アーティストという言葉の意味を英和辞典で調べてみると、『(一般的に)芸術家、美術家、特に画家、彫刻家、または策略家』とあります。

  

  しかし、言葉の意味自体は辞書にある通りですが、その言葉の認識は環境が作っている場合が多いでしょう。頂点に立ったもの同士には共通点が多い、これは皆さんもご存知なことだと思います。

 

 タイトルにある二人もそれぞれの世界で頂点を極めたとされる人たちです。「芸術派爆発だ!」故岡本太郎さんの有名な言葉はあまりにも有名で皆さんも一度は耳にされたことがあるかと思います。

 彼の著作の中に「今月の芸術」という本があります。その中で彼は

「人類は皆絵を描け」

と言うことを言っています。 

 

 またノーベル文学賞受賞した、音楽と共に詞に注目を集めるボブ・ディランさんは

「ガソリンスタンドの兄ちゃんだって詩人だよ」

と言っています。二人の云わんとすることは全く同じです。誰もが出来る簡単なこと、という意味です。

 

 評価を求めれば内省も必要不可かと思いますが、ただペンや鉛筆を紙の上で動かしてみる。何も意図せず作り出された絵や文章が心に鬱積した不安や不満を解消してくれます。

 

参考図書:社団法人真色出版部「Avec la nature」発行 拙書「たいよう十七」

 読んで字の如く、「半分信じて、半分疑う」という意味であるが、ある本に、スペイン人の先生とその生徒の話が載っていた。生徒が提出したレポートに、「半信半疑」をスペイン語に訳してあった箇所を指し、「半分疑っていることが、すでに信じるということとは矛盾しているよ」と。 

 

 よくよく考えてみればなるほど、と素直に考えさせられることである。外国語にはこれに当てはまるものはない、という。なぜならば元々約束、契約とは神とのものであり、決して疑うべきものではないからである。 

 

 日本には唯一神を信仰するものはすくなく、あるといえば戦時中に天皇が神として崇められていたくらいである。当時メディアも発達していたわけでもなく、実際に天皇の姿を見たものは少なかっただろう。キリスト、アラー、マホメットにしてももちろんのこと、現在実際には存在していない。そういう意味では、天皇を神として崇めることも難しくはなかったのだろう。

 

 現在はどうか?アメリカ軍部による天皇の人間宣言により、天皇は本来の人間に戻った。三島由紀夫のように、この事実を嘆いたものもいただろう。では他の国々、民族における神はといえばどうであろうか。それは今もって、いや未来永劫健在

 

 

 

 

・・)である。ここには大きな違いがあるのではないだろうか? 

 

 人間は弱いものである、そういうような言葉が簡単に使われているような気がする。「自分は弱い」という言葉を使っている間は、到底自分の弱さを受け入れることはできないであろう。 

 

 歌に始まり、小説、テレビ番組など道徳的なものが増えてきたような気がする。現実とのギャップを埋め合わせる術も教えず、ただ道徳を訴えるのはいかがなものか。ますます、自分の弱さを受け入れることの出来ないものが増えてゆくだろう。

 

 自分を信じられなければ、他人など信用できるわけがない。人間関係の希薄さに拍車がかかる用件ばかりそろっている。決して裏切らない、言うは安し行うは難し、である。 

 

 かと言って、信じなければ到底人間関係など築くことはできない。ではどうすればよいか。それは「半信半疑」である。絶対神のいない日本人が作り出した、苦肉の策ではないだろうか。

 

 人間は絶対ではない。自分の思いと反して裏切ってしまうこともある。しかし、そんなことを言っていては社会生活がなりたたない。だからその現実を受け入れつつ生活してきた。

 

 しかし大戦の惨敗から資本主義の導入、おおまかに物事の合理化の推進が行われてきた。アメリカ崇拝にも似た右ならえ、いや後ろに整列的な外交姿勢。さすがに神様までは輸入できなかったが、神との契約という概念の上に立つ資本主義が、神の概念のない日本でうまく根付くわけがない。いや、工夫は出来たはずだ。実際独自のものに成ってしまった、銀行はつぶれないなどをはじめ、強いものは救われるといった一見合理的なものに。

 

 そこに加えて「個人の幸福の追求の自由」というものの側面だけが、取り入れられてしまったような状況だ。当然なれない水を飲んでしまっては腹が下るのもしかたがない。 

 

 我々は風土を通して個人的、社会的に「かかわり」に入り込んでゆく、とは和辻哲郎の言葉だ。ことに人間関係においては、世界でも特徴的な気候をもつ日本において独自のものが少なくない。 中国における家族制度ともまた違った特徴がある。和辻哲郎の説によれば本来和の中に自分を見出す民族であった日本人である。無意識の中でバランスを失ってもがいているのだろう。…」 

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二十四歳の時に書いた随筆です。ここで終わっています。今から書き直すにしても、もう少し時間が欲しいところです。

参考図書:拙書「山下眞史心理学医学哲学」より 「半信半疑」 (社団法人真色出版部「Avec La Nature(邦訳:自然と一体)」)

