前々回、従来から確立されてきた、以下の”効果的な説得ステップ”を、順次ご説明するとお約束しました。


1 相手の信頼を得る。

2 落としどころを探る。

3 説得内容に至った論理的プロセスを説明する。

4 相手と感情面でつながる。


そして、前回は、1の「相手の信頼を得る」についてご説明しました。


今回は、2の「落としどころを探る」についてご説明します。


「落としどころ」というと、対立当事者間が双方ともに妥協できる点というふうに考えるのが一般的で、私たち弁護士も、

「この訴訟を和解で解決する場合、落としどころはどのあたりだろう?」

と考えを巡らせますし、裁判官は(判決を書かずに事件を落とせる和解が大好きですから)、常に双方を和解で納得させる「落としどころ」を探します。


その際、必ず留意しなければならないのは、双方に納得できるメリットをもたらさなければ、決して「落としどころ」は見つけられない、という点です。


余談になりますが、「落としどころ」を考えない(もしくは想定できない)弁護士が相手になりますと、時間と労力を費やすだけの不毛な戦いを延々と強いらることが少なくありません。


逆に、「落としどころ」を柔軟に考えてくれる弁護士が相手だと、訴訟に至る前に和解が成立することが多いのです。


言葉を変えれば、「落としどころ」の見えない弁護士は、相手のメリットに対する配慮に乏しく、「落としどころ」を柔軟に考慮する弁護士は、相手方のメリットを(許容できる範囲内で)できるだけ探そうとする傾向があるのです。


説得においても同様です。


いくら説得者が相手の信頼を得ることができたとしても、相手としては自身にメリットがなければ、到底、説得に応じてくれません。

というのは、説得される側からすれば、説得を受け入れれば、その結果として何らかの行動を起こす等のリスクを伴うわけですから、それに見合う(もしくはそれ以上の)メリットがなければ、到底、説得を受け入れる気にはなれないからです。


つまり、説得プロセスにおいて「落としどころを探る」ということは、相手の納得するメリットを模索して提示することと同義なのです。


では、相手の納得するメリットには、どのようなものがあるでしょう?


「この新型機械を導入すれば、年間500万円の経費を節約できますよ」

というふうに、金銭的メリットは最もわかりやすい例です。

ライバル社との価格比較や効果の比較も、同じように金銭的メリットの定時です。


「この服、とってもお似合いです。これを着てパーティに行けば、素晴らしい男性と巡り会えるかも知れませんよ」

というのは、あえて定義すれば心理的メリットです。


「弊行とお取引いただければ、僭越ですが御社の対外的信用も高まりますよ」

という銀行員の(怪しげな)セールストークも、対外的信用の向上というメリットです。


このように、メリットは金銭的なものだけではありません。

経済学用語である「効用」(平たくいえば満足度です)が上がりさえすれば、メリットがあると言えます。

メンツが保てる、などというのも案外大きなメリットです。


では、どの角度から考慮しても相手のメリットが見つけられない場合はどうすればいいのでしょう?


その場合は、潔く諦めることでしょう。

自分にとって何のメリットもないのに、説得に応じる相手はいませんから。


余談になりますが、私が銀行員時代に個人営業をしていた時のことです。


「退職金を半年後の家の増改築に使いたいのだけど、半年間でいい利息のつく商品はありませんか?」

とお客様に尋ねられました。


残念ながら、当時の長信銀には半年の運用でいいリターンを出せる商品はありませんでしたので、私は次のように答えました。

「申し訳ありません。半年間のご運用でしたら、証券会社が扱っている中期国債ファンドの方が確実に高いリターンが期待できます。もしよろしければ、私が懇意にしている証券会社の社員をご紹介しましょうか」


これを(当時の)上司に報告したら、思いっきり叱られました。

しかし私は、顧客のメリットを第一に考えている銀行だという信頼感を損なわなかった点と、口コミ効果や当該顧客が将来的に利用してくれるかもしれない可能性いう点から、自分のとった行動は正しかったのではないかと今でも思っています。


相手にメリットを与えられないのにゴリ押しをすれば、せっかく築いた「信頼」まで失ってしまいかねません。


勇気ある撤退をお勧めします。