前回までは「雑学の方法論」について書いてきました。


今回は、説得技術というか説得のコツに戻ってみたいと思います。


最近の子どもたちは、多種多様なオモチャやゲームで発売されていてその中から自由に選べるから恵まれている、と考えたことのある方はいらっしゃいませんか?


また、一昔前に比べて、若い女性が社会で活躍する選択肢が増えているから

幸せだ、と感じている方は?


はたしてそうなのでしょうか?


ということについて検討するのが今回の課題です。


行動科学者のシーナ・アイアンカーと社会科学者のマーク・レバーは次のような実験を行いました。


彼らは、同一メーカーのいろいろなジャムを試食できるように、高級スーパーマーケットのなかに2カ所の試食コーナーを設けました。


そのうちの1カ所は6種類のジャムを、もう1カ所には24種類のジャムを置いておきました。

その結果、選択肢の多い後者のコーナーでは立ち寄った人の3%しかジャムを買わなかったのに対し、選択肢の少なかった前者のコーナーでは30%もの人がジャムを買ったのです。


なんと、売り上げに10倍もの差が出てしまったのです!

しかも、選択肢の少ない方が10倍もよく売れるという。


この理由は、あまりに選択肢が多すぎると消費者にとってそれぞれを差別化することが負担となり、決断を下すのが煩わしくなってしまうからです。

客は、選ぶ面倒を避けようとして商品全体に対する購買意欲も関心もなくしてしまったのです。


これと同じことが近代市民革命後のヨーロッパで起こったのをご存じの方も少なくないでしょう。


近代市民革命によって、固定された身分制は廃止され、都市に自由な選択権を持った若者たちが集まりました。

しかし、「選択の自由」は彼らに重い心理的負担をかけ、いわゆる「自由からの逃走」が起こったのです。


それまでは、自分の人生は生まれたときから決められていて、年頃になったら結婚し、親の後を継いで農業をやるということになっていました。

自分自身の人生を選択できない不満はありましたが、周囲の人たちも同じことをやっているし(「社会的証明の理論」で説明しました、よね?)、そこそこ牧歌的な生活で満足するのも悪くはなかったのでしょう。


それが、近代市民革命によって、

「君は今日から自由だ。都市に行って自分の好きな仕事を探し、好きな場所で暮らしていいんだ」

と言われ、最初は大変喜んだのですが、

「はて、自分は何をすればいいのだろう?」

という選択することのストレスを感じるようになってきます。

このストレスに比べれば、牧歌的な生活の方がよかったと思い「自由からの逃走」という現象が起こったのです。


「選ぶ」というのは、意外なことに大変なストレスを感じるものなのです。


私が一番嫌いな買い物は、服を買いに行くことです。

特に、スーツなんてどれもこれも同じように見えますし、「これがいいかな」と思うとちょうどいいサイズがなかったり。

その上、ズボンの裾上げのために試着室に入って脱いだり着たりしなければいけません。

だから、直感で2、3の候補を選んでさっさと買ってしまいます。

ああ、この煩わしさときたら・・・失礼しました、個人的な愚痴を書いてしまいました。


しかし、あなたが服を買うのがとても好きな女性であったとしても、デパート全館が婦人服売り場で、しかも全てあなたの年代や体型にあったものだとしたら、正直いってうんざりしてしまいませんか?


100人のイケメン男性が勢揃いしていて、誰を選んでもいいけど選んだ人だけとしか結婚できないという場合と、6人のイケメン男性から結婚相手を選ぶのとでは、どちらがストレスを感じずにすむでしょうか?


このように選択肢が多くなりすぎると、「選ぶ煩わしさ」だけでなく「別のモノを選ばなかった後悔」を感じ、人間は大きなストレスを感じるのです。


もし、あなたが何らかの商品の販売員だとしたら、「分厚いカタログ」を顧客の所へ持っていくのはかえって逆効果になる怖れがあります。

もちろん、それぞれの商品の用途や金額などで、スクリーニングしていくつかに絞り込める場合は別ですが・・・。


「もし、顧客が自分に何が必要か分かっていなかったとしたら、選択肢が多すぎるせいで他社に顧客を奪われるのではないか」

と自分に問いかけることが、実はとても大切なことなのです。


自分に何が必要か分かっていない顧客にとっては、「分厚いカタログ」を見せられるのは一種の拷問に近いでしょうから。


そうならないための対策として、次のことが考えられます。


顧客の情報をできるだけ集めて、顧客のニーズもしくはウォンツをある程度まで絞り込みます。

そういう意味では、雑談は極めて有効な武器になります。


絞り込んだところで、条件ごとに「最大3つ」くらいの選択肢を呈示しましょう。

具体的には、予算が1000万円くらいなら「AかBかCがお勧めです」、予算が500万円くらいなら「XかYかZがお勧めです」という具合です。


法律相談でも、私はできるだけ選択可能なメニューを3つくらい呈示するように心がけていました。

典型的なのは

「あなたが相手に対して取り得る手段は、民事調停、支払い督促、少額訴訟の3つです。いずれも弁護士に依頼しなくてもできますので安上がりですみます。

それぞれのメリット、デメリットを一言で言えば・・・」

というようなものです。

これは、係争金額が比較的少額で、弁護士費用を払うとかえって”持ち出し”になりかねないケースです。


説得の場面でも、たくさんの選択肢を示すのではなく、(事情によって異なりますが)せいぜい3~6くらいに押さえておいた方が、相手の決断を効果的に促すことができるのです。


「選択の自由」はけっこうなことですが、選択肢が多すぎるのは逆効果というのが結論です。

決して、「選択の自由」という書籍を書いた偉大な経済学者ミルトン・フリードマンを批判しているわけではありませんので、その点ご留意を・・・(^^;)