上海旅行の第4日目(7月13日)の記録です。
いよいよ、上海の日本人合唱団「上海コールプラタナス定期演奏会2024」当日です!
開演は13:30ですが、会場の上海音楽学院にはタクシーで9:00前には到着。
上海音楽学院は、私が現役の時にも定期演奏会を行った懐かしいところ。
1927年創設の国立の音楽の最高学府。昨年亡くなった谷村新司が教授として教壇に立ち、若者たちを指導していたことでも知られています。
今回は上海コールプラタナスと同様に上海で活躍する「上海ブラスバンド」の有志メンバーのサポートもあります。ブラスの方たちは観客の入退場案内も含めた裏方も担っていただいていました。
現役の団員の皆さんは、来日メンバーの世話をしていただいたI夫妻とY夫妻、指揮者のFさん以外は私の帰国後のメンバーで、入れ替わりの速さがわかります。また、以前には少なかった中国人の団員もちらほら。みな、日本人と変わらない日本語を話す人たちです。
【日本から参加のOB・OG】
プログラムは三部構成で、ステージⅠが日中のポップスなどの「ア・ラ・カルト」で、私はその最後の曲「昴/星」と全体の最後の「ふるさと」だけ舞台に立たせていただきました。
開演前に舞台の袖から観客席を見ると満員。さらに二階席まで埋まっていて、緊張が高まります。
開演すると私は舞台の袖で待ち、「昴/星」に入る前、指揮者のFさんが上海音楽学院と谷村新司の関係を紹介している間にこっそりと舞台に上がりました。
日本で少し練習してきたものの、本番では特に2番の中国語の歌詞が老眼で良く見えずところどころ口パクになりましたが、舞台に立たせていただいたことに感謝しながら歌いました。
【ステージⅠ最初の曲「365日の紙飛行機」】
ステージⅡとⅢは観客席から見ました。
ステージⅡは、組曲「水のいのち」全5曲。現役の頃、組曲「蔵王」や難しかった「マニフィカート」などを高校の部活動のように練習した記憶が蘇ります。
ステージⅢは、ミュージカル仕立ての「レ・ミゼラブル」メドレー。みな衣装も歌劇風に工夫して、各パートのソロの方も圧巻の歌唱を披露されて、驚きました。上海ブラスの演奏も効果的で凄い舞台でした。
ミュージカル「キャッツ」からの「メモリー」には、ダンスの要素も取り入れてられていて魅了されました。
余談ですが、ステージⅡに入る前にやっと見つけた空席に座ると、隣にいた中国人のおじさんが日本語で話しかけてきました。
「舞台に出ていましたね」「2018年にもいましたね。見ましたよ」
私「えっ?」
さっきまで私が舞台に上がっていたのは多分みんなとお揃いのTシャツを着ていたのでわかったのでしょう。
私は2016年に帰国したので2018年にははいませんでしたが、きっと彼はコロナで休止する前の定期演奏会にも来ていたのだと言いたかったのだと思います。
「私はプラタナスのファンです。毎回見に来ています」
この方は私たちがいた頃から見に来ていてくれた方でした。本当にありがたい。
日中間にはいろいろ問題がありますが、こういう草の根レベルでつながる絆は誰にも断ち切ることはできないのでしょう。
最後に、指揮者のFさんの呼びかけで観客席にいた私たちOB・OGが呼ばれて舞台に上がり、みんなで「ふるさと」を合唱。実は休憩時間にFさんから「ふるさとのとき、舞台から観客をスマホで写してください」と言われていました。
舞台から写すって・・・私はテナーで前列ど真ん中なんだけど。Fさん「いいから、いいから。大丈夫。やらないと後悔するよ」
実はFさんには魂胆があったことがわかりました。「ふるさと」を歌う前にFさんが観客席に向かって中国語で、スマホのライトをつけて歌に合わせて振るよう呼び掛けたのです。
「ふるさと」を歌いだすと、満員の会場全体にスマホのライトが揺れだして、素晴らしくきれいな夢のようでした。粋な演出に感謝です。
こんな感じで定期演奏会は終了しました。
演奏会後は打ち上げ。
途中、日本から参加の私たち一人ひとり挨拶する場面があり、高揚していた私は思わず「JCP(OB・OGで構成する東京で活動する合唱団)に参加します」と公言してしまいました。みんなで歌う楽しさを思い出してしまいました。月2回の練習のうち1回をリアルで、1回はZoomで何とかなるでしょう。
【二次会会場外観はこんな感じ】
【やっぱり歌います】
二次会のカラオケにも参加して、ホテルに戻ったのは午前様。
【カラオケ外観はこんな感じ。怪しげに見えますが至って健全】
定期演奏会当日の様子を、写真を見て思い出しながら書き記しましたが、文字には表せない感動をもらいました。
やっぱり、歌って良いですね。
(続く)