ジェラシックパークは何度見ても号泣する!と語る

松尾氏となぜか仲良くなった私は、一度川崎にある

松尾氏のマンションに泊まりにいった事がある。


川崎のどの辺にマンションがあったのか、、とか・・

どんなマンションであったのか、、とか・・

どうやって寝たのか、、とか・・


何一つ思い出せない。


唯一思い出す出来事といえば・・・


散々くだらない話をし、そろそろ寝ようということになったの

だが、季節は夏場で汗もかいていたのでシャワーに入ろう

ということで、


客人である私に先に入るように松尾氏はすすめたが

松尾氏は5歳年上で会社の先輩でもあったので先に

入ってもらうことにした。


シャワーに入り、5分もしないうちにユニットバスのドアが凄い

勢いであいた。




「ドカーーーン」




その音と同時にイノシシが床に引いてあった茶色い布団に

もぐりこむ・・・



入った瞬間に、布団の左右をギュッギュッと強くつかんで

クルクルクルっと体を左右にひねりだしり、おしりをクネクネ

させたりしている。




そう・・


一瞬イノシシに見えた主は、お風呂からタオルで体をまったく

ふかず、、ボトボトの状態で布団にはいり、布団で濡れた体を

ふきだした松尾氏であった。



「松尾さん・・・・何、してるんですか!?」




「うちの家、タオルがないんです。」




タオルがない家???松尾氏は毎日布団でこうやって体を拭き

ボトボトの布団で寝ているのである。


松尾氏は布団から「ちょい」と不気味な顔をだし

体をみの虫のようにまだ左右にブルンブルンふっている。


まるで蛾の幼虫である。



「そんなことしたら布団ボトボトになって、気持ちよく寝れないでしょう。」



「でも森脇さんも今日はこの布団で寝るんですよ。」



その後の記憶がどうしても思い出せない。


思い出したくない過去は人間誰しもあるものである。














ここ2ヶ月位で一番聞いている音楽は


1位:Foo Fighters


2位:凛として時雨


3位:Asia


でしょうか。



フーファイとAsiaはLIVEに行ったことでTOP3に入っています。




凛として時雨は将来に不安を感じながらも、決して妥協すること


なく「普通でない自分」を形成していた10代後半を描いてくれます。


ギターをかきならし、悲鳴のように叫ぶTKのVoは心に痛いくらいに


響きます。


不安定な僕に強さを与えてくれるバンドです。



いつまでも尖がっていたいと願っていたあの日・あの頃と今が


交わればどんなに楽しいだろうか、、、


そして時に立ち止まり、


自分という存在を縮めて、


失いかけた時間の刹那、


また人に支えられ、


いつも最後に思うのは、未来をきずくのは自分自身であるという強さ。






★この文章はフィクションです。★

★登場人物は実在しません。 ★



私を筆頭にうちの事業部には

個性豊かなメンバーが揃っている。


その中でも愛すべき男が本日夢を叶えた。


夕食で2,000円以上のものは食べたことがないという彼に

一度食べてみたかったという新宿の高級食べ放題焼肉を

ご馳走してあげた。


「食べ放題で美味い店など存在しない」という私の自論とは

うらはらに上タン塩、上カルビ、上ロースとめちゃくちゃ美味い。


2枚目の皿になっても味は変わらずにおいしい。


当然お金は結構高いが、、高いだけのことはある。


彼が夢みてたのも理解できると言えば理解できる。




タッパー男

夢を実現させた彼は白目をむいてピッチを下げることなく

次々に肉を焼き、口にほうばる。


上記の写真は3枚を1口で平らげている写真である。



「おいおい、、どうでもいいけどペース早いよ!

 俺ら、そんなに食えないぞ」


と、アシスタントマネージャのTと私が言った。



すると夢をかなえた男はこう言った。



皆さん、持ってきてないんですか??

