2月7日公開の「少年メリケンサック」
3月7日公開の「ヤッターマン」 の前売りチケットを
買うために有楽町に行きました。

あと、清原の男道も買うために・・。

(プロレスファンとしては当然、一家に一冊必要でしょう。)


少年メリケンサックは勢いで買ったようなもの
だけど、、本命は当然ヤッターマンでしょ!!



森脇匡紀のblog 「メガトンパンチ」-ドロンジョ


当然前売り特典のストラップもGET!でしょう。


我々世代がこれを見ないと誰が見るんだという感じです。
アニメの現在版とか興味もへったくれもありませんが
実写は別でしょ、、実写は、、

3月7日、初日に観てやりますよ。


そんなこんなで帰りに広末涼子が今回はメインの
ジェイヌードを読んでいると、、


「30代へのカウントダウン?
  わたしには無縁だと思います。」
「30代を意識するのはヤメよー会の会員第一号です!」

ときっぱり。


広末も、もうそろそろ30目前(もくぜん)なんだなぁ~と
自分が30歳を過ごした大阪時代を思い出してしまいました。

そこには、全く広末と逆の、、

30歳を意識しすぎた男がいました。


男の名前はO形剛というのですが、、


この方、私と大阪営業所を立ち上げた1名なのですが、、

当時、2人しかいなかった我々大阪営業所では
営業が私、技術スタッフがO形さんなのですが、
O形さんは、お茶だしや電話受付、佐川急便を使った
荷物の発送作業なども行ってくれていました。


O形さんは私より年上で、ちょうど大阪立ち上げの
年、2001年の誕生日に30歳を迎えるのでした。


それが本人は嫌なようで、、事あるたびに・・



「もうあと1ヶ月で30歳ですわ、、」



「あと3週間で30歳ですわ、、」



と、もう30歳を通り越して50歳位のおっさん口調で
ブツクサつぶやく日々が続いていました、、


そうこうしているうちに、いよいよあと1週間で
誕生日を迎えるO形さん、、


そんなO形さんに私はいつものように荷物の
集荷のお願いをしました。


快く佐川急便さんに電話をかけるO形さん・・・



「すみません、これから荷物の集荷を

 お願いしたいのですが、、」



そして次の瞬間、、


抱きしめたくなるほうな悲しい顔をして
O形さんは私の方を向いて受話器越しの
人にこう言いました。




「あと1週間で30ですわ・・・。」




多分、、佐川急便の電話のオペレーターは

O形さんの


「すみません、これから荷物の集荷をお願いしたいのですが、、」


に対して、、こう言ったに違いない。


「いくつですか?」


そう問いかけられたO形さんは、荷物の個数を聞かれている
とは夢にも思わず、、迷わずにこう答えたのだろう。


「あと1週間で30ですわ・・・。」


集荷手配であんたの年齢は聞かんやろう、、


これが大阪では有名なO形さんのアラサー事件である。



ちなみにO形さんは、記念すべき30歳の誕生日を
たまたま大阪に出張できていた現弊社社長と2人っきり
で過ごしたというのも笑える話である。

紅白で唯一見た、水谷豊のカリフォルニア・コネクション
が頭の中で響く中、十年来お付き合いいただいている
静岡県富士市のお客様に営業メンバーと訪問してきました。
(営業メンバーのお客様です。)


2世代(もっと前か、、)ほど前の製品をお使いいただいて
いるのですが、うちの会社もそんなに大人数いる訳ではない
ですから限られたリソースの中で、古い製品のメンテナンスと
新しい顧客確保の為にも新製品や新機能をぞくぞくと世に
出していかなければなりません。


古い製品をいつまでも使いつづけたいお客様の思いを聞きつつ
我々メーカー側の思いを誠意をこめて説明してきました。


当然ですが、直接お客様の意見を営業が聞くというのは
本当に楽しく、また今回訪問したお客様も弊社の製品を
本当に愛してくれている感が伝わり、お客様から元気をもらうと
共に、我々の本来ある強みをあらためて思い知らされました。


