半分の月が浮かんでいた。
新宿の交差点。まだまだ眠ることを知らない街の中、ビル群に切り取られた夜空にはぽつんと月が光っていた。私はそれに気を取られながらも、流れてくる人波にぶつからないように、急ぎ足で駅へ向かう。これから7日のライブに向けての練習である。
相変わらずごちゃごちゃしていてうじゃうじゃしていて、歩きにくいことこの上ない。周りの人の目がなんだかギラついて見える。まるで、己以外敵だとでも言うようだ。
気をそらすようにイヤホンに音楽を鳴らす。こうしてしまえば、有象無象の中にポツンと自分が切り離されて、周りの喧騒が気にならなくなる。温かみのない無機質な街を往くための、覚える必要のない“処世術”というやつである。
足早に人波をすり抜けて改札を通る。
早く気が置けない仲間の元へ行けないかと、定刻通りの電車に乗り込んだ。
時間は変わり、練習後。
彰人と二人、帰路につくことにした。
事務所の前はまばらな人通りとかすかな静寂。いかにも夜という雰囲気。
人工物的美しさで作られた品川インターシティを抜けて、帰りの駅へ向かう途中、ふとあるものが目に映る。
「うわ、すごっ」
思わず口から飛び出していた。
そこにあったのは、まだ気が早いんじゃないかと思うほどだが、壮大なイルミネーションだった。
時期尚早とは思いつつも、それから目が離せなかった。横を歩いていた彰人も写真を撮るほどだ。
インターシティ自体は変わらない。いつもと同じ姿のはずなのに、何故こうもイルミネーションが付け加えられるだけで目が離せなくなるのか。
壮大さ? 特別感? 夜の中に輝く光だから?
答えは分からない。もしかしたら全て起因してるかもしれない。
でも、こういうものがあるから“処世術”とやらは使いたくないのだ。
私が好きものは、こういう“些細な”日常に埋もれている綺麗なもの。
この街にはそういったものがたくさん転がっている。
喧騒は確かに嫌いだ。人波も。
でも、綺麗なものを見落とすくらいなら、少しくらいは我慢してもいいのかな。