「先生、やられました」
事務所にやってきた男性(中村さんとしましょう)は、ぼそりとつぶやきました。
中村さんの話を要約すると、次のようなものでした。
中村さんは、自宅兼仕事場で自営業を営み、経理は奥さんに任せていました。
結婚して10年以上経つのですが、子供はいません。
ある日、仕事で中村さんが遠方に出向くことになりました。
「行ってきます」
「気を付けて」
いつものように挨拶を交わし、中村さんは遠方に出かけました。
夜になって自宅に帰ると、灯りが消えて真っ暗でした。
どうしたんだろう、と思って灯りをつけると、家財道具がほとんどなくなっているではありませんか!
よくよく見ると、部屋のエアコンまでなくなっています。
驚いた中村さんが奥さんを探すと、1つだけポツンと残された机の上に次のようなメモ書きが残されていました。
『私はあなたとの離婚を決意しました。後日、依頼した弁護士から連絡がいきます』
中村さんが仕事で外出している間に、奥さんは家財道具をまとめて出ていってしまったのです。
わざわざ、エアコンまではずして・・・。
「奥さんに、離婚しがっていた様子などはなかったのですか?」
私が尋ねると、
「いいえ。まったく感じませんでした。今でも狐につままれたような気分です・・・」
中村さんは、悪い夢でも見ているかのようでした。
後日、中村さんの奥さんの委任をお受けた弁護士が裁判所に調停を申し立て、私が中村さんの代理人になって対応することになりました。
中村さんは、経理をすべて奥さんに任せ、自分では現預金がいくらあるかも全く知らなかったため、中村さんが思いつく限りの銀行等に、裁判所を通じて問い合わせをしました。
その結果、出てきたのは自宅近くの銀行の中村さん名義の預金だけで、奥さん名義のものは全く出てきませんでした。
元帳を見ると、普段の生活で使う現金の入手金だけで、残高は些細なものでした。
これ以上調べるすべがありませんでしたので、些細な金額を夫婦で折半することで、中村さんは離婚を決意せざるを得ませんでした。
私は、中村さんの奥さんのやり方を、拙著で「瞬間蒸発作戦」と呼んでいます。
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「瞬間蒸発作戦」を使って離婚に成功した妻たちを、実は私は何人か知っています(エアコンまで持って行かれたのは中村さんだけですが・・・)。
別件では、朝、普段どおりに家を出た夫が帰宅すると、妻と子供と身の回りの物がなくなっており、『書き置き』だけが残されていたというのがありました。
『書き置き』がある以上、警察に捜索願いを出すわけにもいきません。
妻の実家に連絡しても、
「居場所は知らない」
の一点張りです。
しかる後に、妻の委任を受けた弁護士が調停申立を行い、先制パンチを食らって弱り果てていた夫は、渋々離婚に応じ、子供の親権者も妻ということで決着しました。
これと似たような例は、世の中に”まま”あります。
「瞬間蒸発作戦」のコツは、
作戦決行日まで絶対に夫にさとられないこと。
実家に乗り込んでくるような夫の場合は、予め避難先を確保しておくこと。
先制パンチを食らって弱っている間に、弁護士、もしくは信頼できる男性親族等から、夫に対して自分の意向を伝えること。
の3点でありましょう。
私の知る限り、「瞬間蒸発作戦」を決行された夫は、あっという間に諦めてしまいました。例外は知りません。
最後に、男性諸氏のために一言。
普段から奥さんの様子に関心を払っておくのはもちろんのこと、相応の貯蓄がある場合には、最低限、その預け場所くらいは知っておきましょう。
自分の身にこのようなことが起こることなど絶対にない、と思い込まないことが何よりも大切です。