 演歌界の大御所三波春夫はどういうつもりでいったのかはわからないが、先日テレビをつけたところ、鼻息交じりでこのセリフを叫ぶ集団が映された。某携帯会社の研修風景である。研修指導者の「お前たちにとってお客様はなんだ?」という問いに対する答えが「神様です!」であった。 

 

 日本には確固とした神様を信じるものは、特定の宗教に属していない限りいない、といっても過言ではないだろう。近頃はオウム真理教を始めとするカルトのせいで、宗教という言葉自体にアレルギーを感じているものも少なくはないだろう。 

 

 世界の主流の宗教には唯一神、また経典が存在する。多くは小さな頃から経典の教えを学び、神に絶対服従を誓う。 

 

 一方、日本にはそういう習慣はほとんどない。神にしたがうのではないのだから、個々の集団の長、年長者に従うようになる。それが日本独特の家族形式、私よりも公、地域の利益よりも家族の満足というものが生まれたのだろう。日本にボランティア、また大きくいえば民主主義が浸透しないカラクリはここにありそうだ。 

 

 少し逸れたが、唯一神、創造主の代わりに、宗教とは関係のないところで、八百万の神々が日本にはいた。その神々のいるところは、豊かな自然の中である。

 

 しかし、今や世界に誇れる日本の自然も破壊されつつある。千と千尋の神隠しではないが、人間が住む為ではなく、神々が安心して過ごせる場所がなくなりつつあるのだ。それももともと採算の取れないとわかっている公共施設、高速道路などの建築のため、というのは納得が行かない。それによって特をするのは役所と建設業者だけだ。たった一部の人間の利益のためだけに、八百万の神を含めた多くの生物の利益が奪われている。 

 

 人間誰しも、何かにすがりたいと心の底では思っている生き物だ。諸外国にはそれがある。しかし日本にそれがはない。神の存在を信じるか信じないかは、日本においては十把一からげである。 

 

 積極的な無神論者もそう多くはないだろうが、どちらかといえば神を信じていないものの方が多いのではないだろうか。 

 

 それに加えて輸入産物の個人主義。無神論的個人主義思想の最後の到達点は人神、人間が神様と考えることだそうだ。 

 

 さっき挙げた話と合わせて考えてみるとどうだろうか?お客様(消費者)に満足していただけるものを、そう謳っている企業ほど、自分たちのことしか考えていないような行動を取ってはいないだろうか?政府にしかりだ。客、国民を神様と崇めておけば、何か問題があっても「お客様(国民)のためを思って」という言葉で返して責任の所在をうやむや、ひどくなれば神様(消費者、国民)のせいにまでする。

 

 キリスト教における贖罪とは、神が人間のために身代わりになることにより、人間の罪が救われるという、キリスト教徒以外にはまったく不可解な代物である。 

 

 西洋から取り入れたもので、ものの見事に日本式になっているものがこれであり、その身代わりにさせられているのが神ではなく国民である。 

 

 大戦で負け、天皇の人間宣言があり、それを契機に幻を信じていた日本民族の連帯感が弱まった。 

 

 また、自然破壊によって倫理規範ともなっていた妖怪または八百万の神(言霊)の多くの出没場所を奪った。哲学者・和辻哲郎のいう風土、我々自身を、間柄としての我々自身を見出す風土。言葉を変えて言えば、土地、風土が人間、集団を形成する。 

 

 人間よりも先に土地があった。その地上で生物が進化を繰り返し現在の人間になり、アフリカから各地に移住したとの定説があるが、遺伝子技術の発達により、アフリカで進化して各地へ散らばったのか、各地へ散らばってから進化したのかはまだわかっていないそうだ。それはともかくとして、元は同じ人間であっても、住む場所が変わればその土地に合うように住居、食物の採取、衣服にいたるまで変えなければならない。 

 

 ギリシャには早い時期に素晴らしい哲学、芸術が生まれ、日本にはそれらが育つには時間がかかったと言われているようだ。しかし、彼に言わせればギリシャの気候は穏やかで、きわめて人間がその土地の自然を克服しやすかった。 

 

 一方日本は変化に富む気候、冬は雪、夏は台風など自然の脅威がギリシャのそれとは比べ物にならなかった。よって自然を愛するというよりも恐れ、いかに自然の脅威を克服するかということで精一杯であった。

 

 よって穏やかな気候からは自然の法則は見出せたであろうが、日本のそれは相当の年月を費やさなければならなかった。その法則が哲学の元であり、芸術の土台となったそうだ。その代わりに日本では農業の技術は世界でも眼を見張るもになった。 

 

 このように土地、気候によってその地域での集団の運営、性格が違ってくる。善し悪しも一長一短である。当然その一員である個人の性格等も、違いがあるというのは理解してもらえるだろう。自然を見れば、その土地の気候を見ればある程度の性格が把握できる、というのも肯ける。 

 

 要するに気候、自然が人間を育てているのだ。しかし、今やその生みの親である自然が姿を消しつつある今日。身体機能、精神的機能などに加え、いわゆる個性、人間関係が簡素になるのは火を見るより明らかだろう。自然という親がなければ、人間という子供は育たない。そういう観点から見て、経済廃棄物に覆われた都会に、本当に個性的な人間は育つのだろうか?

