日本国憲法38条3項

「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。」


この規定は、警察等が自白をとるためにムチャをやることを予め想定し、「自白」だけでは有罪にできないことを明確にした憲法の規定です。

つまり、「自白したから有罪にする」ということを厳に禁じた憲法(近代法)の大原則なのです。


私がザッと調べた本事件の事実関係を時系列的に並べてみます。


2005年12月1日


被害者の吉田有希ちゃんが下校途中行方不明になり、同日、捜査が開始された。


有希ちゃんは、事件の2週間前、自宅近くの駅周辺で男と待ち合わせしていた。

この時「目のきれいなお兄ちゃんと約束している」と周囲に話していた。

しかし、勝又容疑者は、「有希ちゃんと面識はなかった」と話している。


有希ちゃんの遺体には、犯人のものとみられるDNA(汗や唾液など)の付着物があった。

しかし、そのDNAは捜査1課の課長のものと判明し、警察は「捜査中に誤って付着した」と公表。


2006年1月


勝又容疑者の義父が、「息子が犯人なのではないか」と、警察に通報している。


2006年


勝又容疑者が、警察から事情を聴かれた後、乗っていた自動車を廃棄処分にした。


2014年1月


警察は、勝又容疑者を別件で逮捕・起訴し、現在に至るも身柄を拘束している。


2014年5月下旬


勝又容疑者が、容疑をほのめかしはじめ、先般、有希ちゃん殺人の疑いで、身柄拘束のまま逮捕される。


勝又容疑者は、有希ちゃんを「抱き上げて無理矢理連れ去った」と供述したり、「うそを言って車に乗せた」と供述したり、供述は変遷している。


捜査本部は、犯人が車で通ったとみられる道路を撮影した防犯カメラの映像を解析し、写っていた車を勝又容疑者の車と断定した。

車の後部が大きくへこんだ白色のセダンだということで。



以上が、(私がザッと調べた)現在までに公表されている本件の経緯です。

以下、事実に即して考え得る問題点を挙げていきます。


第1の問題点は、物証が全くないということです。


被害者の遺留品や凶器を捨てたと容疑者が自白した場所を捜査員が探しましたが、何も見つかりませんでした。


第2の疑問は、被害者に容疑者のDNAが全く付着していなかったという点です。


かなり大雑把な犯行であったはずなのに容疑者のDNAは全く付着せず、慎重の上に慎重を重ねなければならない警察の検証段階で、捜査一課長のDNAが付着するというのは、あまりにも不自然ではないでしょうか?


第3の問題点は、被害者が2週間前、「目のきれいなお兄ちゃんと約束している」と周囲に話しています。


容疑者は、「面識はなかった」と供述しています。


はたして、被害者が周囲に言っていた「目のきれいなお兄ちゃん」は容疑者と同一人物なのでしょうか?

第三者の可能性も当然排除できませんし、捜査本部も当然調べているはずです。

第三者の存在が確認できず、容疑者が「目のきれいなお兄ちゃん」と同一人物だとしたら、どうして容疑者は被害者を「抱き上げて無理矢理連れ去った」とか、「嘘を言って車に乗せた」と供述しているのでしょうか?


第4の問題点は、2006年1月に、勝又容疑者の義父が、「息子が犯人なのではないか」と、警察に通報しており、それがきっかけとなって容疑者は警察から事情を聴かれたのでしょう。


その時点で、警察はどうして容疑者の車を探して、ナンバーを控えるなり写真を写すなりしなかったのでしょうか?


それをしていれば、後方がへこんだ白いセダンなどという曖昧な特徴で、防犯カメラに写った白いセダンと容疑者の車が一致するという、漠然とし過ぎた”こじつけ”をしなくても済んだはずではないでしょうか?


第5の問題点は、1月からの長期にわたる身柄拘束を伴う取り調べによって自白が得られたということです。


おそらく、容疑者は、警察署内の留置所に留めおかれて、24時間いつでも厳しい取り調べを受けたのではないでしょうか?

ご存じのように、この拷問ともいえる代用監獄制度(警察署内に容疑者を留めおく制度)は、国際人権規約違反として他の先進国なら多くの非難を浴びています。


大抵の人間は、数日間の警察署内の留置所に留めおかれての取り調べで、心身ともにおかしくなってしまいます。

それが4ヶ月にも及んだわけで、その間、非人道的な締め上げが行われていた可能性も払拭できません。



憲法及び刑事訴訟法には、合理的な疑いを差し挟めない程度に検察側の立証が成功した場合のみ、被告人を有罪にできるという「無罪推定原則」があります。


私は、決して、いわゆる人権派弁護士ではありません。


しかし、「たとえ百人の犯罪者を逃しても、一人の冤罪を許してはならない」という近代法や憲法の定める基本的人権を尊重する、ごく当たり前の法曹の一人であります。


あくまで、私の調べた範囲に過ぎず、短時間で書いたものですので、不備も多かろうかと思います。

しかし、メディア等で本事件で疑問を呈しているものを見たことがありません。


裁判員制度で審理される本事件、これだけ疑問だらけなのに勝又容疑者を犯人と断定してはばからない世論に一石を投じた次第です。


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是非、本書を読んでみて下さい。

あなたに、私などよりもはるかに推理力・事実認定力があれば、何らかの新発見が得られること請け合いです。