あなたは、「30日使っていただいてお気に召さない場合には、代金全額をお返しします」というような広告を見たことがあるでしょう。


返品した商品は使用済み商品になってしまい、新品としては売れないにもかかわらず、業者はどうしてこのような広告を打つのでしょう。


その理由は2つあります。


第1の理由は、ゲーム理論でいうシグナリング効果の利用です。


シグナリング効果というのは、あたかもたくさんの商品がある中で、”この商品は安心ですよ”というシグナルをチカチカと発しているようイメージを持っていただければわかりやすいでしょう。


具体的に、A社のソファとB社のソファを比較している時、A社のソファに先に述べたような”30日以内の無料お試し期間”が付いているなら、それだけA社はこのソファに自信を持っているはずだし、気に入らなかったら返せばいいと、あなたは思うでしょう。


絶対の自信商品なので返品の山を抱え込みことはないからだ、と考えるのも同じです。


つまりA社のソファは「返品可」ということで、絶対の自信商品だという「シグナル」を発している訳です。


第2の理由は、行動経済学や心理学でよく説かれる「保有効果」を狙った戦略なのです。


私たち人間は、一度ゲットしていしまうと「保有効果」という心理をもってしまいます。


この「保有効果」については、抽選になっている観戦チケットやコンサートチケットで実験が行われることが多いのです。

あるスポーツの観戦チケットを、持っている人たちに「いくらでなら売るか?」と質問したところ、平均20万円なら手放すという回答が得られました。

持っていない人たちに「いくらなら買うか?」と質問したところ、平均1万8000円という回答でした。

何と、10倍以上の差がついてしまったのです。


このように、人間は一度ゲットしてしまったものに対して大変な愛着を持ち、かなりの金額を支払わないと手放さない心理的傾向があるのです。


横道にそれてしまいますが、この「保有効果」の対象が物である場合は何とか説得して手放す決意をさせることができます。


CMで見たことがないでしょうか?

愛車を業者に売るに際して、手放す人が愛車にまつわる楽しい思い出を回想している時、業者の人が、「次の方もきっと大切に乗ってくれますよ」と言って説得しているCMです。

バイク買い取り業者も、「使わずに眠らせておくより大事に使ってくれる人に譲った方がバイクも喜びますよ」という趣旨のフレーズがあったように記憶しています。


ところが、この「保有効果」が人間の異性に向けられた時は、実に厄介なのです。

たとえば、あなたにボーイフレンドがいたとしましょう。

彼と会っていてもマンネリになってしまって、そろそろ別れようかな~と思っていた矢先、あなたと彼が付き合っていることを知らないあなたの元同級生が、

「ねえねえ、あなた、彼と知り合いなんでしょう。お願い!協力して。私、彼とお付き合いしたいの」

と言ってきたら、あなたは素直に彼女を応援したくなりますか?


彼との楽しかりし日々に思いを巡らせ、「考えてみればけっこういい男だったよね」と思って、できることなら彼女に彼にとられたくないと思うのではないでしょうか?


ずいぶん横道に逸れてしまいましたが、われわれ人間には、このように「保有効果」というものが必ず働くのです。


先の例でいえば、A社のソファがあなたの部屋に持ち込まれ、2、3日馴染んでしまうと、もはや自分のソファのような気がしてきて、ソファを返す気がなくなってしまうという心境になってしまいがちなのです。


以上をまとめると、あなたは「返品可」というシグナルを察知して品物を買います。

使い出してしまったら、「保有効果」に生じて、返品する気がなくなります。

A社としては、「お買い上げいただき、ありがとうございました」となって、全てが丸く収まります。


売る側になって買い手を説得する場合は、この逆をやればいいのです。


「これは当社の絶対の自信作です。是非、1ヶ月で結構ですから試しに使ってみて下さい」

と言って相手先に仮納入できれば、ほぼ販売は成功したと言えるでしょう。


え?

同じ方法でやったけど返品された、ですって?


それは、極めて申し上げにくいことなのですが、あなたの販売した商品が類似品と比べて、著しく劣っていたということなのでしょう。