  僕、タッパー持って来てるんで心配

    しないでも大丈夫ですよ。

     にひひブヒョヒョヒョヒョにひひ



と不適な笑みを浮かべると同時に、Tと私が形相を変えて叱咤し

彼の愚考を止めることに成功させた。



「待ってくださいよ。

  そう言うと笑ってくれると思って、、、

    冗談ですよ・・冗談、、

     そんなことする訳ないじゃないですか。。」




と全否定していたが、帰りのエレベータでよく見ると

彼の右手には、会社の鞄と共に、紙袋をもっている。



「何持ってるの?」



と聞くと、



「なんでもないですよ。」



怪しい口調に反応した私は、強引に紙袋を

奪おうとする。


嫌がる彼だが、、紙袋はもろくもやぶれ・・・


中から飛び出したのは


深さ10センチ、縦18センチ、奥行き8センチにも

およぶ半透明の


「タッパー」


であった。


#どんなけ肉を持って帰ろうとしていたのか・・・遠慮ない

 大きさのタッパーである。



タッパーと一緒に写真をとらしてくれ!と頼んだが

当然嫌がる彼。



人が行き交う新宿を私は大声で叫んだ。



「お客様、タッパーをお忘れですよーーー」




近寄っても、彼は



「私のではないです、、」



と逃げるように帰って行ったのであった。



逃げるタッパー男1

逃げるタッパー男2


彼の前世はきっと大阪のおばちゃんだと私は確信した。















私が出会った人の中でも、一番強烈なインパクトを放っていた人といえば

松尾さん(当時29歳)であった。

私は22~23歳位だったと思う。



東京に出てきて一番最初に働いた会社は携帯電話(主にドコモ)の

一次代理店をする会社であった。

この会社、本業は内装業で上場している会社であったが、事業の多角化

をすすめていた。

携帯、、ちょっと変わったプリクラの販売・・等々、、



1997年当時、時は携帯バブルの真っ只中、松尾氏と私は

携帯の事業から一歩離れ、新規事業を命じられた。


「プリオケ」なる代物を販売し始めたのだ。



プリオケ

 ↑幻のプリクラ 「プリオケ」のカタログ



プリオケ_モデル時代

 ↑よくみると、私はプリオケのカタログに写っているのである。


「プリオケ」を語ると長くなるので、、今回は置いておいて、、



とにかく、「プリオケ」は売れない・・・



驚くほど売れなかった。


そんな中、松尾さんは当時レンタルの開始が始まった

「アナコンダ」を見たい、見たいとブツクサ言っていた。




松尾「今日こそ、早く帰ってアナコンダ借りますよ~。」



森脇「そんな面白いですか?」



松尾「僕、アナコンダ見たいな~。」



松尾さんの口調は世界のナベアツの「アホ」叫びの時、そっくりだ。



そんなある日、部長が珍しく朝礼で営業の活動内容について

キツイコメントを言い始めた。


爆弾活動量が少ない、会社にいる時間がながい、アポをとるなら

     集中しろ!わきあいあいとしゃべりすぎだドンッ




そして突然部長は松尾さんの目をギロリ目と見て言った。





部長:「松尾!お前、いったい毎日何してるんだ!

             昨日はいったい何してたんだ!」






松尾:

    「はい。アナコンダ見ました。」

   ラブラブ! (とても嬉しそうにニヤけて・・・。)ラブラブ!





部長:「誰が家に帰ってからの報告しろと言ってるんだ!!!!」






松尾さんは部長にも2・3日前から


「アナコンダ見たい」「アナコンダ持ってたら貸してもらえませんか?」

と言っていたらしい。



このようなエピソードは松尾さん伝説のほんの序章である。







再来週、いよいよ弊社初のパートナー様との

ゴルフコンペが北軽井沢(群馬)で開催されます。


本日、1位になった方に贈るトロフィーが到着しました。


ただ・・・・



箱を開けて冷や汗タラリ・・・ガーン





発注ミスでゴルファーじゃなくて




おすもうさんがのっていました。






おすもうさん



「お父さん、、ゴルフに行くっていってたのに

 アマチュアすもうの大会に出てたの!?」


って、これを家にもってかえる人は、家族の人に

言われるんでしょうね。



先に謝っておきます。




すみません。




不器用なもので・・・。