 

 余談ではあるが、ノーベル賞受賞者の幼年時代を調査したところ、ほとんどのものが自然の中で多くの時間を過ごしていたことが判明したそうだ。 

 

 都会は田舎者の集まりだとはいっても、河川や雑木林などに取って代わったコンクリートや機械類などの環境の下に長くすごしていれば関係ない。 

 

 機械類に囲まれているのは何も都会だけではない。現在の家屋だってそうだ。イギリスでは千軒以上の現代家屋を対象に空気を調べたら、なんと外にいるよりも二十から三十倍も汚染していると出たそうだ。引き篭もり人間が増えているそうだが、精神的にだけでなく、身体的にもいいことなんてなにもないのだ。 

 

 堂々と縋(すが)れるものがない、というのが原因の一つとも考えられるが、基本的に依存型の人間の多いこの国に、全ては過去の日本の先導者による政策のひずみによる責任、またはそれを黙視してきた個々の責任という極論を持ってくるのも気が引ける。ダメなものをダメというほど簡単なことはないのだ。 

 

 だとしたら今の世の中をこんな状態から脱出させるにはどうしたらよいのだろうか? さあ、たまにはパソコンを捨て町へ出よう。 (了)」 

 

これも、二十代前半に書いた、随筆もどきです。

 カメラの楽しみ方でもあります。  

 

 上記の荒木経惟さん(のぶよし。アラーキー)の写真集ですが、アラーキーさんが写す被写体表情に、荒木経惟の心の表情が写っています。

 

 そう写真を見るようになってからは、更に写真、カメラが楽しくなりました。

 

 ちなみにカメラ「コンタックス S2」です。オートフォーカスは一切使いません。それでも一切ぶれません。慣れです。練習すれば誰だって出来ます。仕事では、ストロボも使いません。

 

 現代アートの仕事はカメラを使います。お時間のある時にでも、是非過去のamebaブログ、Twitter、mixiを見て頂けると幸いです。

 

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社団法人真色 理事長 現代アート作品「My Fair Prisoners!?」作家 作家 霊能者 医師 弁護士 検察 心理学部・医学部・文学部・理系の5種類の学者(東京大学・京都大学・大阪大学・東北大学・筑波大学・名古屋大学・慶応義塾大学・早稲田大学の名誉教授) 看護師 石の彫刻見習い教師耳塚信博先生) 病名命名屋・命名屋

山下眞史

 多くの資産家が、先ず経済的な問題を解決させてから、

本当にやりたい事

を探し、経済的な問題がなくなった後に、

本当にやりたい事

を探そうとして、それが見付からず、苦しんでいる人が多くいます。

 何故苦しむのかですが、生きている実感を、なかなか得られないからなんです。

 

本当にやりたい事

は、なかなか見付かるものではありません。スポーツ文学研究者等は、

本当にやりたい事

と出逢えた幸運な人々です。 

 

欲しい物が買えれば、それがあなたの幸せなんですか?物があれば、後はいいんですか?

 

 は違うと思います。本当の幸せは、

本当にやりたい事

と出逢い、その

本当にやりたい事

のお蔭で、

経済的な問題を全て凌駕させてくれるもの

です。

本当に遣りたい事

は、

自然と必要分の稼ぎを与えてくれます。

そういうものと出逢わずに、一生を終えて本当にいいんでしょうか? 

 

 は、初めはプロサッカー選手になる事がではなく、目標でした。それが叶わずに、部活終了後、しばらく悶々とした日々を送りました。

 

 大学就職活動をしていた時に、運命的な出逢いがあった。それが、

写真カメラ

との出逢いでした。給料は、他の学生に比べたら、結構少なかったんですが、全く気にならなかった。

 

お金よりも、

自分の持てる全ての情熱生きる力を捧げ切る事

が出来る事との出逢いが、全てを変えてくれました。本当に幸運でした。 

 

 皆さんも、経済的な問題以上の

『本当にやりたい事』

を探しませんか?それは、誰にも判りません。一生を掛けてでも探し切る意志次第だとは思っています。それとの出逢いこそが、本当の幸運ではないでしょうか? 

