今は監督の印象のほうが強いでしょうが、パリーグ初の三冠王を受賞されました。野村克也さんです。
お楽しみに!
社団法人真色 理事長 現代アート作品「My Fair Prisoners!?」作家 作家 霊能者 医師 弁護士 検察 心理学部・医学部・文学部・哲学科・理系の5種類の学者(東京大学・京都大学・大阪大学・東北大学・筑波大学・名古屋大学・慶応義塾大学・早稲田大学の名誉教授) 看護師 石の彫刻見習い(教師:耳塚信博先生) 病名命名屋・命名屋
山下眞史
今は監督の印象のほうが強いでしょうが、パリーグ初の三冠王を受賞されました。野村克也さんです。
お楽しみに!
社団法人真色 理事長 現代アート作品「My Fair Prisoners!?」作家 作家 霊能者 医師 弁護士 検察 心理学部・医学部・文学部・哲学科・理系の5種類の学者(東京大学・京都大学・大阪大学・東北大学・筑波大学・名古屋大学・慶応義塾大学・早稲田大学の名誉教授) 看護師 石の彫刻見習い(教師:耳塚信博先生) 病名命名屋・命名屋
山下眞史
衣服デザイナーの山本寛斎(かんさい)さんの寛斎(のぶよし)さんは、去年急性骨髄性白血病を患い帰らぬ人となりました。寛斎さんも生前「My Fair Prisoners!?」を頼んで下さっていたので、自分で撮影出来なくて本当に残念です。でも話だけは聴けました。
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My Fair Prisoners!?調書
囚人番号:202103092047
名前:KANSAI
懲役:76年
服役した刑務所:神奈川県横浜市
音楽:ボビー・ブラウン
映画:チャップリン全般
本:大江健三郎全般
罪:生き方がいたずら
喜:「KANSAI SUPER SHOW」が出来た時
怒:作品が思い付かない時、自分に対して
哀:白血病に罹ってしまった事
楽:「KANSAI SUPER SHOW」をやっている時
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エッセイ「KANSAI」さん
「KANSAI」は幼少期、親父に引き取られ、高知県に移った。その時期に実父の育児放棄を受けた。それがあったので、自分は絶対に子供を大事にすると誓っていた。
中学の時に同級生から制服の改造を頼まれた事が、将来を決めたと思う。それが切っ掛けで御針子もいいかなと思い始めた。とにかく自立する事を考えていた。
実母との再会が切っ掛けで、装苑賞の事を知り、洋服のデザイナーで食べて行く事を真剣に考えた。 コシノジュンコ先生、細野久先生の下で修業をして、しばらくしてから独立。「山本寛斎(かんさい)」を立ち上げた。
洋服だけでは物足りず、もっと大きな祭りがしたいと、「KANSAI SUPER SHOW」をやるようになっていった。
自分の衣服ブランドを立ち上げる事は、若い頃は考えもなかったが、今は本当に頑張って良かったと思っている。
急性骨髄性白血病になってしまった事は、予定外だったし、早々に諦めてしまった。「病名命名屋・命名屋」が主治医だったら良かったと、心の底から思う。
今は、亡くなった洋服デザイナーたちと毎日話し合い、「病名命名屋・命名屋」が死んで「学園heaven」(亡くなった方々、大天使、天使達が暮らす場所)に来た時に着させる洋服のデザイン画をせっせと描いては、服に仕上げる事をやる毎日を過ごしている。(了)
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※この方も刑期を終えました。
名前の由来ですが、やはり自分の衣服メーカーの名前が大事だという事です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
デザイナーの山本寛斎(かんさい)さんの寛斎(のぶよし)さんです。色々お聴きしました。
お楽しみに!
