「本当にあったトンデモ法律トラブル」で書いたように、会社は突然倒産します。ある日、会社のシャッターに「債権者各位、従業員各位」という張り紙が貼られて社長が蒸発してしまうのです。
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その舞台裏は拙著をお読みいただくとして、債務者にめぼしい資産がない場合に「指をくわえて事態を見守っている」債権者が少なくありません。弁護士に依頼されても、せいぜい勝訴判決をとって時効を停止させるくらいが関の山というのがほとんどのケースです。

A社に対して数百万円の売掛け金等の債権を持っているB社から依頼を受け、A社の社長と交渉することになりました。A社は会社と言っても家族経営に毛の生えたようなもので自宅に会社の作業場がありました。
「いやいやB社さんにはお世話になっていたので心苦しいのですが、土地も建物も銀行の担保に入っているし車もリースなんですよ。家財道具で気がすむなら持って行ってもらいたいくらいです」と、A社の社長は申し訳なさそうに言いました。
「社長、生命保険に加入していませんか?」私が尋ねると、「ええ、入っていますけど、まさか私に死ねというんじゃないでしょうね」「そんなヤクザみたいなことは言いませんよ(笑)先ほどお約束した分割返済の連帯保証人に社長個人もなっていただきましたよね。それで、恐縮なのですが、生命保険を担保に取らせていただきたいのです」「担保??? いいですよ。それで少しでも義理が果たせるのなら」

ということで、社長の生命保険金の請求券に質権を設定する契約を交わして保険証券を預かりました。質権というと町の質屋さんを思い浮かべる人が多いでしょうが、質権は民法の定める担保物件のひとつで債権を担保に取る場合にも用いることができます。
事務所に帰って契約先の生命保険会社に連絡したら、「銀行さんじゃないですよね~? こんなこと言われたのは初めてで、当社は普通の法人の質権設定を認めていないのです」「当方は御社の承諾を求めている訳ではないので勘違いしないでください。質権設定は質権者と質権設定者、つまりB社とA社社長の合意で成立するのです。質権設定契約書と念のためA社社長名の内容証明郵便が届くと思いますので、事前にご連絡をしただけのことです」
渋る保険会社の担当者を強引に振り切って、生命保険金請求券に質権を設定しました。

保険会社の担当者が言っていたように、担保目的で生命保険に質権を設定する弁護士はほとんどいないようです。しかし、質権を設定しておけば、仮に債務者が破産しても別除権として一般債権者より優先弁済を受けられるのです。債務者が協力的であるのであればためらう必要はありません。

数年後、破産することもなく無事に分割返済を終えたA社社長が事務所にやって来て言いました。「担保に入れたことが家内にバレた時は怒られましてねえ。「お父さん、死んだ時の保険まで差し出してしまったの!」って罵られ、苦しい時もあったけど必死で返済しましたよぉー。義理は通したけど、しんどい気持ちでしたよ」いささか恨みがましい小言を言われたものの、円満に質権設定契約を解除して保険会社にも連絡しました。
ところで、担保物件には二つの作用があります。一つは物の価値を把握して優先弁済を受ける作用。もう一つは「失うと困る」という気持ちを債務者に起こさせて弁済を促す作用です。
企業間のビジネスを見ていると、価値の把握はしっかりとやるのですが、弁済を促す工夫を疎かにしている法務担当者やビジネスパーソン、はたまた顧問弁護士がとても多いという印象を受けます。基本に返って二つの作用をしっかり活用するようにしましょうね。




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