『本当にやりたい事』

と出逢えたら、自然と生活出来るようになりますから。 

 

参考:厚生労働省、文部科学省、日本医師会、公益社団法人 日本小児科学会、公益社団法人 日本小児科医会、各都道府県の教育委員会、公益財団法人 日本臨床心理士資格認定協会、WHO、世界医師会、国際刑事警察機構

参考図書:拙書「山下眞史心理学医学哲学」(社団法人真色出版部「Avec La Nature(邦訳:自然と一体)」)

 相手に悔しい思いをさせられた時に、相手がやって来た方法を、そのままやってしまう事は、正しい方法ではありません。それは、戦争を肯定する事になります。 

 

 ですから、相手に悔しい思いをさせられた時は、相手に、やった自分が間違っていたと思わせる事が大事です。

 

 相手が感じる以上の方法で、正しくやり返せば、相手は二度とこちらには攻撃して来ないし、無駄な争いを無くす事が出来ます。 

 

 「非暴力、不服従」

こそが、正しいやり返しです。

積極的に自ら争いを止めるんです。

 

 そうすれば、相手を成長させる事も可能です。そして、無駄な争いをしない事が、相手に対して、相手にしたのが間違いだったと思わせる事が出来る方法です。 

 

 精神的に強くなれたら、「非暴力、不服従」が本当の意味で、無駄な争いを止めさせる事が出来る唯一の方法だと気付けます。その方法に気付けるまでは、多少時間が掛かるでしょうが、自己分析を徹底させれば、「非暴力、不服従」が、精神的な強さが必要な方法だと理解出来るはずです。是非、あなたから、無駄な争いを減らして行って下さい。 

 

参考:厚生労働省、文部科学省、日本医師会、公益社団法人 日本小児科学会、公益社団法人 日本小児科医会、各都道府県の教育委員会、公益財団法人 日本臨床心理士資格認定協会、WHO、世界医師会、国際刑事警察機構   

参考図書:拙書「山下眞史心理学医学哲学」(社団法人真色出版部「Avec La Nature(邦訳:自然と一体)」)

  異常に暑かった夏の日も終わりに近づき、自然の恵みを身体で感じる絶好の季節の足音も聞こえてきた。エアコンで鈍ってしまった五感を、バイクにまたがり癒してあげるのもまたおつなものだ。 

 

 どんなに走っても1万km。あえてメンテをしていないタコメーター。そこかしこにある傷や落ちないよごれが、形を変えた記憶として増えていくことはあっても、減っていくことはない。250ccのモトクロス。

 

 これを操るのは30代半ばの人情味あふれるフリーカメラマン。バイクは、時には仕事のパートナーであり、またいやなことを忘れさせてくれる最愛の友でもある。 

 

 眼の回るような忙しさから解放され、3週間の猶予ができた。

『おい、ちょっと北海道まで行くぞ!』 

10歳も歳の離れた彼女に声をかけた。付き合い始めてかれこれ2年。 

『まあ始めはわがままもよく言っていたけどさ。何を考えているのかわからなかったんだよ。途中でもうだめかなって思うときもあったけどさ。でもよく付いてきたよ、本当に』 

笑った顔は何度か見たことはある。バイク仲間とくだらない話で盛り上がっている時。でもこの時の笑いはまた違った。幸せをかみ締め、本当に嬉しそうに、でも恥ずかしそうに顔をそむける。 

 

 2人は某港からフェリーで苫小牧港へ。空の機嫌はまあ悪くない。彼女にとっては初の北海道。

『ホテルは?』

『取っているわけネエだろ。テントだよ。テ・ン・ト』

『えー面白そう!』

『はぁ?』 

このようなやり取りが到着後、感動の余韻の合間に繰り返された。そしてこれから起こる物語に期待と不安を乗せ、広大な大地を勢い良く走り出した。 

『風呂は?トイレは?』

『恥ずかしくても死にゃあしねえ』 

彼のよく言う台詞だ。そんなわけで彼女も徐々に逞しくならざるを得なかった。

『こっち見ないでよ。音も聞いたら怒るからね!』 

彼女の哀願も虚しく、人間なら誰でも逆らえない生理の音がかわいらしく、静かな大地にこだました。  

 風の流れにバイクを泳がせ走らせる。若いバイク乗りが、こともあろうに彼女をナンパしてきた。

『お姉ちゃん、そんなバイクの後ろに乗っていてケツいたくならないの?』

『わたしバイクのこと良くわかんないから。こんなもんじゃないの?』 

あっけに取られる若いバイク乗りの顔。彼とエンジンは思わず吹き出してしまった。 

 

 走り始めて1週間が過ぎた頃だった。『プスンッ』 頼りない音とともに大地に放りだされてしまった。見渡す限り緑色の地平線に、照り付ける太陽の声。

『大丈夫?』

『おう。ちょっと直すまで時間がかかるから、ほら、道路わきで寝てな』 

とは言ったものの、色々いじっても原因がわからない。骨だけになったバイク。どうにでもなれと、思い切ってキックペダルを踏むと、『・・・ブルンッブルンッ・・・』 木にもたれて眠っていた彼女を叩き起こし、急いで元に戻して隣町のガソリンスタンドまでアクセル全開。電気系統は問題なし。心配そうな彼女の顔をよそに、

『まあ死にゃあしねえ』 

彼女の方を見ると、顔に泥がこびりついていた。 

『久しぶりに風呂行くか?』

『うんっ!』 

風呂を出てすぐに、アクセル全開で目的地へ。

 

