見えない領域の定義って



人それぞれ違うと思うし、



千差万別で


定義できるモノでもないだろうなと



個人的には思っていたりします。







その中でも大きな分類で言うと



「目に見えるもの」「目に見えないもの」という括りが



割と大きな分け方としては



わかりやすいのかもしれませんが。



(見える方も結構いらっしゃるかもしれませんが)






そんなざっくりした分け方ですが、



「見えない領域」って



多分見えなくてもあるモノ、



というカテゴリーに入る分野だと思っていて、



個人的には



「この見えない世界を身近に感じたり、



もっと身近に、日々の生活や人生見にも活かせるようにしていく」



ということが



「精神性を高める」と言うことにもつながっているような気がします。







そして



見えない領域や、精神的な領域って



もっと身近にあっていいような気がしていたりもします。







空気って、目に見えないけど



必ず存在することを人類は知っているし



ラジオの電波やWIFIの電波も間には見えないけど



あることは知っていて、



愛や想いも一見見えないけど



あるってことを、大体の人は思っているし、



目に見えないけど、



何かある時は、祈ったり、願ったりしたことも



あったりするんじゃないでしょうか。









だから、見えない領域や精神的な領域も



そんな感じで、崇高なものではあったりしますが



尊重や敬意もありつつ、大事にしながらも



いつもそばにあるもの的な感じというか、



詩人的な感じだと



旅人がコンパスを道標にする感じで、



「気がついたらそばにある」



という存在として



身近にあって大切にする存在という感じがしています。







現代だと、なんかそんな感覚よりも



目に見える現実の方が、



重視されやすい傾向があって、



(もちろん目に見えることもとても大事で、現実と精神のバランスが大切だと感じます)



「なんとなく」とか「直感」みたいな感じで選ぶものより、



思考重視や忖度(損か得かとか)が選ばれやすい



傾向のような気がしていたりします。








でも、



僕的には



「見えない領域や精神的領域」っていうのは、



自分の「直感とか感覚を大切にする」



と思っていたりします。








そして、



「自分」が感じることとか、



「自分の直感や気持ち」を



少しずつでも優先したり、信じていくことで



自然と祈りに近い気持ちが出たきたり



昔から言われる



八百万の神のように



「すべてのモノには魂が宿る」という



気持ちをだんだんと肌感で感じられるようにもなったりして、



そういう心や気の持ちようが、



日々を動かしていくんじゃないかなと



思っていたりする、今日この頃です。






時々は、



自然や心地よい空間や環境や人などに触れて



自分を整えたり、自分の感覚や心の声に耳を傾けたりする時間を作ったりして



自分を大切にしてみるのもいいかもしれませんね。



 

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