ずいぶん前ですが、親しくお付き合いしているご夫妻(鈴木夫妻としましょう)の頼みで、結婚して1年くらいの女性の相談を受けることになりました。居酒屋で鈴木夫妻と私、そして相談者の優子さん(仮名)の計4人で食事をしながら彼女の話を聞くことになりました。優子さんは20代後半でハキハキとした明るい性格の女性でした。

「実はね。優子さんは夫の明さん(仮名)との夫婦関係で悩んでいるのよ」と鈴木夫人。「事情を聞かせていだけますか?」と私が優子さんに促すと、お酒が入って口が滑らかになった優子さんが話し始めました。

「ずばり、セックスの問題なんです。結婚して1年になりますが、私一度もイッたことがないんです」
「イッたことがない???」と私が尋ねると、鈴木夫人が「つまり、絶頂感を味わったことがないらしいの」と低い声で補足しました。
「そうなんですよー。友達に聞いてみると、宙に浮くような感じだとか、お花畑に投げ込まれるような感じだとか教えてくれるんだけど・・・そういう感覚を一度も味わったことがないのです」と優子さん。
「失礼ですが、結婚前にはそういう経験はあったのですか?他の男性との間でもかまいません」
「他の男性とはそれに近いような感覚はありました。でも、夫との間ではそれに近い感覚は全くないのです」
「それって、自分勝手なセックスをする男なんじゃない? そういう男が知り合いにもいるよ。自分だけさっさとやって終わっちゃう勝手なヤツ」とすかさず鈴木さんがフォロー。
「それだけじゃなくてぇ・・・彼は卑猥なビデオを見て”一人エッチ”をしてるんです。この間、私たまたま見てしまって、すごいショックでした!」
「自慰行為だけでは不貞行為のような裏切りにはなりません。夫婦間の性交渉がなくなったとなれば問題になることもありますが・・・」
「それは、まあ普通にあるのです。でも、さっき鈴木さんが言ってたように自分勝手ですぐに終わっちゃうんです。回数さえあれば全く問題にならないのですか?」
「うーん、難しい問題です。ただ、お話を伺った範囲内では一概に明さんに非があると判断することはできません。それに、私はセックスカウンセラーじゃないので適切なアドバイスもできません。お二人でじっくり話し合われてはいかがですか?」
「それでね。悪いんだけど、荘司さんが明さんの話を聞いてやってくれないかなあ? 彼女がそういう話を始めると彼は逃げてしまうそうなんだ。弁護士は守秘義務があるからきっと彼もホンネを話すと思う。また一杯ご馳走するから、何とか頼むよ」と鈴木さんに押し切られ、優子さんの意向を明さんに伝えて彼の考えを聞くことになりました。

後日、事務所に明さんが一人でやってきました。

「ご足労をおかけして申し訳ありません。実は、優子さんから頼まれまして・・・」と、優子さんの言い分を明さんに説明しました。

「実は、僕も悩んでいるんです。優子は不感症なんです。僕がどれだけ頑張ってもダメなんです」
「え!あなたは優子さんのために努力をしているけど、優子さんの方に問題があるということですか?」
「その通りです。結婚前から僕は一生懸命彼女のために努力しました。最初の頃は時間と回数が解決してくれると思っていたのですが・・・全然ダメでした。結婚前に付き合っていた他の女性たちはものすごく感じてくれたのです。だから僕に問題があるのではなく、優子の体質の問題なのだと思います。最近は夫としての義務を果たしているだけのようで、精神的に参っています」
「表現が悪いかもしれませんが、”手を抜く”ようになったのは最近のことだで、当初は一生懸命努力していたということですか?」
「そういうことです。だから、最近は優子がそういう話をしてくると逃げるしかありませんでした。まさか、面と向かって不感症だなんて言えませんし・・・」

明さんの話を聞いた3日後、鈴木夫人同伴のもと優子さんに明さんの話の内容を伝えました。優子さんは何か言いたそうでしたが、鈴木夫人が「あなた自身でよく考えてみた方がいいわよ」と言ってくれたので、私は伝えるだけで解放されました。数ヶ月後、鈴木さんから二人が離婚したと聞かされました。

野村投信の社員だった頃、某先輩が「離婚原因はねえ。ほとんどが性の不一致なんだよ」と豪語していたのを思い出しました。「ほとんど」というのは極論でしょうが、こういうことも少なくないのでしょうねえ。



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