前回までにご説明してきた様々な効果的説得手法を駆使したとしても、受け手である相手方があなたの意図した内容を間違って解釈してしまったのでは元も子もありません。


そこで、今回は、受け手である相手方に焦点を当てて検討し、間違った受け止め方をされることを防ぐにはどうすればいいか、についてご説明したいと思います。


まず、私たち人間は、自分自身が認識した事柄を理解する上で、認識した事柄をカテゴリーに応じて分類していきます。

 

たとえば、動物についての分類ができていない幼児が、最初に見た4本足の動物を「犬」として分類してしまうことがあります。

成長してくるにつれ、4本足の動物には「猫」や「馬」も含まれることを認識します。

更に成長すると、同じ「犬」でも、品種によって異なることを認識します。


このように、私たち人間の脳の中には、成長するにつれて分類していく棚がどんどん増えていくのです。

先の例で考えれば、幼児の時は4本足の動物はすべて「犬」という棚に放り込まれていたところ、成長に応じて「猫」や「馬」の棚ができてきますし、同じ「犬」の棚も犬種に応じて細分化されていきます。


このようにして人生を歩んでいくうちに、私たちの脳の中には無数の棚が出来上がっていき、認識したものを無意識的に分類して、既存の棚の中に入れて保存するようになるのです。

もちろん、棚は人生経験を積み重ねるにつれて、多くなり細分化されていきます。

このような無数の棚でできた枠組みのことを「スキーマ」と呼びます。


スキーマは時として弊害を生じさせます。


私たちは、幼い頃からサンタクロースというものを、クリスマスにプレゼントを配ってくれる優しいお爺さんと認識し、頭の中の「優しいお爺さん」という棚に無意識的に分類しています。

クリスマスのパーティ会場にサンタクロースが現れたとしたら、多くの人たちは喜んで迎えることでしょう。

そして、パーティ会場でサンタクロースが銃を乱射したとしたら、多くの人は混乱して適切な回避行動ができなくなります。

なぜなら、私たちの頭の中で分類されたサンタクロースが人殺しをするということを、にわかに理解できなくなってしまうからです(実際にあった事件です。同種事件と比較して死傷者の数ははるかに多かったそうです)。


サンタクロースではなく目出し帽をかぶった黒服の人間が入ってきたら、その人物が何らかの行動を起こす前に、おそらく私たちは身構えるでしょう。


このような「スキーマ」はすべての人間に存在するので、あなたが相手に”ある事実”を伝えたとしても、相手はそれをあなたの期待するように分類してくれるとは限らないのです。


具体例をあげますと、精神科医が鬱病の患者に対して

「子犬でも飼ってみたらどうですか?子犬のしぐさはあなたの心を癒やしてくれますし、世話をするのも楽しいものですよ」

と説得したとしましょう。

ところが、患者が過去に犬に噛まれて大怪我を負った経験があり、犬に対して嫌悪感をもっているとしたら、

「冗談じゃない。犬なんかが傍にいたらますます憂鬱になるだけだ」

と考えることでしょう。


このどこにでもあるような認識の違いは、医師が「犬」をかわいい動物として分類しているのに対し、患者は「犬」を危険な動物として分類しているからです。


このように「スキーマ」というものは、各人各様であって相手も同じ「スキーマ」を持っているということは絶対にありません。

人間が生まれてから現在に至るまでに構築されてきた分類の棚(スキーマ)が他人と異なるのは当たり前だからです。

ましてや、他の文化のもとで育った外国人との間には大きなスキーマの違いがあるのが通常でしょう。


余談ですが、「常識とは、その人が今までに蓄積してきた偏見の塊である」と表現することがあります。

これは決して皮肉でも冗談でもありません。

スキーマが異なれば、自分の「常識」と他者の「常識」は、程度の差こそあれ異なって当然なのです。

このように、「常識」というものはとても主観的な概念なのです。


話を戻して、対策編に移りましょう。


では、どのようにすれば異なる「スキーマ」を持った相手にあなたの真意をうまく伝えることができるのでしょう?


私の考える唯一の方法は、抽象化、普遍化です。


先の精神科の医師の例で考えると、「子犬」というのではなく「かわいいと思える動物」と抽象化してしまえば、認識の違いは生じません。


もっと詳しくに言い換えるのであれば、次のようになるでしょう。

「あなたがかわいいと思える動物、具体的には子犬だとか猫だとか小鳥のように、家で飼える動物がいれば、そういうものを飼ってみてはいかがですか?」


このように抽象化した上で、具体例を挙げれば認識の不一致は解消されます。


普遍化するのも有効な方策です。

この場合、誰にでも普遍的に通用する数字を用いるのが有効でしょう。


「この機械に変更されれば、最低でも年間500万円の電気料金が節約できます」

「このプランを実行に移せば、年間売り上げが50%増になることが見込めます」

というような具合です。



以上のように、人間は必ず独自のスキーマを持っています。

程度の差はあっても、絶対に他人と同一のスキーマを持つことはできません。

スキーマの違いは、意図した内容と異なった受け止め方をされたり、場合によっては大変な誤解を招く恐れがあります。


そこで、相手を説得する際には、具体的な事柄だけでなく、必ず抽象的、普遍的な表現を用いることが肝要なのです。

もちろん、抽象的、普遍的な表現ばかりでは説得力に欠けますので、具体例を挙げることも必要でしょう。

あくまで具体”例”です。