 しばらく街から離れた時のことだ。パン一個で一日半過ごし、水もペットボトルにコーヒー一杯分。道路脇へ行き、バーナーで火を熾し、普段ならあじけなくて、とても飲む気にはならないインスタントコーヒーを、バイクにもたれて二人で分け合って飲んだ。

『本当においしいね』 

これが『コイツとなら・・・』と思った瞬間だった。

 

 それから数日後、仕事の電話が入った。 

 室蘭港でフェリーに乗り込み、様々な物語をくれた大地に礼をした。『ありがとうー!』 

涙を流し、声にならない声で彼女は手を振った。フェリーが港から離れるにつれ肩の揺れも収まった。そして彼の方を向きこう言った。

『本当に楽しかったね。また連れてきてね。あーあ、喉渇いた。ビール飲んでもいい?』 

『さっきの涙はなんだったんだ?ってな。女心って訳わかんねえだろ?』 

そういってコーヒーをすする彼がまたうつむきながら笑った。女心とバイクのエンジン。調子のいいときはいいのだが・・・・。 

 

 この日の別れ際、彼はバイクにまたがり、次のバイク旅の予定と、ある言葉を残して走り去っていった。

『生きることに必要なのは、衣食住、そして【走】だ』 

彼は種田山頭火が好きだそうだ。バイクで静かな場所へ出かけ、好きな本を読む。またこれもしかりだ。 

 

(了)

 大天使マリエル(※過去7年まで記憶出来る大天使の一体。大天使は「1人」ではなく「1体」と数える)が教えてくれましたが、脳静脈奇形による脳出血で、敵意を出し入れ出来るようになったために、小さな子供に声を掛けて来る様になったそうです。

 小さな子供に声を掛けられた数は30回くらいです。 

 

 一番驚いたのは、それも脳出血後でしたが、地元で出歩いていて、家に向かっていた時です。

 

 坂を登っていたら、まだ歩き始めたくらいの小さな子供が、家から飛び出してきて、に向かって来て、抱きついて来ました。不思議に思ったんですが、その赤ん坊が出て来た家に赤ん坊を抱いて向かった。そこに父親らしき人物がいましたので、その赤ん坊を預けた。

 

 人は、自分が出している敵意が無くなると、子供が寄って来る。嬉しい事実です。少し違いますが、出歩いて、信号が全てだったこともありました。 

 

 また、脳出血後、一年を通して月初めにお御籤を引いたんですが、一回だけ中吉で、あと11か月は全て大吉だったこともあります。不思議でした。

 

参考図書:拙書「たいよう十七」(社団法人真色出版部「Avec La Nature(邦訳:自然と一体)」)

 は、大学卒業までに、小説を10冊程度しか読まなかったんです。それで事足りた。しかし、色々あって、を読む様になった。23歳の時です。

 

 恩人に、関西大学名誉教授社団法人真色の特別顧問の一人、谷沢永一さんを紹介され、それ以来本を読む様になりました。

 

 ある時に買ったに、林語堂(リン・ユータン)さん名前があり(※amebaブログプロフィール画面の、が創った指標の下の指標を創った作者です!)、それでを調べたら、このと出会いました。

 

 このの中に、こういった文章があります。ご紹介します。

 

「…、人間の退化の前兆は不衛生に存するのではなく、不衛生に対する恐怖にあるのである。」(P55)

 

世界を見渡して下さい。この言葉そのものの世界になりつつあると思いませんか? 世の中見渡しても「抗菌」商品ばかり。ですから、は22年前から、危惧していました。 

 

 不潔恐怖を憶えるのは、御死(※死生学の言葉)を感じさせるからです。 

 

 自分なり御死意味答えを出し切る事が出来れば、無駄に御死に恐怖を感じなくなります。

 

 是非、自分なり御死意味答えを出し切って下さい。それが、

この世に産まれる意味

だと思います。

 

 

 参考図書:拙書「たいよう十七」(社団法人真色出版部「Avec La Nature(邦訳:自然と一体)」)

「いい奴」 作:病名命名屋・命名屋 山下眞史

 

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 も散らつかんばかりの冬空の下。コートエリを立て、スーツを着た男がカバンを抱えて暖簾を掻き分けて入ってきた。

 

店主:「らっしゃい」

:「何にしようかな。エーと、大根とハンペン。ああ、あと酒もね」

店主:「へい、ツミレはいいのかい?」

:「ええ。ちょっと懐が淋しくてね」

 おでんの親父はコップに酒を注ぎ、箸と一緒に手渡した。

 

店主:「近頃はみんな内側が寒いって言ってるからなあ。なんとかしてもらわないとワシだって寒くなっちまうよ」

 汁飛ばなかったかい?菜箸から卵が滑り落ちた。拾いなおし皿に乗っけると、

店主:「ほらこれでも食べなよ。今日のは特によーく味が染み込んでいるからさ」

 車が走り去る風を、少しの間の背中に受け、それが一瞬寒さを促した。

 

