30を少し超えたくらいの精悍な男性が、ある日、事務所に相談に訪れました。


「実は、家内と離婚したいのです」

彼(小田さんとします)は、ズバリと切り出しました。


「お子さんはいらっしゃいませんか?」

「いません」

「小田さんのお仕事は?」

「はい、自営で店をやってます」

「奥さんとはいつご結婚なさったのですか?」

「3年前になります」

「なぜ、離婚したいのですか?」

「私は、店を大きくするために、夜も寝ないで働いてます。本当です。仮眠を取るくらいです。一生懸命がんばって仕事してます。それを家内がものすごい剣幕で責めるのです。仮眠もさせてくれない有様です。とても我慢できないのです」

「要するに、小田さんのお仕事に対して、奥さんの理解がないということですか?」

「はい。全く理解してくれません」


ポンポンと反応する小田さんに、少し間をおいてから私は話を続けました。


「でもね、小田さん。奥さんからすると、小田さんが家庭を顧みないという不満を持っているのではないでしょうか?休日に一緒に遊びに行ったり、2人でご旅行に行ったり、ということはないのですか?」

「はい。その点は私も反省しています。でも、今が、仕事で一番大切な時なのです」

「家庭を顧みない、という点では自覚があるのですね~。」

「はい。それは申し訳ないと思っています。でも、家内が私を責める口調や態度は半端じゃないのです。口汚く罵るし、時には靴や服を隠すようなような嫌がらせもするのです」

「家庭を顧みないことは認めるけど、それに対する奥さんの態度に我慢ならない、ということですか?」

「はい。端的に言えばそういうことになります」


なるほど~。

仕事夫と性格の強い妻・・・この組み合わせでは、うまくいかないのだろうな~。

まるで、財務省の役人の離婚みたいだ。

などと思いつつ、私は小田さんの意思を確認することにしました。


「いずれにしても、原因は小田さんが家庭を顧みないことですよね。幸いにして、お子さんがいらっしゃらないので、親権や養育費は問題になりません。しかし、原因をつくったのは小田さんですし、奥さんは働いていないのでしょう。離婚にあたって、慰謝料を支払うお気持ちはありますか?」

「あります」

「おいくらくらいを考えていますか?」

「早く片が付けば、借金してでも300万円は払います」

「随分きっぱりしていますねえ~。借金してでもと言いますが、手持ちの資産などはないのですか?」

「資産という点では仕事関係の借金くらいしかありませんし、店も亡くなった父から受け継いだものです」

「その提案を奥さんは受け入れないのですか?」

「いえ。話が出来ないのです。家内は実家に帰っており、実家に電話を架けても、慰謝料の話どころか、家内の父が電話に出て私を罵るばかりなのです。離婚の話さえ進まないのです」

「では、家庭裁判所に離婚調停を申し立ててはいかがですか?」

「それを先生にお願いしたいのです」

「離婚調停くらいでしたら法律知識がなくても出来ますよ」

「先ほど申しましたように、私は仕事に追われています。調停に出ていく時間も惜しいのです。ですから、お願いに来たのです」

「でも、調停成立の日だけは出ていただかなければなりませんよ。代理人だけで成立させることはできないのです」

「その時は、万難を排してでも出ます」

「では、慰謝料300万円を限度とし一括でできる限り早急に支払う。そういう条件でまとめてよろしいですね」

「はい。お願いします」

「成立の日にご出頭いただくこともお忘れなく」

「はい。絶対に守ります」


ということで、私は小田さんの依頼を受けることになりました。

家庭裁判所に調停を申し立て、とりあえず私だけ出頭することにしました。


調停初日。

私は、調停委員に事情を述べて、成立の日まで本人が出頭できないことを説明しました。

「わかりました。ともかく相手方の話を聴いてみましょう」

調停委員の了解を得て、私は申立人控え室で一人待つことにしました。


30分たってもお呼びが来ない。

1時間経ってもお呼びがこない・・・。

離婚だけだというのに、相手方(妻側)は、いったい何を話しているんだろう?