うちの会社は1件、1件のお客様の思いを真正面から受け止め
誠意ある対応をしてきたからこそ、「今」があるんだと、、

不器用かも知れませんが、お客様にとってはそれが新鮮且つ
すばらしい対応に思えたのかも分かりません。


今は当時から比べると随分と顧客数も増え、会社も大きくなって
きてますが、それでも決して失くしてはいけない「強み」が
大切であることを再認識させられました。

「今」の時代にあった、普通の会社ではできないうちの会社の
強みが当然ですがあるはずなのです。



三島の駅から見える富士山は、富士山自体は悠々と立ちそびえて
います。



森脇匡紀のblog 「メガトンパンチ」-富士ちゃん

↑田子の浦から携帯のデジカメでとった富士山


しかし、太陽が照る日中や夕日がふりそそぐ頃や夜では全く違った
ように色合いを変え、見るものを魅了します。

また三島から見える富士山と田子の浦から見る富士山、、私の
家から天気の良い日に時々見える富士山。

これまた同じ富士山でも見る位置によってはまったくその顔を変えます。

でも富士山は富士山なんですよね。




変わるべきものと、変わってはいけないもの。



古くからうちの会社にいる人間だからこそ、守るべきものを
しっかりと主張しなければ、、と思った次第です。


特に自分が販売したお客様は「自分が守っていく」という覚悟が
営業は大切なのだと思います。

世田谷の奥沢にあるD&DEPARTMENT に行ってきました。



森脇匡紀のblog 「メガトンパンチ」-D


大阪の南堀江に住んでいた時は、歩いて5分の距離に
D&DEPARTMENTがあったので、しょっちゅう足を運んで
いたお店だけど、良く考えたら東京に来てからは
一度も行ってませんでした。


結論から言うと、大阪をひいきする訳ではないけど
東京店からは全く何の購買意欲もそそられませんでした。
※GETしたのは、ただで置いてあった
 「TRUCKING TRUCK #2 with limArt, Tokyo」の
 ポストカード4枚のみ。



森脇匡紀のblog 「メガトンパンチ」-ポストカード


もともとD&DEPARTMENT自体、和モダンが好きな自分
からすると、ちょっと路線は外れている店なんだけど
それでも雑貨なんかは「オッ」というものがあるんだけど
それよりも、なによりも、、


D&DEPARTMENTならではの雑多な感じというか、、
事務的な商品配置がされてないことが残念でなりません
でした。
余計なお世話ですが、せっかくいいコンセプトの店なんだから
D&DEPARTMENT東京の店長は大阪店に行って、良く勉強して
きてください。


それから自由が丘に行って、CIBONE でブリキの自転車の
置物を1つ買って帰りました。



森脇匡紀のblog 「メガトンパンチ」-自転車

Photo:Masaki Moriwaki

ブリキの自転車:\1,200-

※画像をダブルクリックして、大きくしてみてくださいね。



基本的に自由が丘にあるショップも、行く所・・行く所
商品の配置とか、、しっくりこない、、


また、来ている客も自分を筆頭にダサい。

(汚い親子連ればっかり・・・。)


自由が丘に10年ぶり位に来たけれど、昔と変わらず
本当に中途半端な街だし、、歩きにくい。

インテリアショップが売りなのか、、スイーツが
売りなのか、カフェなのか、、雑貨屋なのか、、
子連れで行けるお店がたくさんあることがいいのか、、
自由すぎて、、中途半端で、、トキメキがなく疲れます。

