最近、日本テレビから内定を受けた東洋英和女子大学の女子大生が、ホステスのアルバイトをしていたことを理由に内定取り消し処分を受け、それに対して日本テレビを提訴しました。


まず、内定が出されれば、解約権留保付き労働契約が成立したとするのが実務であり判例です。


卒業できなかった等の事情があれば労働契約は解約されますが(こういうのが解約権留保付きの意味です)、原則として労働契約は成立したことになるのです。

労働契約が成立すれば、(正規社員よりは権利性は薄いものの)労働者としての地位を取得します。

つまり、内定を得た時点で、(制限付きではあるものの)日本テレビと女子大生の間には労働契約が締結され、女子大生は同社の労働者としての地位を取得することになるのです。


こう考えると、「内定」ってとても強力な法的効果があることがご理解いただけると思います。


ですから、内定者であっても、正当な理由なく内定を取り消すことは解雇と同じですし、内定者は入社前の研修等に(学業に支障が出る等の事情を除き)参加する義務があるのです。

ですから、原告は「(労働者としての)地位確認の訴え」を提起しているはずです(未確認で恐縮です)。


要するに、法律的には女子大生は日本テレビの労働者になった訳だから、内定取り消しは「解雇」と同じ、そしてその「解雇」は正当な理由がなく無効なものだから女子大生は日本テレビの労働者の地位を現時点でも有している、そのことを裁判所に確認して欲しい、という訴えなのです。


できるだけわかりやすく解説したつもりですが、ここまではご理解いただけたでしょうか?

なんとなく、内定だけで労働者としての地位を得るというのがしっくりこない方がいると思いますが、他への就職機会を奪われまた内定中に研修参加義務があるのですから、法は内定者の地位をそこまで強くしたわけです。


では、ホステスのアルバイトをしていたというのが経歴詐称になるか?

そもそも、経歴詐称が解雇ともいえる内定取り消しの正当理由となるのか?

という点が問題となります。


従来の判例・通説は、経歴詐称が業務に支障をきたすような場合は内定取り消しを認めますが、そうでない場合は認めていません。

ホステスのアルバイト歴が、内定取り消しを正当化させるほどの経歴詐称となるかどうかは巷でよく議論されています。

これは就職先での業務の性格によって異なりますが、私の個人的見解としては内定取り消しの正当理由にはならないと思います。

(この点については多くの論者が書いていますので結論だけに止めます)


私がひとつだけ疑問に感じているのは、本件で女子大生側が「仮の地位を定める仮処分申請」をしているのかどうか、ということです。


仮処分や仮差し押さえというのをまとめて「保全処分」といいます。


わかりやすい例を挙げれば、貸し金を返せという訴訟を起こしても判決が出るまでには相当日数がかかります。

その間に、借りた側である被告が自宅を売却してしまうと、原告の貸し主が勝訴しても、被告である借り主がお金を返さない場合に被告名義だった家を競売にかけることはできません。

他人名義になっているわけですから。


このような「空振り」を防ぐために、事前に被告名義の家を「仮差し押さえ」して、名義を換えられないようにするのが「仮差し押さえ」という制度です。

まさに「保全処分」という名前のとおり、現状を保全するための措置なのです。


もっとも、何でもかんでも「保全処分」が認められると相手側に大変な迷惑がかかることがありますので、申立をする場合には事案に応じた保証金を裁判所に預けなければなりません。


余談になりますが、体力のない中小企業などの場合、銀行預金に仮差し押さえをかけられるととても困ります。

銀行取引約定書には、「仮処分、仮差し押さえ・・・を受けた場合、(銀行は)貸出金の一括返済を求めることができる」というような条項が入っていますので、融資している銀行としては大慌てになり、場合によっては一括返済を求めてくることもあり得ますから。


話を戻しましょう。


では、今回の内定取り消しに関して、「仮の地位を定める仮処分申請」は可能なのでしょうか?

つまり、本裁判の判決が出るまでの間、日本テレビの労働者としての(仮の)地位を認めてくれと裁判所に申し立てることができるのでしょうか?


内定者が仮の地位を求める仮処分を申請して認めれた例はいくつもあります。

もっとも、そのほとんどが、内定とはいいながらも実労しており、会社が傾きだして本裁判の判決が下るまで待っていると賃金がもらえなくなる恐れがある場合や、賃金を止められたら生活できなくなるというような場合で、まさしく「保全の必要性」がある場合です。


本件で「保全の必要性」が認められるかどうかは難しいところです。


女子大生側としては日本テレビから支給されていたとしたら研修参加費くらいで、日本テレビが倒産する危険もなければ研修参加費がもらえなければたちどころに彼女が生活に困窮してしまう訳でもありませんから。

しかしながら、本裁判が控訴審、上告審までいってしまうと、女子大生としては中途半端な身分のまま何年間かを過ごさなければなりません。

特に、女性アナウンサーの場合は、実質的な活動年齢が限られますので、1年、2年の遅れは極めて厳しいとも考えられます。

かといって、係争中の日本テレビに対して、本件女子大生を他の女性アナウンサーと同じように扱えと命じるのはいささか酷でありましょう。


結論は悩ましいというか、かなり女子大生側に不利なような気がしますが、私が彼女の代理人弁護士であれば、(本人がイヤと言わない限り)躊躇なく申し立てるでしょうね。

本件のような仮処分申請の場合、本裁判とは別の裁判官が間に立って審尋という手続が行われます。

裁判官が、両当事者の言い分を直接聴いて、その段階で和解が成立することも少なくありません。

審尋手続で、相手の(表向きではありますが)出方や方針を探ることもできます。

もし、本人が納得できるような条件が提示されて和解が成立すれば、彼女としては貴重な年数を無駄にしなくても済みます。

このように、貴重な時間をムダにできない依頼者であれば、仮処分の審尋という場を設定するのは(予想される結果はともかくとして)大きな意味があります。


当然、本裁判でも、早い段階で和解勧告が裁判所からあるでしょうが、審尋手続の裁判官とは異なりますし手続そのものも異なりますので、自ずからニュアンスの異なるものになるという期待ができます。


研修の機会がどんどん減っていくという状況に鑑みれば、期日も進行も早い仮処分申請をする意義はおおいにあると、私は考えています。



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