今回は、相手との物理的な距離という観点から「説得術」「誘い方」などについて考えていきたいと思います。


アメリカの文化人類学者であるエドワード・ホールは、相手との関係と距離感を以下のように分類しています。


1 密接距離  0~45センチ 身体に容易に触れることができる距離。


2 個体距離  45~120センチ 2人が共に手を伸ばせば相手に届く距離。


3 社会距離  120~350センチ 身体に触れることができない距離。


4 公衆距離  350センチ~ 講演会や公式の対面のときにとられる距離



これらの中で、1の密接距離のことを一般に「パーソナルスペース」と呼ばれています。

動物の「なわばり」意識に起因するものだそうです。

個人差はありますが、一般的に、「好ましい相手」がパーソナルスペースに入ることは当人にとって安心でき、「好ましくない相手」が入ってくると不安を感じるそうです。


また、どちらかというと、男性の方がパーソナルスペースに敏感に反応する傾向が強いと言われています。

動物でも、雄の方が「なわばり意識」が強いからでしょう。


パーソナルスペースは、男性の場合は前後が長い卵形、女性の場合は円形になっています。


能書きはこのくらいにして、実際にあなたの経験を伺いましょう。


満員のエレベーターの中で知らない人に囲まれている時、ドアの上にある点灯するフロアの表示に目をむけることはありませんか?


周囲が知らない人ばかりの満員電車に乗っているとき、携帯など見る物がないと、電車内の電光表示や広告に目を向けていることはありませんか?


おそらく、ほとんどの人が、多かれ少なかれそのような行動をしていると推測されます。


これは、自分のパーソナルスペースに知らない他人が入ってきている不快感を、他のものに注意を払うことによって無意識的に緩和しているのです。


このように、個人差はあるものの、人間は誰しもパーソナルスペースというものを持っています。


ここまではご理解いただけましたね。


では、更なる質問です。


合コンでも社内の飲み会でもけっこうです。

お目当ての異性がいたとしたら、正面に座った方がいいでしょうか?

それとも、隣の席に座った方がいいでしょうか?


もうおわかりですよね。

隣の席のほうがあなたのとって好ましい状況です。

よほど変わった作りでない限り、テーブルを挟んで正面に位置するよりも、肩がぶつからないまでも隣のほうが距離が近いからです。


ですから、男性でも女性でも、お近づきになりたい相手がいる場合は、できるだけ隣に座るようにしたほうが効果的なのです。


居酒屋やバーに一緒に行くなら、カウンターに座るべきでしょう。

車でドライブというのもいいですね(後部座席に乗せない限り)。

デートに映画が多いのも、無意識的にパーソナルスペース効果を利用しているのかも知れません。

策士の女性などは、自分の携帯電話の画面を相手に見せるなどして、さりげなく相手のパーソナルスペースに入っていくこともあるようです。


遠くから眺めているだけでは決して恋は成就しません。

しっかり相手のパーソナルスペースに入り込みましょう。

心理学的には、人間というものは、距離が近い相手に対して親近感を抱くようになるので、相手のパーソナルスペースに頻繁に入ることはとても効果的なアプローチなのです。


もっとも、嫌いな異性がパーソナルスペースに入ってくることは、男性、女性、いずれにとっても大変不愉快なものです。


一度、相手のパーソナルスペースに入ってみて、相手があなたとの距離を広げようとする仕草が感じられたら、早々に退散することをお勧めします。

無理強いをすると、セクハラと思われる恐れがありますし、決して相手の態度が翻ることはないでしょうから。


さて、そろそろ恋愛指南からビジネスに話しを変えましょう。


先に、男性はパーソナルスペースを強く意識する傾向があると書きました。


ですから、初対面ですぐにパーソナルスペースに入ることはお勧めできません。これは、女性同士であったとしてもです。


しかし、ある程度親しくなれば、パーソナルスペースに入ることによって親密さを強めるという効果はあります。


男性も女性もそうですが、同性同士で2人で飲みに行ったとき、カウンターで飲むのと、1対1で正面に座って飲むのとでは、どちらが盛り上がることが多いでしょう?


これは、相手とのそれまでの付き合いや印象によって異なりますが、一般的にはカウンターに座って飲んだ方が親近感が湧いて盛り上がることが多いそうです。


取引先のキーマンと飲食をする機会があるようでしたら、内密の話でない限り、ドラマ「相棒」に出てくる「花の里」のようなカウンターで話しをするのは極めて効果的です。

美人のおかみさんや、ダンディーなマスターが上手に話の合間を縫ってくれれば完璧でしょう。


このように、最初は若干違和感があっても、アルコールが入ってリラックスしてくれば、お互いのプライベートスペースに入り合うことによってまさに「裸の付き合い」ができるようになります。


部下を叱るときにも、この方法は有効です。


上手な上司は、まず正面に部下を立たせるなり座らせるなりして、叱るべきところを叱ります。

叱り終えたら、すっと部下の横に移動して(さりげなく部下のプライベートスペースに入り込んで)、肩を叩くなどしながら「君には期待しているんだから」という一言を忘れないそうです。

たったこの動作ひとつで、部下のモチベーションはグンとあがるのです。


大昔の話ですが、故三木元首相は、説得上手で有名だったそうです。


ソファで正面を向き合いながら「理」を説き、相手が落ちそうなると相手の横の席にスッと移動して「どうだ君!一緒にやろうじゃないか」などといって相手の膝をポンと叩いたそうです。


「理」を説き「情」で落とす・・・今日まで語り続けられた逸話です。