※大体、、駅前にブックオフがある時点でNGです。


私の中での自由が丘に、何ひとつ自由はありませんでした。

※一番、楽しめるのはブックオフかも・・。

祭り上げられた街としか言いようがない、、


今から考えると南堀江って、相当楽しい街だったのかも
しれないなぁ~。

きちんと南堀江を理解した人達が、それに似合ったショップを

出している感が、まだあります。



従業員もそうですが、、


なんでもかんでも人を入れればいいと言うものではありません。


こんな景気の世の中だからこそ、今一番必要なものを見極めて

必要な人材を入れることが大切なのです。


「企業は人なり」です。


夢が夢でなくなる、、ここは東京なのです。


今日の話はここまで。



4連チャンの新年会?でちょっとお疲れな私は
昼間プールに行って、今はのんびりとiTunesを
シャッフルで聞いている。


今流れている曲は浅香唯のセシルである。


中学1,2年の頃は全員が全員浅香唯ファンだった
ような記憶である。


そんな話を東京に出てきたばかりの私はドニーチョ
松尾さんにしたことがある。


ドニーチョ松尾さんを知らない人は


http://ameblo.jp/masaking-fire/theme-10003447822.html


を読んでください。


松尾:僕は実は佐野量子の追っかけをやってたんですよぉ~
   当時のおっかけですからねぇ、、キンキラキンの格好
   をして、量子ちゃんのコンサートにいったものですよ。


松尾さんは兵庫県、三田市(”さんだ”と読む)の出身である。


ある日、松尾さんは三田のニチイ(今のSATY)に佐野量子が
くるという情報をファンクラブ通信で知ったらしい。

兵庫県の三田と言えば、今でも小山ロール以外有名なものが
ないほど、どうしようもない田舎である。


そんな三田にアイドルが来るということで、10時開店にも
かかわらず、松尾さんは朝の8時から、ありえない位
”キンキラキン”の格好をして入り待ちから狙った。


時間は過ぎる、、




8時、、8時30分、、、9時、、、



9時にもなるとニチイの従業員の人も出社してくる。

当然、松尾さんの異様な格好をみて、、ゾッとする
方も多くいたと聞く。



9時15分、、、、9時30分、、



とうとう警備員が松尾さんに近づいてきた。

多分、異様だと感じた従業員が警備員に

「気持ちの悪い人が店の前でいる、、」

と伝えたのだろう。



警備員:「お客様、今日は何か、、冠婚葬祭でございますか?」



松尾:「佐野量子ちゃんの新曲発表のイベントが今日、あるでしょ!
    それに来たんですよ!!」



警備員:「佐野量子・・・・ですか、、」



松尾:「知らないの?量子ちゃん、、」



警備員:「いや、佐野量子は知ってますが、今日そんなイベント
     あるとは聞いておりませんので。」



松尾:「そんなことないですよ、ちゃんとファンクラブ通信に
    案内がありますから」



と、松尾さんは持参していたファンクラブ通信のイベント欄を
指さした、、


すかさず警備員が放った一言・・・


「あぁ、、これ、、東京の三田(”みた”と読む)ですよ。
 ここは、、三田(”さんだ”と読む。)ですな、、」



そんな松尾さんのお兄さんは「吉野家(よしのや)」ではなく
「吉野屋(きちのや)」という名の牛丼屋を経営していたらしい。


今は当然、もう無いが・・。

今日、営業メンバーと飯を食いに行って

今の心境はこんな感じです。


===


僕はタタカわねばならない


貝に成った方がよいあれ等と
煮てさ、焼いてさ、開けたいこれ等と
溜まった砂でも吐き出すみたいな
「産まれてごめん」なんて台詞と
ふぅわりふわりでキリが無い
ピンクの象出る酩酊と
分かっちゃいるケド止められない
幾年続いた、この春と


「・・・それから・・・ほぅ・・・。」



僕はタタカわねばならない


今、存在する苦しみと
知られたくはない楽しみと
あの娘がこさえたこの染みで
汚れちまった悲しみと
書を捨てて街へ出る奴と
それらに纏わる諸々と
柱時計は壊しておいたのに
それでも来てしまった朝と


「・・・それから・・・ほぅ・・・。」


例えば、仮の事だったとしても沢山課題は残されている



僕はタタカわねばならない


ここの細道通りゃんせ
それは出来ない小心と
猫と一緒に通りゃんせ
ちゃかぼこちゃかぼこちゃかぼこと
行ったり来たりで大弱り
東西南北、上下と
線路は続くよどこまでも
末々終わらぬこの道と


「・・・それから・・・ほぅ・・・。」


今日のお話はこれまで・・・。





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by グルグル映畫館