あの日があったから〜かな① | 想いを紡ぐ 言葉書き 徳永優心

想いを紡ぐ 言葉書き 徳永優心

言葉書き ひょんあみ から 名前を変更しました。

 

 最近、少し過去の出来事を

 振り返ることがあって想いにふけたり

 してみました(笑)

 

  というのも、長い間、連絡の取っていなかった

 方から久しぶりにメールを頂き、その方の言葉に、

 そういう時間もあったよね、と思い出したから、

 

 その思い出したことを そのまま 書き残そうと

 想います。

 

 久しぶりに、とある方からメールを頂きました。 

 

 「久しぶり。fbはいつも見ているよ。

  あみって素敵な生き方してるなーって思って

  それも昔、たいへんなことを乗り越えたからの

  ものかなあ (続く・・・略)」

 

  (自分自身が素敵な生き方をしているとは

  正直あまり思ってなかったのですが、

  でも、好きなことができて、

  好きな場所にいけて、そうやって生きている

  んだなあって改めて思って、 

  そうやって生きてる人って  かっこよく見える!

  確かに!!) 

 

  と気づかせてくれました。 

 

 

 (ここから、振り返り)笑

 

  たいへんなこと だったのかな・・・

 

 

 

  19歳の春。

 

  私は、その前の年の春に高校を卒業して、

  韓国済州島に10ヶ月の語学留学をし、

  ソウルにある大学を目指そうと、再び、1年間

  語学学校に通う為に、ソウルへと旅立ったのでした。

 

  語学学校に留学して2週間、体調が何やらおかしいなと

  思いつつ、寮生活や環境の変化に少し身体がついて

  いってないだけだとおもい、しばらくしたら治るだろうと

  思っていた矢先のこと。

 

  しばらく経っても体調が戻らない私の身体を心配して、

  当時の語学学校の担任の先生が、1回病院に行こうと

  偶然、寮の目の前にあったソウル大学病院に先生と

  一緒に行くことになりました。

 

   お医者さんからMRIという頭の検査を勧められ、

  まさかの展開に私はびっくりしてMRIなんか、大げさだし

  しかも混みすぎて、夜中まで掛かるかもしれないって

  言われてたので、そんな待てないと寮に帰るつもりでいました。

 

  でもそこで、一緒についていってくれていた、担任の先生に、

  これから長い間、留学生活を送らないといけないから、今、検査を受けて

  異常がないことを確認したほうが安心して暮らせるでしょ。との

  一言に納得をしてMRIを受けることにしました。

 

   もうその時点で夜だったこと、当時の私は、韓国語があまり話せなかったので

  日本から来た、韓国語の話せる寮が一緒だった仲間二人と夜中のソウル大学病院で

  検査を待っていたことを思い出します。今考えても、待ち時間はすごく長く感じたし

  言葉もあまりわからない地での検査、相当 怖かったとおもいます。

   でも寮でも待っていてくれた仲間がいて、夜中に帰ったときにロビーで待機して

  くれていた子もいたほどで、もう連絡は取れてないけど、

  今でも感謝してもしきれないほどです。  

 

  検査が夜中だったので、結果も簡単に、まあ大丈夫だよみたいな感じで

   帰らされたので安心して、次の日、普通に授業を受けたのですが、

 

   その日の夕方、いきなり担任の先生から教室で、

  今から病院に結果を聞きに行こうと。

  言われました。 夜中に検査が終わったので、

   詳しくまた聞きに行かなきゃいけないのかなあ ぐらいの

  気持ちで担任の先生と一緒に、ソウル大学病院へ再び足を運びました。

 

  すごく若かったお医者さんに呼ばれて、先生と一緒に 検査の結果を

  聞いていたのですが、だんだん先生の表情が曇っていったことと

  お医者さんが何を言っているのかよくわからなかったのですが、

 

  「手術」「どこの国から来たのか」「日本なら今すぐ帰りなさい」

 

 と担任の先生とやりとりしていたのを 隣にいたのに、遠くの方から

 聞こえてきたような感じで耳に入ってきました。

 

   そして その場で ゆっくりと担任から

 

 「明日日本に帰って手術を受けないといけない」 と言われて、

 

  頭が真っ白になったことを 今でもはっきりと覚えています。

 

  

 次回へ続く ・・・・ 

 

 

 

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