この体験記は、心の病を持った多くの人たちにとって実現できていない現代日本社会のバリアフリーを目的としたものです。

人の命はいつ絶えるかわかりません。

私の命があるうちに自らの体験を公に問うことで、一人でも多くの同じ苦しみを持った人の役に立てればという目的しかありません。


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ちなみに、当時の野村投信の企画部には男女あわせて10人以上いたと思う。


隣に座っていた足立さんはとても面倒見がよくて気さくな人だった。

課長になったばかりだったので、30代前半だったと記憶している。

前に座っていたのは東工大出身でぼくと同学年の吉川くん。酒好きながら、いつも落ち着いていている冷静沈着タイプだ。

斜め前に座っていた平澤さんという女性社員は明るくかわいい女の子で、おしゃべりが大好きだった(後に日航のスチュワーデス(当時)として転職してしまった)。


企画部というのは会社の将来像を考える部署かと思っていたが、野村投信の企画部は全くそのようなことには縁のない部署だった。


杉田さんという切れ者の次長が大蔵省周りをしているほかは、ファンドの名前を考えたり、何やら数字をいじくったりしている担当者がいるくらい。

吉川くんがいつもの落ち着いた声で教えてくれた。
「どうもズレてるんだよね、この会社。というより野村全体がかな~。4年満期のファンドが2年経つと残高が激減しているだろ。これって2年間は解約できないことになってるので、解約ができるようになるとお客さんに新しいファンドへの乗り換えを勧めるんだ。その都度、手数料が入るから證券会社も投信も儲かるしくみになっている。それから、一番運用成績が高いのはインデックスファンドといって日経平均に連動しているファンドだ。早い話、ファンドマネージャーが手を加えるとリターンが低くなってしまうんだ」

なんてことだ。
ファンドマネージャーが運用するとインデックスファンドより成績が悪くなるなんて。
インデックスファンドだけ運用して販売することがお客様にとっては一番有利だということじゃないか!
證券会社は、インデックスファンドよりも運用成績の悪いファンドを途中解約させて新たなファンド(これもインデックスファンドより運用成績が悪い)を勧めて手数料を取るという”えげつない”営業をしているのか。

そして、投信会社はインデックスよりも成績の劣るファンドを運用することで儲けが出ているなんて・・・。
それを聴いてぼくはかなりくじけてしまった。


でもすぐに明るい方向に考えを改めることにした。

インデックスファンドよりも高い成績のファンドを運用できるようになれば十分に存在意義のあるファンドマネージャーということだ。
しっかり「運用ノウハウ」を身に付けて高成績が出せるファンドマネージャーになれることを目指そう。

ファンドマネージャーに憧れて転職した身としては、そう考えなければやってられないという気持ちがあった。


ある日、沢さんが野村證券で研修を受けると言ってきた。
ああ、山崎師匠が受けたという英語だけの研修のことか?それならぼくも準備をしなければ、と思っていたところ、研修参加は沢さんだけとのお達し。
隣に座っていた足立さんが人事部の堀内次長に
「荘司君はどうして研修に参加しないのですか?」
と訪ねてくれた。
「今回は・・・あちらのフロア(つまり西側)だけの研修なので・・・」
と堀内さんは言葉を濁したが、ぼくとしては納得いかなかった。
転職に際して英語の試験があったけど、試験結果は決して悪いものではなかった。

海外勤務(だったか海外留学だったか)の経験がある人に、
「この点数はすごくいいよ。社内でも滅多にいないから」
と誉めてくれたくらいだ。
英語の試験結果に問題がなかったのに、どうしてぼくだけが研修を受けられないのか?


ぼくの心の中に、考えたくもない疑惑が少しずつ大きくなってきているのを感じた。

転職面接に際して平木常務が出てきたことに対して、山崎師匠が「おれたちはみんな椿専務だったけどな~どういうことだろう?」と言っていたのを聴き、ぼくは転職を決める前に人事部長の気谷さんに念押ししたのだ。

「私はファンドマネージャーという専門職に就くために御社に転職させていただくつもりです。万一、私が東大法学部出身ということでMOF担(大蔵省周りの社員のこと。銀行などではエリートコースだったらしい)にしようと考えておらっれるのなら、今回のお話しはなかったことにして下さい」

「いやいや、決してそういうことじゃないんだよ」

という部長の言葉を信じて転職したが、もしかしてハメられたんじゃなかろうか。

入社させてしまえば何とでもなると思っているんじゃないか。

打ち消そうにも打ち消せない疑惑を抱きながら、ぼくは東側の企画部の机に座る毎日を送った。


(つづく)


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