この体験記は、心の病を持った多くの人たちにとって実現できていない現代日本社会のバリアフリーを目的としたものです。

人の命はいつ絶えるかわかりません。

私の命があるうちに自らの体験を公に問うことで、一人でも多くの同じ苦しみを持った人の役に立てればという目的しかありません。


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事務所内乱(?)の最中、伸子さんの代わりの新しい事務員さんを募集していた。職安(今は「ハローワーク」?)を利用して。


何人か来てくれた中で、三百合さんという笑顔の素敵な大らかそうな性格の女性がいた。

「何か資格取得でも目指しているのですか?」

「英語に興味があるので、TOEICなどを考えています」

ぼくはこれを聞いて愕然としてしまった。

ぼくの事務所は田舎の街弁で、国際業務といえば先端的な顧問先が1つあるだけだ。

司法書士、行政書士、宅建、税理士等、法律事務所の仕事が資格取得に役立つのであれば、その学費はすべて負担するのがぼくの方針だ。

勘違いしないで欲しい。

事務所の仕事に生かすために資格取得を奨励しているのでは決してない。

事務所の仕事が事務員さんの資格取得の助けになることが目的なのだ。

(大手企業は仕事の役にたつ目的で従業員に資格取得制度を設けているところがあるけど、それとは正反対だ)

何故かというと、ぼくがぶっ倒れて事務所閉鎖となったら、働いてくれている人の生活の面倒が見れなくなる。

そんな不安定な職場だから、次の職探し(場合によっては独立)に役に立つ資格の取得を応援しているのだ。

ちなみに、伸子さんはぼくに内緒で宅建試験を受けて一発合格し、京大院卒の元同級生を悔しがらせた(彼は不合格だった)。


話を戻そう。

ぼくは三百合さんに諭すように言った。

「うちの事務所は、漢字と縦書きの文字ばかりを追っているところです。英語を活用したり、英語の資格にお役に立てる仕事はまったくありません。それに月々の給料はご存知のとおりずいぶん安いですよ」

納得したように彼女は帰っていった。

ところが、その後、2度ほど彼女から採否の結果を聴きたいという電話があった。

「あなたの熱意には負けました。以前言ったような職場ですが、それでいいならきて下さい」

これが、三百合さんとの出会だった。

彼女が、その後ものすごいパワーを発揮してくれるとは、その時のぼくには想像すらできなかった。


事務スペースが3人体制(家内、伸子さん、三百合さん)になったので手狭になり、ぼくは事務所を移転することにした。

ちょうど建ったばかりの伊勢で一番新しいビルの最上階の北側の部屋を借りることができた。

裁判所からもう少し近いビルに打診したが、満室ということで断られた。

北側というのは、事務所としては最適だとぼくは思う。

賃料が安いし、冷房費は安上がりで済む。

何より、直接日差しが入ってこないので、一日中窓から一望できる景色は最高だ。

訪れた顧問先の社長が窓からの眺めを見て、

「いや~何とかと煙は高いところにのぼるといいますが、絶景ですな~」

と、悪気は全くなく(笑)誉めてくれた。


事務所を移転して心機一転のはずだったけど、ぼくは時々「うつ」の症状が出るようになった。

事務所内乱の頃からだ。

医師に相談すると、

「自責の念を持ちすぎているのです。決して自分を責めないようにして下さいね。本格的にうつの症状が出てしまうとやっかいですから」

と諭された。


しかし、ぼくは稼げる時に稼いでおかなければならない体だと信じ切っていた。

なにせ、病名がわからないのだから。

幸か不幸か、どんどんやってくる仕事(県や市の仕事も含めて)をどんどん引き受けていった。

次第に、不眠状態になってきた。

偉大な経済学者の故ジョン・K・ガルブレイスが書いていた、ホワイトカラーは24時間仕事に追われて帰宅しても寝ているときも仕事のことを考えていなければならないから大変だ、というのを改めて認識した。

ぼくの法律事務所はそれこそ典型的な零細企業と同じだ。

いや、弁護士資格を持っているぼくがいなくなれば即倒産してしまう危険をはらんでいる点では、後継者のいる零細企業よりも不安定な面がある。

中小零細企業の経営者の苦しみがとても身近に理解できた。

時限爆弾を抱えたような気分で、毎日膨大な仕事を処理していった。

5時近くになると、娘の幼稚園のお迎えに出なければならないので、制限時間内にやるべきことを全部処理した。

もちろん、伸子さんや三百合さんという有能な事務員さんの献身的努力に大いに助けられた。

当然、5時になったら事務所は即閉店。

残業や休日出勤は一切なしだ。

幼稚園に着くと、遊具や幼児たちの絵や並べられているディズニーのキャラクターグッズなどに本当に心が癒やされた。

いつも最後になってしまい、保母さんにペコペコ頭を下げてから娘を車に乗せて、しょっちゅう寄り道をして帰宅した。


司法書士の山崎先生に、

「荘司さん。秒刻みで働いているんじゃない」

とからかわれたりもしたけど、事務所閉店後の夜は山崎先生と中野先生の男3人でカラオケを楽しんだりしていた。

中野先生は、国際貨物船の船員を何年かやって、ホテルの芸能人のショーの前座で歌っていたという珍しい経歴の持ち主で、3人のカラオケは中野カラオケ教室だった。

中野先生がいつも言っていたことは、

「海のど真ん中で夜空を見上げると満天の星空が見えるんだ。それを思い出すとね、ぼくたち人間が毎日あたふたしているのがとても小さなことに思えるんだよ」

だった。


仕事の量に比例してぼくの「うつ状態」は進行していった。

朝、事務所に行くのが辛くて辛くて、途中で工事現場で働いている人たちを見ると、「いいなあ~。一日の仕事が終われば何も悩むことなく美味しいビールを飲んでいるんだろうなあ」などと、無い物ねだり、隣の芝生は青い、がピッタリあてはまるような気持ちになった。

医師に何とかならないものかと相談したら、

「この薬、試してみますか?ぼくは自分が処方している薬を全部自分で飲んで試しているのだけど、これだけは試していないのですよ」

「どうしてですか?」

「自分がはまってしまうのが怖いから」

「私ははまってしまうことはないと思います。臆病ですからはまりそうになったら即引き返してしまいます」

「じゃあ、いざという時に20分前くらいに飲んでみて下さい。いざという時にね」

ということで処方してもらった。

証人尋問の前にその薬を服用したら、驚くほどの効果だった。

頭が冴えわたり、もともと得意だった反対尋問にも更に磨きがかかった。

新しい「御守り」ができて、ぼくはとても喜んだ。

その薬の名前は、リタリンという。


(つづく)


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