津川さん(仮名)という80代の男性が亡くなりました。
お子さんがいなかったので、法定相続人は80歳前後の妻の弥生さん(仮名)と、甥の啓介さん(仮名)の2人となりました。
津川さんが亡くなった後、弥生さんは啓介さん宅で2年くらい一緒に住んでいたのですが、ある日突然、某宗教関係の人たちと一緒に出て行ってしまいました。
啓介さんが、どうしていいのかわからずおろおろしている間に、弥生さんの代理人弁護士が啓介さんを相手方として、津川さんの遺産分割調停を申し立ててきたのです。
私は啓介さんの依頼を受けて、相手方代理人弁護士として、調停に臨むことになりました。
啓介さんが言うには、津川さんの相続財産は、(かなり価値の高い)不動産と若干の預貯金のみ。
価値の高い不動産は、弥生さんが納得の上、啓介さん名義にし、預貯金は飲食代などの生活費に充てたということでした。
調停の場で、双方の言い分が食い違ったのは、津川さんが老後の資金として残していた預貯金の額でした。
弥生さん側は、少なくとも1億円はあったと主張するのに対し、啓介さんは
「そんなにありませんでしたよ。せいぜい600万円くらいでした。叔母は宗教関係の人たちに騙されているのです。私としては、叔母に帰って来て欲しいと今でも切実に思っています」
と、私に説明してくれました。
どうも、某宗教団体の人たちは怪しいなあ。
弥生さんが、高齢でお金持ちだという点に目をつけて、言葉巧みに勧誘したんじゃないだろうか?
その証左といっては何ですが、某宗教団体の人たちは、調停のある度に弁護士に付いて裁判所にやってきます。
そこで私は、調停委員に対し、
「弥生さんご本人の意思を確認させていただきたいのです。申立代理人の弁護士さんには大変なご無礼とは思いますが、一度、弥生さんご本人の裁判所への出頭を要請していただけないでしょうか?」
と、お願いしました。
かなりの抵抗があると予想していたのですが、意外にも相手方の弁護士さんは、次回本人を連れてくる、疑問があるのなら私が同席して質問してもらっても構わない、と快諾してくれたのです。
弥生さん本人が出頭した当日、私が弥生さんの意向を確認したところ、
「啓介さんはいい人だけど、啓介さんの奥さんとそりが合わない。自分としては、現状に満足していて、啓介宅に帰るつもりはない」
とのことでした。
そこで、やむをえず遺産分割について話し合うことになりました。
遺産のうち、不動産については双方で納得して移転登記をしたはずだ、と私は主張しました。
しかし、調停委員が裁判官と相談したところ、預貯金の額について双方の主張に大きな隔たりがあるし、高齢の弥生さんが遺産全体について知悉した上で啓介さん名義に登記をしたかどうかも疑わしい。
ここは、津川さんの遺産全部を洗い出して、一から分割協議を行うべきだという、裁判官の指示がありました。
そこで、津川さんが生前に預けていた可能性のある金融機関すべてから、津川さん名義の元帳を裁判所を経由して取り寄せ手続をしました。
したところ、合計で1億円以上の金額が死亡時に存在し、死亡後すべて現金で引き出されていたことが判明しました。
(銀行等、金融機関は、名義人が亡くなったことを知らされていなければ、通帳と印鑑があれば払い出しに応じていました。最近は金融庁の指導で厳しくなっているかもしれませんが・・・)
地方の小さな企業に勤務し、高額な不動産まで購入していた津川さんが、別途1億以上のお金を持っていたことを知り、私は腰を抜かす思いでした。
弥生さんは専業主婦で通してきましたので、収入源は津川さんの給与だけですし、津川さんが誰かの遺産を相続したという事実もありません。
聞くところによると、津川さんは大変な倹約家で、酒もギャンブルも全くやらないばかりか、弥生さんと結婚してから、一度たりとも外食も、出前を取ることもなかったそうです。
口癖は、
「老後になにがあるかわからない。我慢してしっかりお金を貯めておかねば」
というものだったとのことです。
では、残された1億円以上の現金はどうなってしまったのでしょう?
な、なんと、弥生さんが啓介さん宅にいる間に、半分近くのお金を弥生さんと啓介さんの家族が大浪費してしまったのです。
私に隠し事をしていた啓介さんは、バツが悪そうに次のように告白しました。
約2年間の間、啓介さんは勤めを辞め、毎日のように弥生さんと自分の家族と一緒に、各地の豪華な料理を食べ歩き、温泉巡りなどでは超一流の旅館に宿泊していたそうです。
にわかには信じられない気持ちでしたが、啓介さんが持っていた領収書の束や記念写真の束を見せられ、私もようやく納得しました。
2年間の豪遊については、弥生さんも否定はしませんでした。
それまで、一度たりとも外食に連れて行ってもらえなかった弥生さんとしては、とても楽しい夢のような日々だったようです(啓介さんの奥さんとのすれ違いを除けば)。
結果的に調停では、以上の事情を斟酌し、4分の3の法定相続分を持つ弥生さんに不動産すべてと残ったお金の半分を、残金は啓介さんに、ということで決着が付きました。
この事件を担当して私がつくづく感じたことは、財産はあの世には持って行けない、残った財産はどんなに不本意な使われ方をしても死人に口なし、ということでした。
各人各様の考え方はあると思いますが、お金というのは”使ってこそ意味がある”という基本的な発想は、相応に持っていた方がいいと思うのですが・・・(^^;)