脳科学者の茂木健一郎氏が、ツイッターで書いたタトゥー差別禁止が話題になっている。
茂木氏の発言は次のようなものだ。
「ワールドカップサッカーを見ていると、タトゥーをしている選手なんて、普通にいる。タトゥー、刺青は入浴お断り、という不当な差別をしている限り、日本の温泉の世界遺産登録は無理だね」
このつぶやきに対して多くの人々から批判が出ているが、「一緒に入浴すると恐い」とか「見たくない」という自分本位の立場からの批判がやたらと多いような気がする(多すぎるので全部に目を通してはいないが・・・)。
温泉の経営者の立場からの反論があまり見受けられない。
そもそも、温泉旅館等には営業の自由があり、自己の運営する施設で一定の制限を設けるのは原則として自由だ。
現に、高級フレンチレストランでは、上着とネクタイを着用しないと入店できない店もある(現在でもネクタイ着用まで要求しているかどうかは確認していない)。
温泉経営者が、刺青解禁にしてしまうと、暴力団関係者の保養所として頻繁に利用され、一般客が遠のいてしまうのではなないかと危惧するのは当然のことだ。
予約段階での事前チェックなど到底できない。
暴力団関係者は、「○○協会」「××福祉の会」のような無難な名称を使用して予約するからだ。
予約を受け付けてしまった以上、黒服、サングラス、刺青の団体が押し寄せてきても、宿泊や入泉を断ることは事実上不可能だ。
では、日本全国の温泉が「刺青解禁」つまりタトゥー差別禁止をいっせいに行ったらどうなるか?
そうなると、「温泉に暴力団関係者が自由に出入りできるようになった」と大々的に報じられ、温泉経営者たちにとっては風評被害も相まって経営上の大打撃を受ける恐れがある。
このような状況になれば、抜け駆けをした温泉が一番得をする。
「当温泉では、刺青禁止にしております」
というのが大きなセールスポイントになるからだ。
これはまさにゲーム理論であり、抜け駆けをする温泉がでると、他の旅館も間違いなく「刺青禁止」の措置をとることになるだろう。
かくして、全ての温泉旅館は刺青禁止で協調ということで落ち着く。
茂木氏は「タトゥー自由の浴場と禁止の浴場に区別すればいい」というつぶやきもしているようだが、浴場を区別することに伴うコストとリスク(工事費はもちろん、区別できない広さであったり、区別することによってセールスポイントである広さがなくなる等)を全く度外視した非現実的かつ幼稚な意見としかいいようがない。
どこの国や地域にでも、多かれ少なかれローカルルールというものがある。
その理解を求めるための情報発信がまず必要であると私は考える。
残念ながら、日本では観光客を対象とした親切なサイトがない。
韓国にはとても親切な観光客用のサイトがあるそうだ。
そのようなサイトを政府主導で作って、
「日本の温泉では、従来はタトゥーがヤクザの象徴であったという不幸な経緯があるので、タトゥーを入れている人は大浴場への入浴が禁止されているところがほとんどです。しかし、個別の部屋のバスルームにも同じ温泉が引かれているので効用は十分楽しめます」
というようなガイダンスを入れるべきだろう。
なお、銭湯では、
「反社会的勢力の方の入浴をお断りしています」
という張り紙があるので、それと同じにすればいいという意見があり、茂木氏もこの考えに理解を示しているかのように読めるが、これこそ味噌も糞も一緒にしてしまう暴論だ。
そもそも銭湯は、公衆衛生を確保するという公益上の理由で「水道料金の減免」や「補助金の交付」という、公的機関からの優遇措置を受けている。
このような優遇措置は不当だという見解もあるが、今日でも風呂なしアパートなどに住んでいる人々や定まった住居を持たない人々が相当数存在する。
もし優遇措置がなくなれば多くの銭湯は廃業を余儀なくされ、風呂に入れない人が増加し、公衆衛生上大きな問題が発生する恐れが高い。
余談ながら、日本は世界に冠たる衛生先進国であり、その副作用として多くの日本人の抵抗力が低下しているそうだ。
途上国に行って、庶民と同じ食事をすると体調を崩す日本人が多いことには、日本が衛生先進国だという背景がある。
このように、銭湯に公金が投入されている以上、入浴における不平等扱いを必要最小限にしないと、公金投入が憲法14条(法の下の平等)に反してしまう恐れがある。
このように、公益上の目的で公金が投入されている銭湯と、観光施設である温泉を混同してしまうのは、あまりにも初歩的な間違いと言わざるを得ない。
もとより茂木氏の最初の発言は、現状では世界遺産登録は無理だというものであって、差別をやめろというものではない。
タトゥー禁止を維持したままで温泉を世界遺産登録を目指すのであれば、今度は温泉側に説明責任が課されることになるのは当然である。
「タトゥーがヤクザの象徴であったという歴史的事実と日本人の意識」「個室にも治療効果が同じ温泉が引かれている」・・・等々、をいかに説得的に説明するか、そしてそれを審査する側が納得するかの問題ということだ。
もっとも、ツイッター上のやりとりを見ていると、当の茂木氏自身が「差別はけしからん」という態度に変わっているかに思える(もしくは最初からそういう意図だったのか)。
そうだとしたら、私は今日の日本において温泉経営者たちがタトゥー禁止をしたとしても、何ら問題はないと考えている。
少なくとも、日本人の社会的認識がタトゥーに違和感を感じないようになるまでは、差別不当と考える茂木氏の意見には反対だ。