでてくるなぁ」


と感心しているくらいです笑。



ただ、誤解の無いように言っておくと、、、
ブログで書いていることは、私も実践中です。


私自身は、自分はまだ奥深いヨガの世界の
スタートラインに立ったにすぎません。



正直に言うと、等身大の私は、
好き嫌いでモノを選ぶようにしているし、
かなり偏ってます。





結構抜けてるところもあります。



つい先日も、電車を乗り間違えたりしました。




そんな私ですが、ヨガの講師として、
ここまでやってくることはできたのは、
間違いなく、妻や家族の理解とサポートのお陰です。




そして、いつも来てくださる生徒さん達のお陰です。








皆に支えられてここにいます。




本当に感謝しています。





どんなに良いことを言ってとしても、
弱い自分、ダメな自分は一緒、
そんな矛盾を抱えた存在です。







でも、それでいいって思ってます。




そんな不完全な存在だからこそ
表現できることがある。



自分の弱さを認めれば認めるほど、
そんな未熟な自分を支えてくれている
周囲の人に対しての自然と感謝の念が湧いてくるし、


自分の弱さを認めれば許せば許すほど、、
同じように、他人の未熟さ、不完全を許せるようになってくる。




私たちには、
長所も短所がある。


その配合が違うだけで、
同じモノでできている。



そして、デコとボコがあるから、
他人とつながることができる。





そんな風に、思ってます。



ーーー



前置きのつもりで書き始めたら、
かなり話が飛躍しちゃいましたが、、、


それを踏まえた上で、昨日の補足です。




まず前提として、、、


「モノサシ」は持っていて、当たり前です(^^)



クリシュナムルティをモデリングして、
悟ったフリをしてみても、生きにくくなるだけです。


「悟り」を何とするかにもよりますが、
前回の文脈で言うと、


「モノサシがなくなること。」


「自分が消えて、全てがフラットになること。」


「優劣が無い」


と言うこと。


つまり、自分を超えた宇宙的(トランスパーソナル)な意識状態になるということ。


優劣がない、差別がない、というのは、

世界の裏側の名前も知らないおばちゃんと、
自分の子供の価値が同じということになります。


だから、出家者でもない私たちが、
社会で生活していく上で、モノサシを持つことは当たり前。


まずは、そんな自分をありのまま認めることが
心の成長の視点からみても重要です。



ここで、昔の記事を引用すると、、、

「人間の心の成長について。自我と無我。」
過去の記事はこちら


------------------------


ユング博士は、
「人生の前半の課題は『自我の確立』である。」
とおっしゃってます。


「トランスパーソナル」な意識状態へと移っていくためには、
まず「自我の確立」をしっかりすることが前提条件です。



①プレ・パーソナル

  ↓

②パーソナル 

  ↓

③トランス・パーソナル



①プレ・パーソナルとは、幼児期。
『自我』が確立されていないため、
周囲と自分との間の境界線が曖昧です。
周囲の環境に対して無防備な状態と言えます。
完全に『ノーガード』。
だから、親や環境からの影響をダイレクトに受けます。



②パーソナルとは、「自我の確立」の時期です。
自分と他人の間に明確な境界線をひいていきます。
この境界線がしっかりすればするほど、
周りからの悪い影響も受けにくくなります。
「自分」と「自分ではないもの」の境界線がはっきりしてくると、
「自分は自分でいい」という感覚が強まってきます。



③トランス・パーソナルとは、無私の境地。
自分という枠を超えた段階があると、博士はおっしゃってます。
ある意味、悟りのような境地かもしれません。
宇宙的な、より大きな視点でものごとを見ることができるそうです。

このような心の3つの成長段階が人間にはあります。


引用終わり---------

トランス・パーソナルの無理なく行くためには、
パーソナルと(自我の確立)をしっかりやってから。

自我をしっかりと確立していく上では、
好き嫌いで選んだり、自分の気分や欲求を認めていくことが
とても大切なこととなります。



仏教の慈悲の瞑想でも、
まず自分の幸せを祈ります。

そして大切な人、親しい人、
さらには、嫌いな人や嫌っている人、
最終的に、生きとし生けるものへと祈りを広げていきます。


まずは、自分という枠組みをしっかりつくること、
その上で、安心して無境界になることができると博士は言っています。




ちなみに、、、


ヒンドゥー教でも、
四住期というものがあります。

ーーー

学生期=師のもとでヴェーダを学ぶ時期

家住期= 家庭にあって子をもうけ、家業を繁栄させる時期

林棲期= 森林に隠棲して修行する時期

遊行期= 一定の住所をもたず乞食遊行する時期

ーーー

ヒンドゥー教でも、心理学でも、
人生の前半は自我の確立が大切であり、

本格的にヨガを深めていくのは、
人生の後半の課題であるということが言われてます。




前回の記事を読んで、


「自分なんてダメだ。」「まだまだだぁ」


という声が聞こえてきたので、


「モノサシは持っていいんだよ。それは当たり前だよ。」


ということを今回はお伝えしました。


ーーー



ただし、その上で、、、

そのモノサシが、
あまりにガチガチに偏りすぎると、
何かしら現実の問題として現れてくるようです。


その心の偏り、コワバリが、
現実に投影されて、嫌な人や、問題として現れます。


長くなってきたので、
次回につなげたいと思います★


ありがとうございました。

昌生でした。


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