店主:「俺もねえ、あとどの位この商売やっていられるかわかんないねえ」

:「俺もって?」

 三十代半ばの男、名前は敏夫。彼は熱い大根を頬張りながら聞いた。

店主:「いや、その、ねえ。もうすぐ定年ってやつかい?あんたは決まっているようで決まっていないというか。ワシの場合はないからなあ」

余計な事を言った、そう後悔しているおでんの親父の表情が、コップ酒のガラスに歪んだ。

:「まあ客の中には親父さんのことを羨ましがる輩もいるんだろうねえ。まるで他人事のようにねえ」

店主:「確かに他人事ではあるけどな」

:「…。親父さん、お愛想」

となりにいた若い二人組が、しんみりと立ち上がった。

店主:「えーと、じゃあ千二百円」

 二人はお金を渡すと、

:「親父さんうまかったよ。また来るよ」

そういって、屋台の後ろの自転車置き場へ消えていった。

:「あの子たちよく来るの?」

 敏夫は何気なしに聞いた。

店主:「あの子たち、ねえ。やめてくれ、子ども扱いするのは。彼らももう立派な大人なんだからさ」

 ハッとした表情をして、

店主:「すまんねえ」

おでんの親父は謝った。

:「いや、いいですよ。親父さんの言うことはもっともな話だよ。今のは私が間違っていたんだ。むしろこっちが謝らなければいけないくらいですよ」

親父は椅子の腰掛け、煙草に火をつけた。

店主:「でもね、正直ワシも子供にしか見えねえんだよ」

 敏夫は黙って耳を傾けた。

店主:「彼らはまだ独身で、もうすぐ三十路だっていってたな。でもさ、ここで話す話題ときたらなあ。こっちが心配したくなるような話しかしてないんだよ」

:「へえ。例えば?」

 コップ酒のお替りを頼んだ。

店主:「例えばって言われたら困るが、そうだなあ。例えば年金のことだとかね」

 敏夫は怪訝そうな顔をした。

店主:「2025年には老人の人口が20%を超える国がほとんどらしい。日本は2010年といわれているのは知ってるよな?どの国でも実際に高齢化社会になってくのは承知の事実だ。意図していたかどうかはわからんがね。だのに日本ぐらいだそうだ。これだけ高齢化社会に危機感を抱いているのはね」

 実際、自分も危機感を持っている敏夫は黙っていた。

店主:「なあ、どうしてだと思う?」

 親父は火の調節をしながら敏夫に聞いた。

敏夫:「そうだねえ。皆自分のことばかり考えているってことなんでしょうねえ」

 親父はびっくりした表情を、敏夫に押し付けた。

店主:「いやいや。それは間違いではない。ただもう少し違うんだと俺は思う」

 敏夫は目線を落としたままだった。

店主:「老人を邪魔者扱いしてるんだよ。でなかったらこんなに騒いだりしねえさ。大切に扱うという金メッキだな。一旦剥がせば、下はどろどろとしたもんさ」

 敏夫は、つい最近会った話を持ち出した。

敏夫:「老人を大切に思うことはいいことなんじゃないですか?それが出来ない若者が多すぎる。でも、つい最近電車の中でね、さっきいた彼らくらいのサラリーマン風情がシルバーシートに座っていたんですよ。その横には茶髪の若者の二人組み。私はその前に立っていました。私が乗った駅から2つほどしてからだったと思うんですが、おばあさんが手に本を抱えて乗ってきたんですよ」

 親父は台の上に肘を乗せ、身を乗り出してきた。

敏夫:「そしたらね、サラリーマンの彼はその老人に気が付きもせずにそのまま考え事をしているようだった。茶髪の男の子達は読んでいた漫画を閉じ、そのおばあさんに声をかけたんですよ」

店主:「へえ、それで?」

敏夫:「おばあさんは始め断っていたんですが、結局茶髪の子と席を替わり椅子に腰掛けました。それを見ていて、最近の子も捨てたもんじゃあないなと、そう思いましたよ。それに加えてサラリーマンの男ときたら情なくなりましたよ。だからさっきいた彼らにその影がちらついてしまってね。社会に出てなくともまともな人間はいるんですよね」

 敏夫は酒を一気に飲み干し、席を立とうとした。お愛想、そう言いかけたとき、

店主:「ちょっとまって」

 おでんの親父は酒を新たに注ぎ足し、俊夫を座らせた。

店主:「酒代は結構。その代わり、少し私の話を聞いていってくれ」

 ポケットからお金を出そうとする敏夫の手を抑え、とにかく座らせた。

店主:「今あんたが言ったことでどうしても聞き捨てならないことがあった。だから少しワシの話を聞いてくれ」

 親父は自分の分のコップ酒を用意すると、敏夫の横に座った。

店主:「まず、シルバーシートのことだ。あれはどう思う」

敏夫:「え?それは、そうですねえ、あって当然でしょう」

 親父は首を横に振り、ため息をついた。

店主:「あんたもそう思うのかい」

 親父の態度に当惑しながら敏夫は続けた。

敏夫:「だって考えても見てくださいよ。そうでもしなければ老人、または障害を追った方たちが迷惑するでしょう?」

店主:「なんで?」

敏夫:「だって、今の子達は自分のことしか考えていない。中にはさっき言った茶髪の子のようにしっかりと出来る子もいるでしょう。でもそれに期待は出来ない。だとしたらしやすいように用意してあげることが大人の責任ではないのでしょうか?」