社団法人真色 理事長 現代アート作品「My Fair Prisoners!?」作家 作家 霊能者 医師 弁護士 検察 心理学部・医学部・文学部・哲学科・理系の5種類の学者(東京大学・京都大学・大阪大学・東北大学・筑波大学・名古屋大学・慶応義塾大学・早稲田大学の名誉教授) 看護師 石の彫刻見習い(教師:耳塚信博先生) 病名命名屋・命名屋
山下眞史
静岡県掛川市にある宮城まり子さん(本名:本目眞理子)の拓かれた「学校法人ねむの木学園」には、何度か運動会に行ったりもしました。福祉事業家です。NHKの紅白歌合戦にも出場したこともあります。初めは吉本新喜劇の女優でした。
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My Fair Prisoners!?調書
囚人番号:202103091556
名前:お母さん
懲役:93年
服役した刑務所:東京府蒲田
音楽:ディキシージャズ
映画:若大将シリーズ、チャップリン
本:「人間の証明/森村誠一」、私の子供たちの作品集
罪:自分の子供を持たなかった事
喜:「ねむの木学園」の子供たちが喜ぶ姿を見る事
怒:戦争、レイプ、重犯罪、銃犯罪
哀:自分の子供を持てなかった事
楽:「ねむの木学園」の子供といる時
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エッセイ「お母さん」さん
「お母さん」は、東京府蒲田で産まれた。世界大戦の前。まさか日本が負けるなど思っていなかった子供だった。
早くして母と死に別れ、食べて行く為に芸能界入りを決め、弟と共に芸能界に入った。 初めは吉本新喜劇。本当に楽しかった。
しばらくして歌手にならないかと誘われ、歌手デビュー。紅白歌合戦に出れた事は嬉しかったし、そのお蔭で、まとまったお金を手にする事が出来たので、身体恕者(身体障碍者)の子供たちの居場所を作ろうと、小笠郡浜岡町に、「社会福祉法人 ねむの木福祉会」を創った。例え恕者(障碍者)であっても、生きる権利は健常者と同じだという思いから、恕者(障碍者)の子供たちに芸術に触れさせて、社会的な支援を願った。賛同者も多かったので、1997年に現在の掛川市上垂木に移った。
事実婚だった吉行淳之介さんには本当に感謝している。今、死後「学園Heaven」(※亡くなった方々や大天使、天使、存在達が暮らす場所)でも婚姻関係を再開した。本当に理解ある人。ここ「学園Heaven」では、人間の上(かみ。発音は「紙」と同じ)同士が性恵交(※せいけいこう。子供を育む為の性交をいう)をしても、子供は産まれない。だから、作家の吉行淳之介さんとの子供を持てないのは残念でならない、そう「お母さん」は残念そうに言う。「でもね、堂々と「吉行」を名乗れるので嬉しいの」そう子供の様な笑顔で話す「お母さん」だった。(了)
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※この方も刑期を終えました。
名前の由来ですが、「ねむの木学園」の子供たちにそう呼ばれていたからだそうです。
また、僕は「障碍者」・「障害者」という名称が納得出来ず、新たに、「恕者(かんじゃ)」という名称を考えました。 「恕者」の方から、差別的な目や扱いをしても許しますという意図が組まれています。 これが通常になればと思っています。 そもそも、「障害者」という名称は、いわゆる「健常者」の役人が、「健常者」である自分と区別させる為に考案した名称なんです。 これを是非使って欲しくて考案しました。 「身体恕者」、「精神恕者」という名称は如何でしょうか?
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
静岡県掛川市にある「ねむの木学園」の創設者の方です。
僕は、「ねむの木学園」で行われる運動会を観に行った事があります。
お楽しみに!
社団法人真色 理事長 現代アート作品「My Fair Prisoners!?」作家 作家 霊能者 医師 弁護士 検察 心理学部・医学部・文学部・哲学科・理系の5種類の学者(東京大学・京都大学・大阪大学・東北大学・筑波大学・名古屋大学・慶応義塾大学・早稲田大学の名誉教授) 看護師 石の彫刻見習い(教師:耳塚信博先生) 病名命名屋・命名屋
山下眞史
石原プロの俳優・歌手の石原裕次郎さんは、石原プロが解散した時、一つの時代が終わったと思ったそうです。
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My Fair Prisoners!?調書
囚人番号:202103082032
名前:石原プロ
懲役:52年
服役した刑務所:兵庫県神戸市須磨区
音楽:ディキシージャズ。
映画:チャップリン全般 「二十四の瞳」(監督:木下惠介)
本:「人間の証明/森村誠一」
罪:若い頃、ボートに夢中になり、親にけっこう金を遣わせてしまった
喜:自分の名前が映画のクレジットで出た時
怒:癌にした藪医者
哀:癌に罹ってしまった事
楽:映画やドラマを撮っている時
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エッセイ「石原プロ」さん
「石原プロ」は、兵庫県神戸市須磨区で生まれ育った。兄・慎太郎とは仲が良く、二人でよく遊んでいた。 海の近くで育ったので、ディンギーヨットに興味を持ち、早くからディンギーヨットを所有していた。それは死ぬまでヨットは乗っていた。
幼い頃は兄貴と仲が良かったが、兄貴が政治と関わる様になって行くに連れ、兄貴とは距離を置く様になって行った。
映画で飯を喰って行こうと思って映画界の門を叩いたが、初めは全く売れなかった。映画 『狂った果実』に出た事が、「石原プロ」の人生を決めたと思う。
テレビドラマ「太陽にほえろ!」は楽しかった。実際の刑事の生活とは全く違う事は、刑事の実際を教えてくれた若い刑事に教わっていた。実際の刑事は、淡々と仕事を熟す人たちだった。
