今回は、私が最も尊敬するわが国における家族法の第一人者であられる水野紀子東北大学教授から賜った「社会法制・家族法制における国家の介入」(水野紀子編 有斐閣)をご紹介します。


本書は、9つのトピックについてその分野のエキスパートが書いた論考をまとめたものです。

それぞれの論考自体とても素晴らしいものでした。


ただ、本書全体の大きなテーマとして、日本社会の変貌に伴って孤立する弱者になりつつある高齢者、労働者、精神障害者、DV被害者、そして保護が必要な幼い子どもたちを、従来の日本の法制度では守れないのではないか?

正義は実現されないのではないか?

という問題提起をしています。


私自身も、常日頃から、日本社会の不平等が拡大しつつある中で、従来は親族間や地域コミュニティーでなされていた「助け合い」と「監視」が急速に失われている実態について、いささかながら危機感を持っていました。


マクロ的には、グローバリズムと国家による介入を是としない市場原理主義が、日本社会に大きな歪みをもたらしました。


核家族化や非婚化、晩婚化がすすみ、かつて存在した親族間による総合扶助と相互チェック、はたまた地域コミュニティーによる相互扶助と相互チェックが、急速に失われています。


ある意味、日本の法制度は、家族や地域コミュニティーに”依存して甘えていた”面があることは否定できないでしょう。


高齢者等の扶養については、現行法は(親族間での)私的不法が原則としており、公的援助は二次的なものとされています。

しかし、昔のように大家族で生計を共にしているケースは別として、滅多に顔を合わさない親族に第一時的な扶養義務を課しても実効性が希薄になくなっているのが実情です。

その結果として、独居高齢者が餓死してしまうというような悲劇が散見されるようになりました。


労働者と企業の関係も、かつてのような運命共同体ではなくなり、弱者である労働者は強者である企業に搾取され続け、心身ともに疲弊しているのが現状でしょう。

その結果として、非婚化、晩婚化が進んでいます。


家族内でのDVや児童虐待は核家族という密室で行われ、かつてのように他の親族たちや世間の目によるチェック機能が働かないことから、ますますエスカレートしています。


日本の社会全体が急速に変化してしまった今日、欧米諸国のように家族のような私的領域に公的介入が不可欠となっています。

社会的弱者が無力に孤立化してしまう現状において、最後のセーフティネットとなるのは公的機関しかなのです。


そのような観点から考えると、現行法制度は公的介入の余地が少なすぎ、高齢者、DV被害者、披虐待児童たちの保護が後手後手に回ってしまっています。

立法論的には、もっと公的介入を推し進め、現に今困っている弱者を救済する必要があるでしょう。

マクロ的に考えれば、安心して結婚、子育てができる社会の実現のためにはレッセ・フェールではない公的援助・介入が不可欠でありましょう。


そういうことを考える意味で、本書は大変参考になる論考ばかりでした。

私個人が、普段から考えている疑問に論理的に応えてくれる内容ばかりでした。


最後の締めで、水野先生が書かれている「正義の実現」こそ、私たちが目指さなければならない最重要課題であると、深く深く感銘を受けた次第です。


専門家の書いたものではありますが、文章は平易で理解は容易です。

すべての人々に広くお勧めしたい一冊です。


私たちは、現状を正確に認識していません。

アメリカ合衆国もそうですが、飽食社会の日本で1日1食しか食べられない子どもたちがいることは、想像もできないことでありましょう。


私たちはもっと現実を直視し、主権者たる国民として将来の(極めて近い将来の)日本を変えていく必要があるとつくづく感じました。


高度成長時代に通産省や大蔵省が企業や金融機関を守ってきたのに代わって、どこの省庁とまではいいませんが、行政、司法が積極的に家族、家庭に介入していく時代になったのだと考えています。



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