ご存知のように、昨年4月に「ホステスの枕営業は不貞行為にならない」という画期的な(?)判決が出されました。
この事件は、妻が夫と性交渉を続けていたホステスを相手に不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求を棄却したものです。

民法709条の不法行為によって損害賠償請求が認められるためには、同法の要件事実である、①故意・過失 ②違法性 ③因果関係 ④損害の発生という4つの要件を原告が主張・立証する必要があります。

判決文では「クラブのママやホステスが,顧客と性交渉を反復・継続したとしても,それが『枕営業』であると認められる場合には,売春婦の場合と同様に,顧客の性欲処理に商売として応じたに過ぎず,何ら婚姻共同生活の平和を害するものではないから,そのことを知った妻が精神的苦痛を受けたとしても,当該妻に対する関係で,不法行為を構成するものではないと解するのが相当である。」とし、「違法性について判断するまでもない」と断じているので、④の要件である損害が発生しなかったことを理由としているようです。

④の損害の発生を認定するにあたっては、法的保護に値する利益を侵害した場合に限るというのが従来からの通説・判例です。「悔しかった」とか「悲しかった」というのは人それぞれによって異なるので、何でもかんでも「損害」だと主張して賠償を認めることができないのは当然ですよね。本判決では、「婚姻共同生活の平穏」が法的保護に値する利益であって「妻の精神的苦痛」までは法的保護に値しないと判断したのです。

不貞行為に基づく損害賠償請求事件では、従来から「婚姻共同生活の平穏」を害したか否かが賠償責任の成否を決めるポイントとされています。例えば、別居して夫婦生活が(不貞行為以前から)事実上破綻しているようなケースでは不貞行為に基づく損害賠償請求は認められません。

「以前から夫婦生活破綻」という主張は、不貞行為に基づく損害賠償請求に対して争う被告が最も多く用いるもので、私は「破綻の抗弁」と勝手に呼んでいます(厳密に言うと「抗弁」ではありません。不法行為成立要件の③因果関係もしくは④損害の「否認」です)時として、拙著で詳しく書いたケースのように「強姦の抗弁」を主張するトンデモ弁護士もおりましたが・・・。

このように、世間を騒がせた枕営業事件は(事実のあてはめはともかく)理論上は従来からの判例を踏襲したものなのです。決して突飛な理論ではありません。

ただ、本件判断のように「婚姻共同生活の平穏を害した」という要件を狭く解釈すると、寛大な心で夫の浮気を許した妻が損をしてしまいますよね。「今回だけは許してあげる」ということで従来通りの夫婦関係が継続していれば損害が発生しなかったことになり、妻からの慰謝料請求は認められなくなってしまいます。
逆に、一回だけお茶を飲みに行ったことが許せずに離婚問題に発展したような場合には、損害が発生したことになってしまいます。(もちろん、このようなケースでは①の故意・過失や②の違法性が認められないので709条に基づく賠償請求は認められませんが・・・)

よく「どこまでいったら浮気になる?」という質問がありますよね。「お茶だけでも二人きりは許せない」「食事は論外」「二人でドライブなんてとんでもない」という回答もあれば「他の異性に見とれるのもアウト」という厳しい回答もあります。
こういう質問に対して、私は「嫉妬心を感じれば浮気かな?」と答えるようにしています。他の異性に見とれていただけでも、それによって「熱い嫉妬心」が燃えてくれば「婚姻共同生活の平穏」にヒビが入る可能性はあります。それに対し、二人っきりでドライブに行こうが旅行に行こうが嫉妬心が起こらないようであれば「夫婦共同生活の平穏」を害したことにはなりません。ま、こういう場合はすでに夫婦関係が破綻しているケースが多いのですが・・・。




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