次第に不安になってきました。

ようやく、

「お待たせしました。お入り下さい」

と、男性の調停委員が私を呼びに来てくれました。


「実はですねえ。相手方は奥さんとお父さんが見えてまして、ご主人の悪口ばかりを延々と話されていたので、少し時間がかかりました」

申し訳なさそうに話す調停委員に、

「ご苦労をおかけしました。それで・・・相手方の反応はどうでしたか?」

と、私は相手の離婚に対する気持ちを尋ねました。

「誠に申し訳ないのですが、本人を連れてきて土下座させろ、とか、金で済む問題じゃないとか、怒りをぶちまけるばかりでして・・・離婚意思があるのかないのか、それさえわからないのです」

調停委員2人も、困った顔をするばかりでした。


やれやれ~。

困ったなあ、と思っていたところ、

「まあ、今日のところは頭を冷やすという意味でも終わりにして、次回期日を決めませんか」

と、調停委員から”冷却期間”の提案があったので、私も応じることにしました。

「では、次回期日を決めましょう。書記官と相手方を呼んできます」

と言って、女性の調停委員が調停室を出ていきました。


書記官が調停室に入り、相手方の父娘がそれに続いて入ってきました。

「では、次回期日を決めますが」

と書記官が話し出すと、妻の父がいきなり私に向かって

「おまえが、あいつの弁護士か!あんなやつの依頼を受けるなんてどうかしてるぞ!」

と、罵りはじめました。

娘も負けじと

「そうですよ!あんな男の依頼を受けるなんて、あなたロクな弁護士じゃないですね!」

私を罵ります。

収拾が付かなくなるのを危惧した書記官が、

「ともかく!期日を決めます!」

と、かなり強い口調で言ってくれたので、無事、期日を決めることができました。


なるほど~。

こんな調子で責められたら、小田さんもたまらないだろうな~。

そう思いながら、私は、相手を刺激しないよう、罵りを無視しました。


こんな調停が更に2回くらいあった後、ようやく、300万円の現金を次回期日に調停の場で渡す、ということで成立する運びとなりました。


当日は、約束どおり小田さんも出頭し、控え室で待っていました。

「裁判官が調書の読み聞かせをする段階で調停室に入って下さい。それまでに相手方と顔を合わせると、まとまるものがまとまらなくなる恐れがあります」

と、私は小田さんに控え室で待機するよう指示して、調停室に入りました。


調停室に入り、書記官と調停委員で調停条項を作成している間も、相手方父娘は、私を罵り続けました。

娘(小田さんの妻)が、

「弁護士さんっていい仕事ですよね~。人の不幸でお金を稼げて。皮肉じゃありませんよ。私、本気でそう思っています」

と、くどくどと言ってきたので、

「それなら、あなたも弁護士になってはいかがですか?今は合格人数が増えて司法試験も易しくなっているようですよ(当時のことです)」

と、思わずやんわりと言い返してしまいました。

ともかく、300万円の現金を既に相手は受け取っているので、もうひっくり返されることはないだろうという確信が、私のささやかな反論を促したのです。


裁判官が入り、小田さんも入り、もはや相手側も騒がなくなりました。

粛々と調書が読み上げられ、めでたく調停が成立しました。



それから半年くらい経ったある日のことです。

小田さんから電話がありました。

「先生。その節はお世話になりました。実は、また離婚の相談をお願いしたいのですが・・・」

「え、離婚はあれで完全に成立していますよ」

「それがですねえ~、あれからすぐ再婚しまして、その再婚相手と離婚したいのです」

「ということは、あの時点で、再婚相手の女性とお付き合いがあったのですか?

それで、前の奥さんとの離婚を急いでいたのですか?」

「実は~、そのとおりなのです。あの時は、早く解決していただき感謝しております。今度は、相手の親に援助してもらった店の拡張資金を相手が返せ、と言ってきまして、何とか返さずにすませられないでしょうか?」

「そりゃあ無理でしょう。援助といっても実際は借りたようなものでしょう。借入ではないとしても、結婚して半年も経たずに離婚するのなら返すべきですよ」

「そうですか。わかりました。では、がんばって返します」


仮に、小田さんが以前の奥さんと婚姻関係にある間に、新しい奥さんと不貞行為(不倫)があったとしても、慰謝料300万円は申し分のない金額です。

ですから、私は小田さんを責める気持ちにはなれませんでした。


それにしても、超多忙な小田さん。

どうやって時間をやりくりしていたのでしょう。

彼の、思いっきり仕事人間という姿に、新しい奥さんは惹かれたのでしょうか?


女性諸氏に一言、仕事のできる男は浮気もできる男・・・かも(^^;)