 そういうと、親父さんは飲んでいた酒を噴出さん、大声で笑い出した。

敏夫:「何なんですかあなたは。失礼じゃないですか」

 敏夫は語気を強めて憤慨した。

店主:「悪りぃ悪りぃ。余りに面白かったもんで」

敏夫:「何が面白いんですか。あなたは分かっていない人だ。私、やっぱり帰ります」

 立ち上がった敏夫の手を抑え、

店主:「ちょっと待ってや。わかっていない、そう言ったかい?」

敏夫:「言いましたよ」

店主:「その今言った、わかっていない、という言葉。そう言える人はわかっていることになるよな?」

敏夫:「そういうわけではないですよ」

店主:「いやいや。だったら何故、アイツはわかっている、とか、わかっていないとかが言えるんだい?それは筋が通らないってもんだろう」

敏夫:「たしかにそうですけど」

 敏夫は言葉に詰まった。

店主:「じゃあ聞くが、わかっているというのは何のことなんだい?」

 おでんの親父は煙草のフィルターをテーブルに叩きつけ、中の草を詰めた。

敏夫:「それは・・・礼儀とか常識ですよ」

親父はしばらく黙って煙草を見つめていた+。

店主:「じゃあ質問の仕方を変えよう。シルバーシートの存在をどう思うんだい?常識なのか、それとも礼儀ってやつなのか?」

 敏夫は苦笑して酒を啜った。

敏夫:「それは常識でしょう?困っている人がいたら助ける、それがこの社会で生きていくのに必要不可欠な常識ってもんでしょう」

 一呼吸置いたあと、

敏夫:「常識って言葉が合っているかどうかは分からりませんが、まあ、そういう意識を持つ、または備えているのが人間、知性を持った人間でしょうね。ほら、あのカントも言っているじゃないですか、人間には生来的に道徳心があるってね」

敏夫はアルコールにも増して、今言った自分のセリフに酔いコップの中に映った自分をうっとり見つめていた。

店主:「カントだかなんだかしらないけどさ、知性を持った人間ねえ。それはどういった人たちのことを言うんだい?」

敏夫:「え?」

店主:「まあいい。それよりあんたゲノムは知ってるかい?」

敏夫:「ええ、なんとなくですが」

怪訝な表情を隠さず、質問の意図を促すように答えた。

店主:「ふん。ゲノムというのは生物の全遺伝子情報のことを言うんだよ。つい先日、チンパンジーと人間の遺伝子配列の差が、たった1.23%と判明したそうだ」

敏夫:「へえ、猿に近い奴が多いわけだ」

 敏夫は何気なしに言ったつもりだった。

店主:「あんたは違うのかい?」

敏夫:「私が猿だとでも言いたいのですか」

酔いとは関係なしに、敏夫の顔が見る見るうちに赤らんできた。

店主:「自分は違う、そう思いたい気持ちも分からんでもないがね。でもそれが様々な問題を引き起こしていることが多いんだよ」

敏夫は無言で見つめ、話の続きの催促を、コップを強く置くことで示した。

店主:「ただ、さっきの話だが、用意してあげるのが大人の責任と言っていたよな?」

敏夫:「ええ」

店主:「それは目に見えるものでないといけないのかい?」

 敏夫は笑い出した。

敏夫:「すみません。馬鹿にしたわけではないんです。ただあなたのおっしゃりたいことが見えなくて」

おでんの親父は急に立ち上がり、敏夫の胸倉を掴むと、辺りに聞こえんばかり大きな声で、

店主:「目に見えるものを用意するのは簡単なことなんだよ!ただ見えるから、それの存在意義があやふやになってしまうんじゃねえのかい?シルバーシートがなくても譲る心を、弱者を助ける心を伝えることを続けていけよ!それが大人のすることなんだよ!目に見えるものを用意したからって、用意できるからって責任を回避できるわけじゃあないんだよ!」

 狼狽した敏夫は奇声を上げつつ親父の腕を払い、

敏夫:「じゃ、じゃあ聞きますが、あなたはやっているんですか?」

親父は左手の拳を握り締め、殴りつけるふりをすると、すん止めをして掴んでいた胸倉から手を放し、すごんで聞いた。

店主:「なあ、あんたが行動を起こすことに、俺がやっている、やっていないは関係あるのかい?」

敏夫:「いや、それは」

 敏夫は言葉を濁した。

店主:「結局そこなんだよ。あんたがやることに俺の行動は関係ないだろ?そんな態度を子供の前で取ってみろ?人間なんて都合のいい事はな、意識している以上に無意識のうちにまねしてしまうんだよ。そんなもんさ人間なんて。いい奴なんてのは自分の事を誤解しているか、それともなんとか少しでもまともになりたいと懇願、哀願しているやつらだけさ」