病には勝てなかった。最後は、これまでもかと思うくらい、病に罹った。病に罹っては復活。それの繰り返し。最後は肝臓がんだったが、何故自分ばかり病気になるのだろうと、健康な人を恨んだりもした。自分では、大した人間ではないと思っている。
「石原プロ」を作れた事が、人生で一番嬉しかった。これで自分で納得する作品を作れると思った。 最近、「石原プロ」が解散したと知り、淋しさもあるが、本当に面白いドラマを作る気概のある人間が減ったのかと疑っている。(了)
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※この方も刑期を終えました。
名前の由来ですが、やはり自分が創ったプロダクションだからというのが理由です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
一昔前ならいざしらず、今では無音の倒壊は、小さな子供でさえさほど驚きはしなくなってしまったかも知れません。すべてと言っていいほど感覚に頼る世代の感覚に、制限などは皆無なのでしょうか?感じで人を貶め、感じで殺め、感じで自らの没落から目を逸らす。
今はまるでゲームのように殺人が行われている。精神医学者によれば、自分自身の存在に価値を見出せないのが主原因だそうです。自分の存在が軽く感じられるので、他人の、第三者の存在も自分同様に軽く思えてしまう。悲しいことです。
ではそう思うようになってしまう原因とは一体なんなのでしょう?全てが不景気に原因があるとは思えません。存在が軽い。生きることが軽い。生と死は表裏一体、絶対的相対関係にあります。生が軽いのならば、当然死に対する姿勢も同じにならざるを得ない。そうなれば生き方に迷うというのならば、死に方に迷っている、不安があるということも言えそうです。
その死を連想させるものとして今失われつつあるもの、それは闇です。様々な問題の根本は、もしかしたら闇夜がなくなってきたからではないでしょうか?
この世の真っ当な暗闇は、あのエジソンのおかげで自然に手に入れられることが出来なくなってしまいました。あの自由に浮遊している雲が、太陽に光を反射して地上の温度を下げる役目を果たしているのと同様に、地球の自転によって夜の間は気温が下がります。暗闇は気温の調節もするのです。その夜は電灯によって犯されつつある。
また暗闇は恐怖、不安、死等、人々を不安にさせる役割も果たしていす。人は平穏を求めつつ、どこかで不安定を欲する不可解な生き物なのでしょう。ですから無意識のうちに、精神のバランスをとらんがため、昼間に暗黒を生み出そうとしているのかもしれません。
それにしても、エジソンは月に代わって、闇夜を半永久的に破壊する権利を人類の手に与えてしまったともいえる。まったく後先考えずにたいそうなことをしてくれたものだ。
マクルーハンのいうグーテンベルグの活字の発明が、それまでは言葉を音で認識していたものを眼で認識するようになり、記憶力の低下とともに、聴覚空間の時代から視覚世界へと移行した。そしてバランスを保っていた感覚の内、視覚にかなり負担を与えた。
それからというものの、ある程度のバランスを保っていたが、人間の感覚の外化したもの全て(マクルーハン)―の発達に伴ない、元々歪んでいた人間の本能に更なる狂いが生じ、一端淘汰でもされない限りはもとに戻らないところまで行ってしまったということだろう。環境の発達に気を取られ、自らが進化するポイントを見失ってしまったのだ。
人類の進化ということで言えば、自由論のミルによると、『交通網の発達』さえも進化の妨げになるそうだ。それが正しいとすれば、20世紀は人間の進化の妨げになることばかりやってきたということか。まあ全ての責任を文明開発者に帰結するのは、彼らの残したものに享受していることから考えると、少し気の毒な気がしないではないが。
また最近は混沌の時代だかなんだかしらないけれど、色々な方面でちょっと行き過ぎてはいないだろうか?時代は繰り返すものさ、なんだかんだいって落ち着くところに落ち着くさなどと、人間本来の理性、自己保存本能に賭けてみたい気もするが、今のままではまず勝ち目はないだろう。原因は多々あれど、これだけ個人主義が横行してしまっていては、すべてが個々の自由という聞き心地のよい言葉が邪魔をして、歯止めを利かせる術がないのではないだろうか?…」
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此れも、二十代前半に書いた随筆もどきです。完成出来ていませんが、それなりに書けてはいると判断し、汚点を晒す覚悟で見て頂きます。よろしくお願いいたします。
僕は、自分の考えを形にする事は、大学を卒業するまで、産まれてからずっとして来なかったんです。
大学四年の時、写真と出逢い、その次に、自分の考えを形にする前に、ある詩集?と出会った。三代目魚武濱田成夫さんの詩集でした。
それを見た時に、正直
「これで本になるの!?だったら俺も本を出したい!」
と思い、詩を書き始めた。
第一作目が、
「Life sucks? or You suck?」(訳:人生がつまらないのか?それとも自分がつまらないのか?)でした。
当時は、自己同一性に難があり、自分を「You」にしていたんです。暫くしてから、「You」を「I」に変更しました。
自分の詩を書き始めた時は、アイデアが次から次と出て来た。
新聞配達をしている時も、小さなノートをズボンのポケットに入れて、アイデアが湧いた時に、それを書き込んだ。
新聞配達の時間が楽しみになった。二十二年間、自分のアイデアを形にして来なかったので、次から次へとアイデアが湧いて来た。
それと言うのも、三代目魚武濱田成夫さんとトヨタ自動車の浅井祥二のお蔭です。
参考図書:拙書「たいよう十七」(社団法人真色出版部「Avec La Nature(邦訳:自然と一体)」)
皆さんも周知な言葉かと思いますが、いざ「自由とは何ぞや」と問われた時になんと答えますか?
