これまで、以下の”効果的な説得ステップ”の3までご説明してきました。


1 相手の信頼を得る。

2 落としどころを探る。

3 説得内容に至った納得性のある論拠を説明する。

4 相手と感情面でつながる。


今回は、最後の「相手と感情面でつながる」についてご説明したいと思います。


近年注目を集めている「行動経済学」の分野では、従来の経済学の前提である「人間は合理的に行動する」という大前提に異議を呈しています。


心理学の成果を踏まえ、人間は必ずしも合理的に行動する訳ではない。

と主張し、人間の合理的とは言えない行動の例をたくさん紹介しています。

少し表現を変えれば「人間は感情で動く」と言っても、必ずしも過言ではありません。


これは、人間同士の争いに直面すると、とても良く理解できます。


具体的な例として、(最近は制度が整備されたためあまりありませんが)境界画定訴訟というものを挙げることができます。


隣地との境界が曖昧で、自分の主張する境界線と隣地所有者の主張する境界線が異なっており、話し合いでは片が付かず、双方、感情的になって法律事務所の門を叩きます。


このような境界画定訴訟では、まず和解による解決は期待できません。

隣地所有者とは頻繁に顔を合わせ、その度に双方が不愉快な思いをしているせいでしょうか、双方とも相手方を、まるで”親の仇”のように憎んでしまうのです。

わずか幅30センチくらいの差をめぐって、係争地の評価額の何倍ものお金をつぎ込み、何年間もかけて争うのです(10年戦争くらいはザラにありました)。


私のような第三者的立場から見ると、係争部分の土地を折半するなり、相応の金額で相手方に売却してしまう方がはるかに合理的だと思えます。

訴訟には、弁護士費用だけでなく、鑑定費用や自己主張線を示す図面を専門家に作成してもらう費用等々がかかりますし、先述したように解決まで膨大な年月を費やすことになりますので、「折半」や「売買」で片づけてしまった方がはるかに合理的です。

しかし、彼らは決して”和解的解決”をしませんでした(私が担当した限りですが)。


話が横道に逸れてしまいましたが、このように感情が人間の行動に及ぼす影響は想像以上に大きいのです。

合理的な採算を度外視してしまうのです。


説得のプロセスの最後に「相手と感情面でつながる」という項目が入れてあるのも、相手が感情的に納得しないと、いかにメリットがあることを信頼できる論拠で語られても、最終的に「YES」を得ることができないからです。


親しい友人同士のように、普段から「感情的なつながり」がある相手であれば、この要件は不要でしょう。


では、そのような「感情的なつながり」を持っていない相手の場合はどうすればいいのでしょうか?


まず、説得しようと試みているあなた自身が、その企画やアイディアにどれだけ惚れ込んでいるかを示す必要があります。

あなた自身が、心底、実現を願っているという熱意が伝わらなければ、相手としては、あなた自身がその企画なりアイディアなりの効果を本心では信じていないのではないか、という疑いが心の中で生じてしまいかねません。

もっとも、感情ばかりを前面に押し出しすぎるのは相手をしらけさせてしまって逆効果となりますので、相手の反応を見ながら感情表現の度合いを調節する必要があります。


次に、説得しようとしている相手方の感情的な状況を把握する必要があります。

つまり、相手の腹にすとんと落ちて、感情的にすっかり納得できるように説得する必要があります。

相手の感情的なニーズを的確に把握し、それを満たしてあげるのです。


具体的には、部下の営業担当者がそれなりの成果を上司であるあなたに報告したとしましょう。

「まだまだ道半ばというところだな。がんばって残りを詰めてくれ」

と言うのと、

「いや~本当にがんばってくれたよ。ありがとう。この調子で残りもがんばって詰めてくれ」

と言うのとでは、同じ「残りを詰めろ」という説得の効果は全く異なります。


あなたに成果を報告しにくる部下というのは、多くの場合、その成果について褒められることを期待しているはずです。

そのような部下の感情的ニーズを察知できずに評価の気持ちを表さないようであれば、新たな説得(このケースでは業務命令)に進んで従おうという気持ちが部下の心に芽生えてくるはずがありません。


これは、説得相手が多数にのぼるときは、更に大変です。

抽象的にしか表現できませんが、説得相手らが(感情的に)耳にしたがっているニーズを把握し、それを言葉で表すことが必要です。


かの大前研一氏は、講演に呼ばれたとき、聴衆の様子をじっくり観察して「この講演で聴衆が何を求めているのか」を把握し、場合によっては講演内容を変更することもあるそうです。


ほとんどの場合、講演では、参加者の属性(企業経営者、若手ビジネスパーソン、学生、受験生、受験生の保護者・・・等々)を事前に知らされますので、参加者のニーズはある程度把握できます。

事前に参加者の属性を知らされておきながら、参加者のニーズと全く関係ない内容の講演をやるというのは論外です。


このように、人間の行動は感情に左右されます。

そのことを率直に認識した上で、自分自身の熱意を示し、相手の感情的ニーズに合致した説得を試みましょう。

さすれば、最終局面でひっくり返されるような危険性はまずないと考えられます。


今回で、「効果的な説得のステップ」を終了します。


次回からは、別の角度から「説得の方法」を検討していくことといたします。


乞うご期待・・・であります(^^;)