この真輝の就学については決定するまで、その進捗などはブログで書くのは止めようと思っていました。

決定したときに、報告として書くつもりでいましたが、色々と考えた結果、決定する前からそのボクの考え方や、思いは書き残しておきたいと感じてきましたので、方向性や考え方も含めて書きたいと思います。


先週の20日に、就学相談センターにて真輝の就学について相談を行いました。
その後今週の25日は、さいたま市の教育委員会に属する就学の方向性を検討する場所(具体名は避けます)へも訪問し、そこでも相談を行いました。

今年の6月には、ある程度の就学の方向性は親として決定しており、その考えを説明しに行きました。

実はボクの考えている就学の指向は、さいたま市でも前例が殆どなく、相談員の方々も「非常に珍しい考え方であり、前例も少なく、どう決定して良いか迷っている」というのが現在の回答です。

これは、さいたま市特有の障害者の教育形態の考え方もあり、また、さいたま市という場所であり、さいたま市にある条例を使った新しい考え方でもあるため、まだ前例が少ないのでは?と思っています。


複雑な要因が絡み合って、1つのブログだけでは説明する事がとても困難です。
ただ、ボクは真輝の特性を考え、そして障害の状態を考えて、そしてさいたま市や埼玉県が将来的には、このような教育形態になっていくと予想(期待)をしていることもあり、その期待と将来性にかけたいと思ってボクが真輝の就学について考案した手法です。


ボクは6月の段階で、この方法を考えた時に前例が無いことは承知のうえで決めました。
ただ、ボクの考え方は決して特例ではありません。
それは、現在ある文部科学省が定めた教育方針と、さいたま市が今年の4月から制定したノーマライゼーション条例に基づき、その方法を提案しているに過ぎません。
ですから、ボクのやり方や考え方は、真輝以外でも障害児であれば誰でもできる方法です。


しかし殆どその様なケースが無い。
そして、就学を判断する専門家の方々にはこの考え方が、どのように捕らえられるのか?ということが問題として残っています。

当然のことですが、決して相談しているお相手の方や、専門家の方々を否定しておりません。
就学を全体的に判断される方々は「前例」に基づき、現在の障害の度合いを数値で見極めた結果判断しています。
そこに「将来的成長」「10年後を見据えた真輝の社会性」などを考慮し、または期待し、そしてそこに「チャレンジ」させるなどということは責任上出来ない事は重々分かっています。


ただその責任は実の父親であるボクが持つ。
問題はその情熱と、障害児の真輝に対する療育方針を明確に説明できれば良いのだと思っています。
この就学のことについては、相当の回数に分けて書くことになると思います。

ますば「序章」として書きました。

次からは具体的に書きたいと思いますが、「さいたま市」という場所と、学区の問題、そして障害者の就学に関する前提がないとかなり複雑な内容となっている為に事前に書かねばならないことがたくさん出てくると思います。
それを説明しながら、書いていきたいと思います。