とある建設会社の破産申立代理人になったときのことです。


破産手続は、申立を受けた裁判所が、破産申立人(会社の場合は代表者)から事情を訊く手続(これを「破産審尋」といいます)などを経て、破産決定を出します。

そして、破産決定と同時に、破産管財人が選任され、破産者の財産を換価処分して、配当が可能であれば債権者に配当をする、というものです。


やや専門的な話になりましたが、破産申立代理人というのは、自己破産の場合は破産したい人や会社から委任を受けて、裁判所に申立を行います。

破産管財人というのは、裁判所が別の弁護士を指名して、破産者の財産を処分するなどの仕事を行います。


ですから、申立をする弁護士から、管財人をする弁護士に(非常におおざっぱな表現ですが)引き継ぎのようなものが行われ、申立代理人弁護士は管財人に引き継ぐまでの間、破産者の財産が(債権者に持ち出されるなどで)減少することを防がなければなりません。


私が破産申立代理人となった会社から預かったものの中に、山井産業(仮名です)が振り出した200万円の約束手形がありました。

破産管財人に引き継ぐまでに、手形の期日が来ていましたので、財産保持目的でその手形を銀行経由で取り立てに回しました。


手形期日の日、突然、山井産業の代表者である山井氏が、血相を変えて事務所に駆け込んできて、

「あの手形を戻して下さい。あの手形は、本来支払う必要のないお金なのです」

と、必死で訴えるので、


訳ありの手形のようだから、管財人に引き継いだ方がよさそうだな。


と思った私は、

「わかりました。組み戻しの手続をしましょう。しかし、私の立場としては財産を維持する義務があります。3ヶ月もあれば管財人に引き継がれるでしょうから、今日から3ヶ月後を期日とする手形を代わりに振り出して下さい」

と言って、いわゆる「手形のジャンプ」に応じました。


それからすぐ、破産申立会社の代表者に連絡して、

「山井産業の代表者がきて、200万円の約束手形は支払わなくてもいいのだと言ってきました。何か訳ありなのですか?」

と尋ねると、

「いいえ。あの手形は、工事代金の支払いのために振り出してもらったものです。普通に支払ってもらえる手形です」

とのことでした。


いずれにしても、期日当日になって飛び込んでこられ、一刻の猶予もなかったので、3ヶ月ジャンプ(実質的に期日を延ばした)ことを伝え、了解を得ました。


その後、破産決定がなされて、破産管財人が就任。

ジャンプした手形も、破産管財人に引き継ぎました。


やれやれと思っていたある日、かの山井氏から電話がありました。

「あの手形(延期するために新たに発行してもらった手形)、返して下さいよ」

と要求してくるではありませんか。

「あの手形については、破産会社の代表者に確認したところ、支払いに回しても問題ないということでしたよ。あなたが、期日に血相を変えて飛び込んで来られたので、私の裁量でジャンプしましたが、手形はすでに破産管財人の加藤弁護士(仮名です)のところに渡しました」

「じゃあ、加藤先生に連絡すればいいのすね」

「そういうことです。あの手形を回すかどうかは、加藤先生が裁判所と相談して決めることです」

「でも、先生、ひどいじゃないですか!あの時、新しい手形を切らせるなんて!奥山さん(仮名です)に聞いたら、そんなバカなことはない、と教えてくれましたよ」


奥山氏というのは、ヤクザ上がりの事件屋で、何かとあちこちに首を突っ込んでくる人物です。


「山井さん。悪いことは言いませんから、奥山さんのことを信用しない方がいいですよ。きちんとした弁護士に相談に行くことをお勧めします」

「わ、わかりました。先生、いろいろとありがとうございました」


山井氏は、その後、某弁護士に相談に行って、某弁護士を通じて管財人の加藤弁護士に連絡が行きました。


加藤弁護士が私に連絡してきて、

「弁護士を通じて、あの手形を回さないように言ってきたのだけど、実際どうなんですか?」

「私が破産会社代表者から聴いたところでは、工事代金支払いのための手形であって、支払ってもらうべきものだ、と言ってました。先生の方でもご確認下さい。あ、それから、山井氏は、かの奥山氏に相談しているようですから、その点も気を付けて下さいね」

「了解しました。当方で判断します」

ということで、匙は完全に加藤弁護士に投げられたはずでした。


ところが、山井氏は、手形の期日が近づいてくるにつれ、私に対して執拗に「手形を返せ」と言ってくるようになったのです。

「手形は、管財人の加藤弁護士のところにあるし、それをどう処理するかは加藤弁護士と裁判所の判断だ」

と、何度説明しても、全く聴く耳を持ちません。


これは、頭が錯乱している状態で、奥山のマインドコントロールを受けているのかな?


と思っていた矢先、かの奥山氏から連絡がありました。

「おい、先生よう。何て事してくれたんだ。あの手形は支払い義務なんてねえんだ。あの手形が回っていったら、山井産業は不渡り出して倒産だぜ。その責任をどうとってくれるんだ!」

いいかげん頭に来ていた私は、

「奥山さんさあ。これ以上引っかき回すんじゃないよ。俺はね、分刻みのぎりぎりで銀行に走って前の手形を組み戻して来たんだ。新しい手形を振り出したのも山井さんだ。それに、ウチにはもう手形もないし、手形を回す、回さないの権限もない。これ以上、山井さんにヘンなこと吹き込んで、ごたごたさせるんじゃないよ!」

と、喧嘩腰で話しました。


「バカヤロー!これで済むと思うなよ!」

と言って、奥山氏は電話を切ってしまいました。


それからというもの、奥山氏から毎日のように嫌がらせのファックスが事務所に流れてくるわ、深夜、山井氏に待ち伏せされるは、で散々な目にあいました。


どんな甘いことを言われたのか、それとも私の悪口をふきこまれたのか、山井氏は、完全に奥山氏にマインドコントロールされているようでした。


私は、幼い娘を避難させ、ともかく正論を貫くことで対抗しました。


やがて、手形の期日がきて、山井産業はあえなく倒産。


しかし、それで終わらないのが、奥山氏と山井氏の2人。


弁護士会に私の懲戒請求をしたのです。


本当に、ヘンな知識だけは持っているヤツだ!


と、私はいまいましく思いつつも、正論を貫けば大丈夫という自信がありました。


弁護士会の担当者は、管財人の加藤弁護士から事前に事情を訊いていたので、

「先生も大変な目にあいましたねえ」

と、同情的になってくれました。


当然、懲戒請求は棄却。


私が、弁護士生活の中で、初めて受けた懲戒請求でありました。