二人の後ろに、わずかな時間と共に救急車が走り去っていった。

敏夫:「ありがとうございます」

敏夫は、目に涙をためて親父さんの手を握った。

敏夫:「そうなんですよ。私は何もわかっていなかった。分かった振りをしていた。今夜その事実に気が付くことが出来た。あなたは、あなたは」

 敏夫は声に詰まった。

敏夫:「とにかく、あなたの言ってくれた言葉を胸に刻み、日々精進していきます。本当に本当にありがとうございます。今夜のことは一生忘れません」

 親父は手を振り解き、

店主:「勝手なこといってんじゃねえよ。俺はあんたに感謝される覚えはない」

 そう言って立ち上がろうとした。

敏夫:「いやいや、あなたこそ素晴らしい人だ。これからも色々勉強させてください」

拳は目に見えない速さで、敏夫の頬を突き抜けた。

店主:「いい加減にしろ!勉強なんててめえでしろ!もういい大人なんだからよ」

殴った右手を振り、おでん鍋の方へ行った。

店主:「気分悪言ったらありゃしねえ。金はいらねえからとっととその薄汚ねえ面を持って帰ってくれ」

敏夫:「いえ、それは出来ません」

 そういって五千円札を出すと、

敏夫:「これは勉強させていただいたお礼だと思ってお納めください」

そういいながら頭を下げた敏夫に向かい、

店主:「おめえ人をおちょくるのもいいかげんにしやがれ。てめえのはした金なんて誰が貰うかってえの。いいからそのよれた新渡戸稲造持って帰んな!」

敏夫:「そんなこと言わないでください。それでは私の気持ちが治まりません。ですから」

 そこまで言いかけたとき、親父の手のひが敏夫の頬を捕らえた。

敏夫:「あ、ありがとうございます!」

敏夫は頬を押さえながら声を震わせ、何度も何度も会釈をして帰っていった。

 

 

敏夫の家

 

「なあ、今日素晴らしい人と出会ったんだよ。おでんやの親父さんなんだけどさ」

敏夫はスーツを脱ぎネクタイを蒲団の上に放ると、テレビを見ている妻に声をかけた。

「おい、聞いてるのか?」

「それより、いいとこ見つかったんですか?」

菓子を頬張りながら背中を向けたまま妻は答えた。

「いやなかなかいいところがなくてさ」

「早くなんとかしてくださいね。私の稼ぎなんてたかが知れてるんだし、貯金だってもうないわよ」

テレビがコマーシャルに変わると、ゆっくり上体を起こし、静かに振り返った。

「ねえあなた、子供達にいつまで黙っている?」

妻の目に映った自分の貧弱な肉体が、今日会ったおでんの親父さんにあった嬉しさで幾分か力強く見えた。

「おいしいおでんを食べさせてやるよって言っといてくれ」

「はい?」

あきれた表情を浮かべる妻を尻目に、敏夫は意気揚揚と風呂場に入っていった。

「いやあ、あの人との出会いは運命だな。こんな俺に厳しくしてくれる人は今までいなかった。意地でもあの人にしがみ付いてやるぞ。おーし」

 敏夫の鼻歌が、狭い風呂場に響き渡った。

「探し物はなんですかぁー、見つけにくいものですかぁーか」

 

 

親父の家

 

「おーしいい子だ」

足元に駆け寄ってきた猫を抱きかかえ、部屋の電気をつけた。仏壇の前に来ると、残りもののおでんを供えて線香を上げて手を合わせた。

「なあ、ちょっと聞いてくれ。今日は結構お前の味に近いのが出来たんだよ」

 膝の上に乗せていた猫をどけ、胡坐をかいた。

「評判よかったぜ。俺もここまで来てやっと味のばらつきがなくなってきたかもしれないな。ちょっと食べてみてくれ。冷めないうちにな」

押入れを空けて蒲団を敷き、テレビのスイッチをひねった。なにかのCMを見て、

「一生一緒にいてくれや、か。こいつはそんな女を見つけられたんかな。それにしてもなかなかいい面してやがる」

百年の孤独の蓋を開け、グラスに注ぐと、

「それにしてもだ、よくこんな歌恥ずかしげもなく歌えるな。てめえの女の前だけで恰好つければいいのによ」

スーツの宣伝に変わった。親父は手を見つめ、さっき殴った敏夫の、殴った後のあの歓喜に満ちた顔を思い出した。

「さっきのあいつは本当に困った奴だったな。殴られてありがとうございましたなんて阿呆だな、正真正銘の。俺は人のこと思って殴るほど人間ができてねえっつうのに。注意した事をその場で復唱しちまうし。そんなことしてたらいつまでたっても変わらないって。受け入れる事実に綺麗な色をつけちゃあいかん。なあ」

 猫を抱き寄せひざに抱えると、お皿に酒を注いだ。

「お前はいい酒しか飲まねえんだな。現金な奴だ。誰に似ちまったのかねえ。高いんだぞ、これ。感謝しろよ」

(了)

参考図書:拙書 短編小説集「現実錯誤」より