一人旅、睡眠などの固有名詞を上げることもあれば、枠に囚われない事、自分自身でいること、のような言い方をされるかたもいらっしゃるでしょう。では自由という概念はどのようにして生まれたのでしょうか?
不自由さの感じない状況では生まれなかったでしょう。
自由を生み出す条件として不自由さが不可欠といえると思います。
「自由論」のJ.S.ミルによれば、
「人民と統治者の関係が対極にあったとき、支配者が社会の上に行使することを許された権力に対して制限を設けること、この制限が被治者の自由とされていた」
と記されています。明確な圧迫に対する抵抗、不自由な中に動き回る心、それこそが自由の第一定義ではないでしょうか?完全な自由などは死という現実の前では成立しません。
では自由を掴むためにどうすればいいのか、それは枠をしっかり認識することですではないでしょうか。
昨今騒がれている「ボーダーレスの時代」、「境界線を越えて」など「枠にとらわれない」という言葉だけが先走り、枠が何なのか、枠とは何なのかを考えることが忘れ去られているような気がします。
判断基準、責任感構築以前に、インターネットの普及で情報が氾濫している今現在。今こそ未成年者に対して、親や教師、年配者が威厳を持ち、それをしっかりと伝える時なのではないでしょうか。義務を果たしてもいないのに、自由という響きのよい名をつけた行為が氾濫しているのではないでしょうか。
往年の名ジャズピアニストのセロニアスモンクの言葉に「ジャズと自由は手に手を取って歩む」という言葉があります。
最後にそれに少し手を加えてこういう言葉はいかがでしょうか。
「FREEDOM AND OBLIGATION GO HAND IN HAND(自由と義務は手に手をとって進む)」
参考:厚生労働省、文部科学省、日本医師会、公益社団法人 日本小児科学会、公益社団法人 日本小児科医会、各都道府県の教育委員会、公益財団法人 日本臨床心理士資格認定協会、WHO、世界医師会、国際刑事警察機構
参考図書:拙書「山下眞史心理学医学哲学」(社団法人真色出版部「Avec La Nature(邦訳:自然と一体)」)
多くの人が、負けず嫌いを長所だと勘違いされている様ですが、
負けず嫌いは間違いく短所
です。
しかも、
治すべき短所
です。説明します。
負けず嫌いという事はどういう事かといえば、現実を受け止められない、
そう言い換える事が出来ますね?
ならば、
問題は、どうやって現実を受け止め切るか
ですが、それは、
あなたが本当にやりたい事と出逢う事
が出来たら、例え門外漢の事に出くわしても、又、負けても、一切気にしなくなります。
そうです、あなたが
本当にやりたい事
と出逢っていないから、下らない事でも、負けず嫌いの面が出てしまうんです。
だったら、どうやって
本当にやりたい事
と出逢うかですが、
本当にやりたくない事を、自己分析を繰り返し、知る事
です。そうすれば、
本当にやりたい事
が見えて来て、自然と負けず嫌いは治せます。
また、
本当にやりたくない事
を列挙し、それらを整理し、残ったものが、あなたが
本当にやりたい事
の可能性が大きいですから、それらをやってみる。
是非やってみて下さい。
参考:厚生労働省、文部科学省、日本医師会、公益社団法人 日本小児科学会、公益社団法人 日本小児科医会、各都道府県の教育委員会、公益財団法人 日本臨床心理士資格認定協会、WHO、世界医師会、国際刑事警察機構
参考図書:拙書「山下眞史心理学医学哲学」(社団法人真色出版部「Avec La Nature(邦訳:自然と一体)」)