知人の紹介で川内くん(仮名)という20代の若い男性が、事務所に訪れました。

川内くん自身の離婚の相談ということでした


「離婚のご相談というとで伺っていますが、どうなさいました川内さん?」

「実は、家内が幼い子どもを連れて実家に戻ったまま帰らなくなりまして・・・」

「お子さんは、おいくつですか?」

「1歳になったばかりです。それで、なかなか帰ってこないので実家に何度も連絡したのですが、どうやら居留守を使われているようでした。そうこうしているうちに、離婚調停の申立書が届きました」

「調停では、なぜ奥さんが離婚したがっているのか聴かれました?」

「それが~、よくわからないのです」

「わからない?調停委員から何の説明もなかったのですか?」

「はあ、ともかく離婚したいの一点張りでして」


どうも腑に落ちないなあ。

調停委員だって申立人に理由は尋ねるはずだ。

どんなに川内くんがショックを受けるような内容であっても、表現を柔らかくして伝えるのが普通だろう。

もしかしたら、本当に、奥さんは調停委員に理由を言わなかっただろうか?


「それで、調停不成立で訴訟を提起されたのですか?」

「ええ、これが裁判所から送られてきました」

と言って、川内くんは、訴状と呼び出し状を私に見せてくれました。


訴状を見ても、一言で言ってしまえば性格の不一致のようなことが延々と書かれているだけで、決定的な離婚理由は書かれていませんでした。


私は、川内くんに尋ねました。

「ご自身で何か思い当たるようなことはありませんか?」


「それが全く思い当たらないのです。自分で言うのも何ですが、安定した会社で真面目に働いていますし、家にも毎日きちんと帰っています。ギャンブルや酒はおろか、煙草も吸いません。家内に対して暴力はおろか暴言を吐いたこともありませんし、炊事、家事、育児は、私がいる間は全部私がやっていました」

「炊事、家事、育児、全部やっていたのですか?」

「はい、家内は何もやらずに放っておくようなタイプでしたので、私が帰宅してから、掃除をし、食事を作り、洗濯をし、子どもにミルクをあげてお風呂に入れて、ともかく家内が放っておいたことは全部私がやっていました」

「す、すごいですね~。それを毎日?」

「ええ、ほとんど毎日です。家内が実家に帰っている間でも、掃除や洗濯はしてました」


これは、もしかすると、妻の男性関係が原因かもしれないな?

そうだとすれば、明確な離婚理由をかけないのもうなずける。


「奥さんが、他の男性と親しくなっていたというようなことはありませんか?例えば、着飾って出ていくことが多くなったとか、服装の好みが変わったとか、ささいなことでもかまいませんから」

「うーん。すみません。私にはわかりません。仕事時間中は、家内がなにをやっているのかわかりませんし、家に帰れば、家事、育児に精一杯でしたから」

「わかりました。ところで、川内さんが離婚を断固拒絶する理由はいったい何なのですか?

「子どもです」

「お子さん?1歳のお子さんですか?」

「ええ、子どもは、家内よりもずっとずっと私の方が面倒を見てきたのです。もちろん、仕事中は面倒を見れませんが、幸いにして残業のない会社で有給もしっかり取れます。おむつを買いに行ったり、ミルクを作ったり飲ませたり、あ、家内は母乳をあげるのを嫌がりましてね。それ以外にも、できる限りの面倒を見てきました。子どもにかけた労力と時間は絶対に家内に負けない自信があります。もちろん愛情も」


川内くんは、今風でいう「イクメン」そのもの、いや、それ以上だったように思えます。

それにしても、1歳の幼子の親権を父親が取ろうなどというのは、まさに無謀そのものです。

万一、奥さんが他の男性に惹かれたのが原因であれば、川内くんに親権を譲るということもあるかもしれないけど・・・調停不成立という事実に鑑みれば、それも望み薄でしょう。


「わかりました。これは完全に負け戦です。1歳の幼子で現在母が養育している場合、まず間違いなく裁判所は親権を母と指定します。それでも戦うのであれば、承りましょう」

「お願いします。無理だとわかっていても、このまま子どもを手放すことなんて、ぼくにはできません」


川内くんの委任を受けた私は、訴訟の係属した裁判所で、被告代理人として戦うことになりました。


第一回口頭弁論のあと、裁判官が、

「双方代理人、他の弁論が終わったら裁判官室まで来て下さい」

と言うので、しばらくして裁判官室で、相手方弁護士と私と裁判官の3人で話し合いをすることになりました(もちろん、書記官は同席してます)。


「どうやら、この事件では、父親が子どもの面倒を主に見てきたという珍しいケースのようですね。そこで提案があるのですが、家裁調査官に双方の状況を調査してもらって、調査官の結論を重視するという方向ではいかがでしょう?」


私としては、とことん調査してもらうことには大賛成でした。

相手方弁護士も余裕なのか、「別にそれでもけっこうですよ」とのことで、匙は調査官に投げられました。


私は川内くんにその旨を伝えました。

「ありのまま全てを出せばいいですからね。ただし、何度も言いますが、今現在、お子さんが奥さんの元にいることも考えると、過大な期待は禁物ですよ」

「はい、すべてを調査官の人に見てもらい、理解してもらえるようがんばります」


過大な期待は禁物だと言ったのに~。

なんだか、とてもうれしそうな川内くんを見ていると、それ以上のことは言えませんでした。


1ヶ月半食らいすぎた頃でしょうか。


その裁判所で係属していた別の事件がありましたので、その事件の様子と、川内くんの事件の調査報告書ができているかどうか、書記官の女性に電話で尋ねました。

「あ、弁護士の荘司ですが・・・」

と言うと、とても明るい声で、

「ああ、先生、こんにちは。例の事件の判決は先生の勝訴です。それと、家裁調査官の報告書も先日上がってきました。これは、残念な結果です」

「○○さん。あなたの対応の早さにはとても敬服します。でも、もし誰かが私の名前をかたっていたとしたら、そんなにペラペラ話すのはいかがかと」

「大丈夫ですよ。先生の声は特徴がありますから」

「もしかして、俺にホレてる?」

「あはははは!それは全然、ありません」

「一言のもとに否定しましたね。ともかく、ありがとうございました」


やたら明るい書記官の○○さんに、褒められたのかけなされたのか、わからない気持ちでした。


いずれにしても、川内くんには残念な結果となりました。

川内くんに報告すると、

「そうですか~。わかりました」

と、落胆を隠せない様子でした。


その後、養育費と面接交渉について定め、和解(調停)が成立しました。


まさに「男はつらいよ」ですね~川内くん。